見出し画像

出会う、別れる

わたしが自分らしくいられる場所が、生まれてはじめてできた。
実家ですら自分らしくいられないような人が、やっと呼吸ができる場所を見つけた。
それがわたしの結婚生活だった。

別れのきっかけ

結婚から5年たって、世界中で未知の感染症による患者が増える状況下、接客業のわたしは過敏になっていた。はじめはどのくらい対策したらいいのかも掴めず、彼や彼の両親に感染させてはいけないから、と一人で過ごすことが多くなっていた。
不安と孤独感で、彼と物理的にも精神的にも距離を感じその生活がしんどく感じるようになってしまっていた。

あっという間の別居

その年の夏、別れたいという話をした。一緒に暮らすことが考えられなくなった。肩にぽんと手が触れるだけで嫌だな、と思ってしまうようになってしまっていた。
その話をした日から、彼は近所の彼の実家へ荷物を運び始めた。夜に戻ってこないので心配して連絡すると「今日から実家で寝るよ」と。
数日で、アパートの中は半分空っぽになった。
仕事で帰ってきてそのがらんとした空間を見た時、わたしは決定的なことをしてしまったのだと実感した。大きな決断をしてしまったのだと。もう戻れないんだと。

別れる話をした時、こんな光景は想像していなかった。
「わたしの居場所はここじゃない。別に自分の場所がある。ここではない。」そんなふわっとしたイメージだけが強烈にあって、別れ話をした。
この先に起きることがリアルにイメージできないまま突き進んだせいで、彼や彼のものがなくなった部屋を見て大きなショックを受けた。この感覚は、きっとこの先も忘れないと思う。忘れたくないと思っている。同じ失敗をしたくはないから。

彼の本心を知った日

その2週間後に離婚届を出した。その日の朝、彼に連絡をしてアパートに来てもらった。彼は、アパートや公共料金の支払いをどうするかといった用事で呼ばれたのだと思っていた。
わたしが「最後の意思確認をしようと思って、今日来てもらった」というと、普通にしていた表情が一変した。今まで見たことがない表情だった。いつものんびりした穏やかな表情の彼が、その時は口がワナワナと震えていた。すごく辛いということが伝わってきた。本当は別れるつもりはないのだとはっきりと分かった。
わたしが「もう一緒にはいられない」と言ったから、さっと引越して別居をしてくれたんだ。わたしが「別れたい」と言ったから、わたしの意見を尊重して別れる方向で進めてくれただけで、本当の気持ちは全然違っていたんだ。。

一緒に暮らしていた時も、そうだったなあ。
わたしや義理の両親を優先して、自分のわがままは通さない人だった。周りの人の意見を、間に入って調整するのが上手な人だった。わたしと義理の両親のあいだも、彼が潤滑油のようにしてくれていたからいつも居心地が良かった。すごく大切にされていたんだなあ。
そういう気づきは、別れて半年以上経ってからぽろぽろと出てきた。

結局、その日はどう説得したのか忘れてしまったのだけど、もう一度わたしの気持ちを伝えて、彼の了承を得てその足で市役所に向かったのだった。

一度決めたら他の人が説得しても意見をひっくり返すことはない。
そんなふうに、わたしの性格を理解している人が言っていた。きっと彼もそれをわかっていたのだと思う。

失ったものの大きさを知る

こうして、わたしは、「わたしが自分でいられる場所」を自ら壊してしまった。そして、誰よりもわたしを大事にしてくれた人の愛情を踏みにじるような別れ方をしてしまった。真っ直ぐに愛情表現をしてくれることにわたしの心はどれだけ救われてきたんだろうと思う。あのあったかい愛情のプールに浸かって、息ができるようになったんだと思う。

彼と暮らす前とその後で、わたしは変わったと思う。
彼に愛されたことが、わたしの自己肯定感の基礎になっていると思う。だからこうして一人で生きていけているんだと思う。
そして彼はわたしにとって親友だった。離婚して、わたしは親友を一人失ってしまったということに気づいた。かわりのきかない大切な大きな存在を失ってしまった。

当たり前のことは当たり前ではない。
彼との平穏な生活を失ってから、その存在の大きさに気づいてしまった。別れてからずっと、いろんなことを考えている。そしていろんなことに気づいた。彼のこと、自分のこと、人生のこと。

出会う意味、別れの意味

これはわたしの人生の宿題。ずっと考え続けていくんだと思う。この出会いはどんな意味があったのか。この別れはどんな意味があるのか。

「変わったね、仕事にストイックさが出てきたね。」
昨日、職場で先輩にかけられた言葉が嬉しかった。
そういえば彼は、頑張っているわたしも、頑張っていないわたしもどっちも好きでいてくれた。そんな彼に甘えて仕事をほどほどにしていた時期も、先輩は仕事ぶりを見ていたのだろう。
「彼と別れたから、ストイックになれた」と思った。
別れていなければ、まだ甘え続けていたのかと思うと、別れてよかったのだと思えた。



最後に

きっと彼がこの文章を読むことはないけれど、伝えておきたい。

本当にありがとう。
広い心で受け止めてくれてありがとう。
こんなわたしと一生一緒にいると決めてくれたこと、ありがとう。その約束が守れなくて、傷つけてしまって本当にごめんなさい。
わたしの家族も大事にしてくれてとても嬉しかった。わたしの家族も今でもあなたが好きだよ。

あなたの心の傷がいつか癒えますように。
あなたが誰か愛する人に出会えますように。
あなたと家族が平穏に暮らせますように。

この記事が参加している募集