作家「あさのあつこ」を語る
※あらすじを含むネタバレなどはほぼありません。あくまでも私の感想のみです。(作者名などの人名は敬称略)
◇◇◇
「あさのあつこ」と聞いて、まず浮かぶのは女優の「浅野温子」かもしれない。
しかし今回、ご紹介するのは名字も名前も全てひらがな表記の小説家・「あさのあつこ」です。
私は、これはと思う作家はその作品を手あたり次第読む癖があり、案の定、彼女の作品も例外ではなく、一時期読み倒しました。
児童文学、SFファンタジー、時代小説などなど、実に多彩な才能があるのには驚かされます。
私の印象としては、状況描写が秀逸で、自然風景や心理などを文章で巧みに表現する筆至力には素晴らしいものがあります。
文章でここまで目の前の光景や、心情を描けるのは実力がなくてはできない事だと頷けてしまうのが彼女の作品なのです。
「バッテリー」は評価は高いけど…
何かが足りない
📖ベストセラー作品を生んだきっかけ
御存知の方も多いかと思いますが、彼女は児童文学というジャンルに入るあのベストセラー「バッテリー」の作者です。
コミック化もアニメ化もされた人気作品です。
なぜ野球経験も興味もなかった作者が、このような野球少年の小説を書こうと思い立ったか。
ふと野球中継を観ていて、守備体制の時の9人のメンバーのうち、
「キャッチャーただ一人が、どうして真逆の方向を向いてピッチャーと向かい合っているのだろう?」
と素朴な疑問が湧き、そのことに俄然興味が膨らんだことがきっかけだったそうです。
これは野球というものをまるで知らないからこそ生まれた疑問なのでしょう。
私のように阪神ファンという大の野球好きな父の下で育ち、毎年高校野球を楽しみに観ている人間にとっては、キャッチャーとピッチャーが向かい合っているのは、当たり前すぎるほど当たり前なので、疑問のカケラも浮かびません。
ともあれ、
そんな基本的な疑問から、野球の「や」の字も知らない彼女が、少年たちの心の葛藤を描き、友情(もしかしたら愛情?)あふれるストーリーを描き、ベストセラーとなる小説を書き上げたのですから、本当に大したものです。
📖文章力があるがゆえに
読んだ当時は期待し過ぎたのか、思ったような感動は得られず、ちょっと拍子抜けした感は残るものでした。
読み手によって千差万別でしょうが、確かに一般的には名作かもしれないが、私にとってはそこまでは言い切るれない作品でした。
あえて言えば、卓越した文章が奏でる叙情的要素が強すぎて、スポーツとしてのリアル感に欠けるのです。
もっと言えばファンタジー化していると感じてしまうのが惜しい。
そんなに飾らなくても、もっと少年たちのありのままの努力や葛藤が欲しかったと思いました。
ありのままにこそ、ダイレクトな感動が生まれるのでないか?
私自身も学生時代にスポーツはしてきて、また子育てにおいても息子たちのスポーツへの取り組みを見てきました。
少なくとも実体験から感じるスポーツへの充実度はこんなものではないと思いました。
イチオシは「弥勒の月 シリーズ」
正直、この作品に出会わなかったら、私はあさのあつこを評価する事は無かったでしょう。
このシリーズは面白い!
