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炒飯狙撃手(感想)_目的達成のために、信念を曲げない男たち

『炒飯狙撃手』の著者は張國立で訳は玉田誠、2024年3月に中央精版から出版されている。
スナイパーでありながら少ない食材で手軽に美味しい炒飯をつくれる男と、定年間近の刑事との緊張感のある掛け合いがありつつ、様々な料理がアクセントになっている小説。
以下、ネタバレを含む感想などを。

イタリアと台湾で同時進行に起きる事件

この小説には二人の主人公がいて、ひとり目の小艾はイタリアのマナローナでテイクアウト専門の炒飯店を営む台湾人。元軍人でスナイパーのスキルがある。
小艾は指令を受けてローマへ赴き、トレヴィの泉そばのカフェのテラス席にいた台湾人の男を狙撃して殺すことに。

現代は街のいたるところに監視カメラがあるから後から警察に捕捉されないよう、何度も変装を繰り返しながらトレヴィの泉へ移動する。
しかも変装はすれ違う人々の記憶に残りづらいよう、徹底的に個性を排除しており、その姿は典型的なアメリカ人やありふれたアジア人であったりと念の入りよう。
しかし小艾はミッションをこなしてマナローナへ戻ると、別のスナイパーから命を狙われて、イタリア国外へ逃亡することになる。


もうひとりの主人公、老伍は台湾警察の反黒科で定年退職まであと12日となるベテラン刑事で、捜査手腕は優秀だから上司の蛋頭から退職を惜しまれている。
台湾で起きた現役の軍人二人の不審死事件の捜査を蛋頭から任されて、定年間近なのに事件解決のために満足な睡眠をとれないほど奔走することになる。

小艾と老伍、それぞれの関わった事件は無関係に見えて黒幕が同じだったことで、やがて二人は協力し合うようになる。

緊張感を和らげるいくつかの食事シーン

殺伐とした殺人事件を扱いながら、この小説にはいくつもの食事のシーンが挿し込まれることで生活感や親近感を感じさせ、緊張感を和らげてくれる。

小艾のつくる炒飯は祖父から教わったもので、卵とネギと塩気の効いた肉のさえあればつくれるいたってシンプルなもの。
”炒め方が上手いか下手かも関係ない。ただひたすら練習あるのみだ”とあるため、狙撃技術も錆びつかないように訓練を怠らない職人気質な小艾の性格が垣間見える。
炒飯は特に卵へこだわりがあって、マナローラへ戻った際は同じ建物に住まう子どもと二人で食べる際には少し多めに4つの卵を使っているから、鉄鍋で炒めた際に漂う白身のふんわりとした香りを想像させる。

一方、台湾にいる老伍が朝食に注文する料理には、鹹豆獎(豆乳スープ)、牛肉捲餅(ビーフロール)、蘿萄糕(大根餅)、燒餅油篠(揚げパンサンド)という場面があった。
定年を間近に控えた高齢男性にしては食欲旺盛で、老伍が刑事として枯れておらずまだ現役でやれることを示唆しているかのよう。

それぞれの料理が名前だけしか出て来ないのが惜しいところで、どんな料理かを想像しにくいし読み方も分からない。
それぞれ検索すれば分かることではあるのだが、私のような台湾料理に疎い者には、それが温かいのか冷たいのか食材をどのように盛り付けたのかの描写まで欲しかった。

他にも狙撃現場の下見をする際には、イタリア菓子のカンノーロであったり、老伍が被害者の妻の家を観察する際にワッフルを注文していたりと、甘いおやつによって場面の緊張感が和らぐ。

サンドイッチを「三明治」と当て字をしているのもユニークで、ローマへ赴いた蛋頭がモニター越しにいつも何かを食べているのが余裕を感じさせ、台湾で事件現場を駆けずり回っている老伍との対比が際立つ。
同じ刑事でありながら出世出来る要領の良さを持った蛋頭と、現場に拘る職人気質な老伍の性格の差が表現されている。

共通の敵を撃つために協力する二人

同じ時間軸にイタリアと台湾で進行する二人の物語は交互に進行するが、関係無いと思われたそれぞれの事件が一つの線に集約されることで、二人の交流するシーンがこの小説での盛り上がる場面となる。

二人は、スナイパー / 刑事と異なる職業で年齢も離れているけれど、社会通念上のルールや価値観よりも、自身のルールを大切にして行動できる強い信念を持っている、という共通点がある。
だからこそ互いに合い通じるものを感じ取って、共感するところがあったのか。

二人が初めて出会うのは、台湾へ帰国した小艾が老伍を人気のない公園へ呼び出すところ。
携帯電話で指定した的に視線を向けさせ、直後にその的を正確に撃ち抜くことで、老伍が既にスナイパーの射程に入っていることを認識させ、対面せずに情報を引き出すというのがユニークだ。

二度目は、事件の真相へ入り込むことで軍部のタブーへ踏み込んだ老伍が襲われたところを、スナイパーの技術で小艾が老伍を救う。
小艾からすると自分を陥れた首謀者は、老伍が追いかけている犯人と同一人物だという確信があるから、咄嗟の判断で一度会っただけの老伍を助ける必要があった。
目的のためには、何でも利用する小艾らしい思い切りの良い判断力が伝わってくる。

三度目は、裏で糸を引いていた黒幕の鉄頭教官との最終決戦。
多くの言葉を交わさず立場は違えども、共通の敵を倒すためにここにきてようやく二人で協力する銃撃戦はアツい。

最後は、最初の出会いをなぞるように携帯電話で目標地点を指定するやり取りをしてから、小艾は深々と頭を下げて立ち去る。
電話番号を知っているわけだし、捕まるリスクを考えたら会いに来る必要は無いのだろうが、わざわざ対面で老伍にお礼をしにくるところに、小艾の律儀な人間性を感じさせる。


全体的には、食事シーンを中心とした程よくリラックスした生活感と、銃撃戦による緊迫感のバランスが良かったと思うけど、いくつかの謎が残る。

鉄頭教官が観光客に目撃される可能性の高いトレヴィの泉での暗殺指示をしたのはなぜだろう。
誰かに対して「どこでも殺せるぞ」という、何らか見せしめの意味合いがあったのか、またはターゲットの暗殺後に小艾が”警察に捕まりやすい”ように敢えて人目の多い場所を選択したのか。
さらに小艾と大胖なら、小艾の方が方が確実に殺すスキルが高いと認識しながら、なぜ鉄頭教官は小艾殺しに大胖を送り込んだのかも分からない。

最終的には娃娃も犠牲にしているから、鉄頭教官は自分で育てたスナイパーをすべて殺すつもりだったのだろうか。

また、娃娃が小艾にノキアの携帯を捨てるように言った理由も分からないままだ。
小艾がチェコに逃げても追手に狙われるのはその携帯が原因で、娃娃の独断での警告だったのだろうか。
だとすると、小艾からの電話連絡の後に鉄頭教官と合流した理由がよく分からない。
心情的には小艾に死んで欲しくないけれど、鉄頭教官の命令に逆らえなかったのだろうか。

注意して読み返せば、これらの謎を理解出来るかもしれないが、いずれにせよすべてを説明せずに読者が想像する余地を残しているのも好印象だと思う。

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