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魔法使いハウルと火の悪魔(感想)_長女の抱える苦悩が報われる物語

イギリスの作家、ダイアナ・ウィン・ジョーンズによるファンタジー小説。1986年刊でジブリアニメ『ハウルの動く城』の原作。
映画との違いでは、ソフィーの容姿が途中で若返ることはなく、妹が2人いる、国同士の戦争はないし、エンディングがまるで違っていたりとアニメ版とはかなり違っている。
以下、ネタバレを含む感想。

<ストーリー>
魔法が本当に存在する国で、魔女に呪いをかけられ、90歳の老婆に変身してしまった18歳のソフィーと、本気で人を愛することができない魔法使いハウル。力を合わせて魔女に対抗するうちに、二人のあいだにはちょっと変わったラブストーリーが生まれて…?

将来に悲観的な長女ソフィー・ハッター

舞台となるインガリー国は魔法の存在する国。昔ながらのおとぎ話では三人兄弟で運試しに出れば長男や長女は手ひどく失敗することが定番。
帽子店の3人姉妹の長女、ソフィー・ハッターは自分も出世が出来ないと信じており諦めが良いというか人生に過剰な期待をしないところがある。そのせいか普段は地味な灰色の服を着ている。
母のファニーはハッター氏の後妻で。次女のレティーは街でも有名な美人、要領の良い三女のマーサのみが後妻のファニーと血がつながっている。

父のハッター氏は娘を学校へ通わせるために多額の借金をしていたことが死後に発覚。3人の姉妹はファニーの指示によってそれぞれ別の場所で暮らすようになる。しかし、自ら道を切り拓く意志の強いレティーとマーサはファニーの言いなりにはならず、各々が魔法使い見習いとケーキ屋の店員という境遇を勝手に入れ替わってしまう。
ソフィーだけが母の言いなりに帽子屋を続けることになり、店は繁盛するが給金も休みも無しに働くようになり「毎日がつまらない」とはっきり自覚するようになる。これはソフィー自身の性格によるものが大きく、長女ならではの与えられた役割を真面目に受け止める性分であるともいえる。
将来をどこか諦めているところはあるが芯の強さは持っており、荒れ地の魔女によって理由もわからず老婆へ姿を変えられたときも、ソフィーは鏡を見ながら嘆き悲しむよりも状況を受け入れて前へ進もうとしている。

「だいじょうぶよ、おばあちゃんとても、元気そうだもの。こっちのほうがよっぽど似合うわ」

こっちのほうがよっぽど似合うというセリフが自虐的だがこれはソフィーの性分をあらわしており、かけられた魔法にも影響を与えている。

長女だからと我慢してきたが、お婆さんになったら厚かましく振る舞うソフィー

ソフィーは90歳のお婆さんの体になってしまい、帽子屋へとどまるにもこの姿では周囲の人を驚かしてしまうし、かといって他に行くあてもなく歩いていると悪名高いハウルの城が目の前に出現する。
噂によるとハウルは美女の心臓を喰らう魔法使いと恐れられている。ハウルの城を見つけたのはたまたまだが、自分はお婆さんだから心臓を食べられることは無いだろうと城へ入り込んでしまう。しかも誰からも求められていない(むしろ迷惑がられている)にも関わらず勝手に掃除婦として居着いてしまうのだ。
この小説のユニークなところは長女だからと様々なことを我慢して生きてきたソフィーが、90歳の姿になった途端に「お婆ちゃんなんだし」と開き直って我儘に振る舞うところだ。

そんなソフィーを、ハウルは肯定も否定もしないが城へ置いてくれる。
それはのちにファニーからハウルをやっつけてやると言われた際に擁護するソフィーの口からも語られる

「ちがうのよ。ハウルは親切にしてくれた」と言ったとたん、ソフィーは自分の言ったことは本当だと気づきました。いささか変わっているとはいえ、ハウルは親切でした。いえ、ソフィーがあれほどハウルをうるさがらせてきたことを考えると、とてもよくしてくれたと言えます。

ソフィーはなぜ老婆へなってしまったのか

ソフィーが老婆になった理由について、小説内で明確に説明されているわけではないので、以下は想像を含む考察となる。
まずソフィーは魔女と再会した際に、なぜ老婆にしたのか?と詰め寄っている。

「あたしが知りたかったことを教えなかったからよ」と魔女。
「もちろん、最後にはつきとめたけれどね」
<中略>
「ところでウェールズという国のことを聞いたことがある?」

