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橋本治『源氏供養』

2024年の大河ドラマの主人公は紫式部、と昨日発表がありました。
私は去年、橋本治『窯変源氏物語』を読んでいたときに「大河ドラマで平安時代はやらないのかな?」と考えていたので、とても嬉しく、楽しみです。
スポットがあたっているのは源氏物語というより、源氏物語“を書く紫式部”のようなので、おすすめはやはり、『源氏供養』。

橋本治による「源氏供養」は、源氏物語を現代語訳しつつ光源氏の視点で「窯変源氏物語」を描いた橋本治があらためて源氏物語の謎を丁寧に解き明かすものです。謎のひとつであった登場人物の年齢も、たとえば光源氏の父・桐壺帝は光源氏誕生時17、8歳の青年であったと橋本は考証し、橋本治が立てた仮説が現在の通説になったと国文学者の三田村雅子さんも言っています。

これは、作家・橋本治が、千年前の作家である紫式部に最大限の敬意を込めて書いた鎮魂の書でもあると私は思います。

「時代は藤原一族のもので、天皇家の勢力は、その摂政関白を名乗る臣下の一族の影響下にある。帝の后となるのは藤原氏の娘で、だからこそ時の必然として、帝の後継者たる子供は藤原氏の“孫”になる。天皇家の長たる帝は、しかし半ば以上藤原氏の血に侵されている。時代のすべては藤原氏のもので、この支配体制はまず決して倒されることがないようになっている。それは、この『臣下たる藤原氏=天皇の舅=次の天皇の祖父』という、ややこしい二重構造があるからです。
こういう時代背景があって、そこに『私はそれがいやだ』と明確に思う人間がいる。それが誰かといえば、それはもちろん、『そういう藤原氏の権力を倒す源氏の物語を書く人』ですね。
明確にそう思っても、それをはっきり口にすることなんか出来ない。男がそれをやったら、時の権力者に簡単に排除されて終わりですし、女がそれを言ったら『可愛げのない女だ』で、これまた女としては抹殺されてしまう。そういう状況があって、『でも私がそれを“いやだ”と思うことは揺るぎようのない真実だ』と思う人がいることも事実です。『だったらそういう主張を、この現実とは関係のない、架空の過去の物語として書いてしまえ』と思ったのが、『私はそういう現実がいやだ』と内心はっきり口にする紫式部であった─源氏物語とは、そのようにして書かれた“体制批判の物語”だと、私は思います。」

橋本治
『源氏供養』上巻

「『なんということか....』と思うぐらい、この源氏物語には『不遇な貴族の思いのたけ』がこめられているんですね。『この世界の中でも私は生きたい。この世界の中で私のような人間が生きて行くとしたら、そのありうべき可能性は─』と、紫式部が言っているようです。
『そこに私がいる。そこに私はいたい。そこに私がいるとしたら─そうあってもいい。何故ならば、私も“ここ”で生きている』─こういう前提がなかったら、人間というものは、絶対に物語だの小説だのを書きはしないのだと思いますね。」

橋本治
『源氏供養』上巻


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