ジョブズも愛した川瀬巴水の魅力とは
以前から行きたかった「川瀬巴水」特別展へやっと行けました!
明治~大正~昭和と日本中を旅して日本の風景を描き続け、木版画家として活躍した巴水の作品が約150点集められた展覧会です。
会場は大阪城の南西隣にある「大阪歴史博物館」で、訪れてみてふと、一時期はよく来ていたのに、ずいぶん久しぶりの訪問であることに気付き、少し胸が高鳴りました。
❅新版画の台頭
巴水の木版画作品は「新版画」というジャンルのものですが、それは従来の版画とどう違うのか?
【版元】⇒【絵師】⇒【彫師】⇒【摺師】
という分業による制作過程なのは新・旧どちらも同様です。
従来の版画とは、江戸時代に流行った「浮世絵」に代表されるもので、
それらはわかりやすくデフォルメして見る人に伝えるためのメディア的なものでした。
しかし、新版画とは本気で芸術性を重視して作られたもので、日本国内だけでなく海外に向けても意識したものです。
新・旧の版画の違いを簡単に言えば、芸術性と目的が違うのです。
旧版画が衰退した理由は、鎖国終了と明治維新による文明開化です。
文明のレベル向上を目指すために西洋文化をどんどん吸収して、技術もめざましく進化しました。
1858年に写真、1870年には新聞が出てくると、もう浮世絵はメディアとしての役割を失い、1900年代には浮世絵は完全に過去のものになりました。
そこで画壇だけでなく文壇なども同様に、外国文化を吸収するだけではなく本来の日本文化を守ろうという動きが高まり、従来の浮世絵とは違う世界に通用する独自の版画が生まれたのです。
私の印象での新旧の違いは、従来の日本画に比べて新版画は立体的であり遠近法も考えた構図であるところは西洋風なのですが、でも写実的になり過ぎないもので、あくまでも日本画なのです。
今回の巴水の作品も、海外と日本のよいところを上手く融和させたものだと感じました。
日本の原風景を描き続ける
来年2025年の大河「べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~」では、江戸時代中期、歌麿や写楽を見出した敏腕プロデューサー・蔦屋重三郎を主人公に採り上げ、世の中にどう浮世絵を売り出すのか、重三郎の手腕が見ものですね。
同時に版元の重三郎と絵師たちの関係性もよくわかるドラマになりそうで、今から楽しみです。
彼と同じように明治以降の「新版画」時代にも同じような敏腕プロデューサーがいました。
それが川瀬巴水を見出した渡邊庄三郎(1885-1962)でした。
❅渡邊庄三郎の確かな審美眼
江戸時代の浮世絵に確立された木版画のシステムをそのまま継承しつつも、新たな創意工夫で華麗で複雑な技法を模索し続け、「新版画」を牽引したのが渡邊庄三郎でした。
川瀬巴水だけではなく、伊東深水や笠松紫浪など、当時の新進気鋭の画家たちを起用し、外国人作家を紹介するなど、「新版画」を美術界において不動のものとしました。
彼の画廊は現在も東京銀座に「渡邊木版美術画舗」として存在し、新版画の魅力を今も伝えています。
❅「雨」「雪」「夜」の巧みな表現
当然ながら撮影禁止でしたし、作品の品質保持のため館内は薄暗く、時には目を凝らさないといけませんでしたが、目が慣れてくるとかえってその暗い照明が作品に似合っていると思えました。
川瀬巴水を有名にした代表作といえば、次の2作品ではないでしょうか。
本当に雨・雪・夜の表現が上手い。
なんでも版にわざと傷を細かくつけて「雨」を表現したり、闇の中に灯る「光の効果」により、いっそう夜の闇を際立たせる技法は見事でした。
明治の近代化が進み日本の風景が激変する中、あえて本来の日本の原風景を求めて全国を旅します。
全国各地の郷愁溢れる風景の数々は、時には懐かしくて胸がキュッとなるものもありました。
そこには、誰が見ても懐かしいふるさとを思い出す光景がありました。
そんな中から、大阪を旅した時に描いた以下の2点は、私にとっては馴染み深いアングルを見事に描いていたのです。
同時に当時の雰囲気と、知らない過去の風景とを味わえ、面白い体験になりました。
特に右側の「大坂天王寺」は現在の四天王寺の光景で、手前の講堂や柵、門は彩色を施していてますが、奥に見える金堂と五重塔はモノクロで描いて遠近を表現し、それがかえって雪空のどんよりした天候も伝わる技法となっています。
これは昭和2年(1927)の様子ですが、この約100年後の現在、奥にハルカスがそびえてはいても、ほぼ変わらない景観であるのが確認でき、思わず見入ってしまいました。
日本各地に旅した巴水の絵、きっとどなたが見ても懐かしい風景に出会えるかと思います。
HASUIに魅せられた
スティーブ・ジョブズ
展覧会でも触れていましたが、アップル・コンピューターの創始者のひとりのスティーブ・ジョブズも川瀬巴水の熱烈なコレクターでした。
私は数年前、番組のタイトルも忘れてしまいましたが、ジョブズの足跡を描いた特別番組でそれを知りました。
この巴水のシックな新版画とジョブズの取り合わせがとても意外で驚いた記憶があります。
最先端のPC界の革命児との組み合わせが異端過ぎて、あまりにもミスマッチだったからです。
特に憶えているのは彼の寝室にあった「池上本門寺の塔」です。
五重塔が夕日の逆光で暗くなった状態の絵で、彼が選んだ最期の絵となりました。
それはまったく華やかさのカケラもないもので、もちろん桜と富士を描いた「西伊豆木負」のような華やかな絵も所蔵しているのをみると、すでに死期を悟っていたからかもしれません。
彼と巴水との出会いは古く10代の頃、友人の家で飾られていた巴水の版画を一目見たときから新版画の虜になったそうで、おそらく全部で41点をコレクションし、うち60%を占める25点が巴水だったそうです。
私たち日本人は、アメリカ人の感性を誤解していたようで、このようにはとうてい想像できないですが、他国の人間だからこそ、こういう懐かしい旅情感が胸に響くのでしょうか。
そういえばかつての「浮世絵」も日本人にはただの量産された草子絵であり、外国へ向けて送る際の瀬戸物などの緩衝材として使われていたのを、その素晴らしさに気付いたのが外国人でした。
どうも日本人は、周りの「美」に対して鈍感だったようで、当たり前に身近にあり過ぎるとそうなるのも仕方ないのかもしれません。
少なくとも、あの斬新的なシンプルさを追求したジョブズの「美の原点」は川瀬巴水だったことは、とても誇りに思えました。
巴水の絵は日本人だけでなく、全ての人が郷愁に駆られ、心に平安を与える事が大きな魅力なのでしょう。
【参考】
・川瀬巴水 旅と郷愁の風景 図録
・川瀬巴水展覧会チラシ