📖主人公が腹黒の悪いやつ
これは簡単にいえば、江戸の捕物帳です。
しかし一般的なものと大きく違うのが、主人公の一人である町方同心・木暮信次郎が腹黒だという所です。
町方同心が主人公となれば、普通は正義の味方で悪を懲らしめる性根も真直ぐだという設定でしょう。
しかし、ここでの主人公は、口も悪ければ、性根も悪い。
彼に親の代から仕えている岡っ引きの親分でさえ、ドン引きするぐらいなのです。
そりゃ、あくまでも同心ですから最後にはちゃんと下手人を捕まえるのですが、そこに至るまでの数々の下衆的な毒舌は、意外と的を得ていたりするので、ちょっとした気持ち良さも感じます。
下衆野郎ではありますが、頭脳は明晰で推理は見事なのです。
言うなれば、カッコつけることなど1ミリもなく、ストレートに毒づく言動は周りの人間を不快にさせ、誰にも支持されないというアウェイ状態で事件を解決していくのです。
捕物帳でこんな主人公は初めてでした。
📖もう一人の主人公は謎だらけ
おそらく読んだ感じでは、この小説には主人公は2人です。
どっちかなぁ?と思うのですが、こちらの人もなかなか物語の中で占める存在感は大きい。
そのもう一人の主人公とは、小間物屋の主人である遠野屋・清之助です。
一見すると、腰の低い商売人なのですが、同心の小暮は彼にただならぬ気配を感じて過去を疑い、神経を逆なでするように刺激するのです。
信次郎と清之助の微妙な駆け引きは、いつも一発触発のスリルがあり、その間でやきもきする岡っ引きの親分の様子がちょうど良い息抜きとなっています。
物語の中で、徐々に清之助の過去がハッキリしていき、謎だったピースがはまる感じが、続きが読みたくて仕方なくなります。
📖願わくば綺麗に締めて欲しい
まだ最終巻まで読んでいません。
どこまで読んだかもはや定かではありませんが、たぶん9巻の「鬼を待つ」あたりでしょうか?
毎回いろんな事件を絡めて、信次郎と清之助という二人の男の輪郭がはっきりしてくるのです。
さて、この作品。どこで折り合いを付けて、きれいに終わるのか?
もしかしたら連載物にありがちな、オチが迷子のままで終えるのではないかといらない心配もしています。
グイグイくる「闇医者おゑん秘録帖」シリーズ
産むことができない子を宿した女たちを受け入れ、「子堕し」も行う闇医者おゑんが主人公。
様々な事情を抱えた女たちの駆けこみ医者のような存在の彼女の言動がいちいち深い。
📖カッコいいの一言
見た目も背が高くて、肌が白く瞳の色が違う異国の血を引くおゑん。
その外見通り、問題の対処もカッコいい。
世間では公に出来ない問題を抱えた女たちの救世主的な存在である闇医者です。
そこには立場の弱い女性たちの理不尽な人生に、共に怒り、涙する。
時には厳しくしながらも傷ついた者を優しく包む包容力は、読んでいると胸が熱くなります。
ちょっと場合は違うけど、「女ブラックジャック」かな。
📖おゑんの人生も紐解かれていく
いろんな人々と接する中で、おゑん自身の生い立ちも徐々に明らかになり、彼女の人生を決定付けた辛い過去もわかってくるのです。
これこそ作者の筆致力による状況設定と感情描写で、初っ端から惹きつけられて目が離せません。
おゑんのもとを訪れる様々な弱者の人生に触れ、それに加えてしたたかな女性たちを上手く描いています。
📖このままシリーズ化してほしい
実は、このおゑん、私の中では完全に「天海祐希」さんです!
もうイメージは読みながら頭の中で再生映像は彼女しか浮かばないのです。
もしドラマや映画化するなら、天海さん以外にないと思っています。
今のところまだ2巻しかなく、これから続くのかどうかはまだ未定のようなのですが、是非ともこのままシリーズとして続編を期待する作品です。
バラエティに富んだその他の作品
ハッキリ言って、時代小説が一番上手いと思います。
単に私が歴史好きだからとかいうのではなく、あさのさんのもつ描写力が生きていくるが時代小説なのです。
時代小説ですが、少年たちの葛藤を描く「燦」は、正直上記の2作品には及ばないのですが、それなりに軽く楽しめるもので、清々しい終わり方をしています。
私が一番がっかりしたのは「NO.6」。
前半は最初からめちゃめちゃ惹き込まれて、次々と読み続けているうちに、展開が遅くなり、心配になってきます。
いつ盛り上がるのか。ひたすら読み続けるのですが、とうとう盛り上がりに欠けたまま終わってしまいました。
これに懲りてしまい、あさのさんのSFものは今後読む事はないと思います。
他にも読んだ作品はあったのですが、私の中で心に残る秀作と駄作を採りあげてみました。
先週もたくさんのスキをありがとうございました!
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