さらに、犬から人間になったパーシヴァルは帽子店に訪れた魔女に同行しており、彼の嘘が原因で魔女は帽子屋へ行くことになった。

ええ。でも、ぼく、魔女がハウルにかけようとしていた呪いに役立つことを、何かしってたらしいんです。ぼくには、それがなんだか、見当もつきませんが。
<中略>
でもぼくはなぜか、はじめからレティーのことをいろいろ知っていました。だから魔女がぼくの心を読んで、レティーのことを聞いたとき、適当に嘘を混ぜて<がやがや町>で帽子屋をやっていると答えたんです。そしたら魔女は、やっかいをかけたぼくとレティーをこらしめるって、店に行ったんです。

魔女はハウルへ呪いをかけるために、ハウルの出身地”ウェールズ”を突き止めようとレティーのもと向かったのだが、パーシヴァルの嘘によって帽子屋へ誘導されてしまった。
そこで魔女はハウルの出身地を知れなかった腹いせに、たまたま帽子屋にいたソフィーへ呪いをかけたという流れだ。

なぜ、その姿が老婆になったのかというと、魔女はソフィーの性分を見抜いていたのかもしれないし、それはハウルも同じようなことを言っている。

「あんたが気づかないうちに、何度か呪いを解こうとしてみたんだ。ところがどうやってもうまくいかない。ペンステモン先生のところへ連れていったのも、先生ならどうにかできるかもと思ったからさ。でも、だめだったみたいだ。そこでぼくとしては、あんたが好きで変装していると思うしかなかった」

つまり、将来に悲観的で灰色の服を着るようなソフィーの地味な性分を魔女に見抜かれていたのと、ソフィー自身の口に出した思いを込められる魔法が絡み合った結果、老婆の姿になったのだと思われる。何しろ老婆に変えられたときのセリフが「こっちのほうがよっぽど似合う」という自ら口にする女性だから。

ハウルはなぜ次から次へと、違う女の子へ会いにいくのか

こちらの理由も、小説のなかで説明されることが無いので想像で。

ハウルは過去にカルシファーと契約したことで心臓が無い。これによって心臓を失ったハウルは人を愛する心も失ってしまったのかもしれない。そして心の隙間を埋めるために様々な女性からの愛を求めていろんな女性にアプローチしていたということが考えられる。
しかし失った心は女性の愛で埋められるものでも無いため、相手の女性がその気になったら次の可能性に賭けて他の女性に近づいているということが考えられる。しかしソフィーの魔法によって心臓を取り戻せたハウルは、同時に心を取り戻してソフィーへの愛情に気付くので、もう新しい女性に会いに行く必要もなくなるということになったのだと思われる。

一気に伏線が回収される大団円のエンディング

クライマックスでは、ファニーやレティー、マーサ、マイケル、ファアアックス夫人などがハウルの城へ集まり一気に物語が進展する。
そして、カルシファーがソフィーにハウルとの契約破りを依頼した理由、かかしがソフィーを追いかけた理由、アンゴリアンがハウルへ近づこうとしていた理由など、いくつもの伏線が一気に回収される。

さらに同時進行でハウルとソフィーがお互いの愛を確かめ合うやり取りが描かれている。ハウルの愛の告白には、ありきたりのおとぎ話とは違った波乱に満ちた未来を含まれており、未来を前向きに考えられるように変わったソフィーの様子がうかがえる。

「ぼくたちって、これからいっしょに末永く幸せに暮すべきなんじゃない?」
ハウルが本気で言っていることは、ソフィーにもよくわかっていました。いっしょに暮らすとなれば、何事も幸せに暮すおとぎ話とは大ちがい、もっと波乱に満ちた暮しになることでしょ。でも、やってみる覚悟はできています。
「それって、ぞくぞくするような暮しだろうね」ハウルがそうつけ加えました。

終盤の一気呵成に物語が収束する展開は痛快で、気分良く読み終えることが出来る。
長女ならではのしがらみや我慢に耐えてきて意地っ張りで可愛げのない性格のソフィー。なにか失敗をすると「やっぱり長女だから」と自分の行動を後悔するし、良かれと思ってやったことが裏目に出たりすると自分はツイていないと考えてしまう性分の女性だった。
そんなソフィーが、これから起きるであろう波乱に満ちた暮しを楽しめるような前向きな性格になっていることが素直に嬉しいエンディングになっていると思う。

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