『塔』2024年5月号(2)
⑨遅れいるバスを待ちつつひとびとは雪降る街に晩年を待つ 松本志李 雪の中、バスを待っている人々。バスを待つことは、時間が過ぎるのを待つこと。今いるこの場所で晩年を待っているとも言えるのだ。言葉で鮮やかに行動の意味をずらして見せた。生きる寂しさも感じる。
⑩あの頃は良かつたよねと言へるほど長くはななくて浅くはなくて 北乃まこと 二人の関係性は「あの頃」を思い出すほど長く続いていない。けれども「あの頃」にあたるものが無いほど浅い関係でもない。現在に焦点を置いた濃い関係なのだと取りたい。
⑪美しい映画はうまく嘘をつく抑えらえない憎しみのこと 中森舞 憎しみのようなマイナスの感情も映画になれば美しく描かれる。抑えられないほどの激しい憎しみであってもうまく作品に落とし込むのだ。それが芸術の本質なのかも知れない。
⑫しゃべらねばかわいい子だと言いたればだるまのごとく食卓におり 加住えり お前は喋らなければかわいい子だと言われて、達磨のごとく黙りこくって食卓にいる子。可愛いのだが痛々しくもある。子供の頃親に気に入られようと、無理な努力をしたことを思い出す。
⑬大切な歌集をわれの本棚へ心の奥へ差し込むやうに 染川ゆり 歌集を本棚に差し込む時の手触り。本棚の奥が心の奥のように思えてくる。心の中で好きな歌を反芻して何度も味わうのだろう。本との一体感もある。歌集を読むのが好きな者なら誰でも共感できる歌だ。
⑭5月には晴れ晴れとしていてくれよ 私、私のことを頼むぜ 山河初實 5月になる少し前に詠まれた歌だろう。鬱々とした今と違って、5月の私には晴れ晴れとしていてほしい。歌を詠む私が今の私を少し未来の私に託す。心地良い自己信頼感が軽い口調に乗せて語られる。
⑮榎本ユミ「『キマイラ文語』を読む会」参加レポート
〈嶋稟太郎・桑原憂太郎両氏は「文語短歌・口語短歌とは」という前提の確認から、川本氏の論を受けてそれぞれの分析を発表した。〉
コンパクトかつ十全に会での議論を要約してくださいました。感謝です!
⑯永野千尋「3月号月集評」
切られたら二度と元には戻らないそこにあったとしても結び目 川本千栄〈「切られたら」は受身。抗うことも受け入れることも選べず、なすがままだ。その後にできることといえば結ぶこと。しかし、切れ目は隠せないし(…)〉深い読みに感謝!
2024.6.15.~17. Twitterより編集再掲