読書人間📚『センセイの鞄』川上弘美

『センセイの鞄』　川上弘美

初出誌「太陽」1999年７月号〜2000年１２月号
単行本　2001年６月　平凡社刊
文庫本　2004年９月１０日、９月１５日、文春文庫
　　　　200７年9月２８日、新潮社文庫
第37回2001年 谷崎潤一郎賞受賞

今年最初の読書は、こちらのベストセラー。


センセイと、かつて生徒だった、30、歳の離れた男と女。
恋愛に発展しないで欲しい、センセイも結局は男だったのかと、落胆したくない思いに抵抗しながら読み進めます。
川上弘美さんの『真鶴』と言う作品が素晴らしかっただけに、ここで陳腐に物語を流して欲しくない、距離感があるからこそ、尊敬があり、そこに恋ごころがほのかにともり、いつまでも互いに大事にする関係、それこそが美しい恋情の形だろうと私には頑なな思いがありました。

読書人間📚 『真鶴』 川上弘美｜村田千沙｜note

大切な空気を壊さない２人の距離感がふつふつと滾らせます。センセイは猛獣使いでしょうか。「期待は厳禁、期待は厳禁」と必死に唱え、熱い体温を抑えようとする女のこころをお分かりなのでしょうか。勝手に期待して落ち込むのはしんどいものです。片想いとは、いくつになってもそういうものでしょうか。そんな流れの中、センセイが、ふと仰る。
「ワタクシも、ツキコさんが好きです」
思わず、わたしも！わたしもセンセイ好き！と叫ばずにはいられない、センセイの実直さ。ほろほろと腰から砕けてしまいます。ズルい。


もうひとつ。ズルい！と焦った文章をひいておきます。お願い！それ以上は進まないで！プラトニックなまま、おあづけにしてください！ と切に願った場面。173ページ。

＿＿＿＿「へんなお嬢さんですね、あなたは」愉快そうに、センセイは笑う。
もっと側に来なさい。抱っこしてあげましょう。センセイはわたしを引き寄せた。酒の匂いがする。センセイの胸もとから、日本酒の甘やかな匂いがたちのぼってくる。センセイは正座した自分の膝の上にわたしの上半身をのせ、ぎゅっと抱きしめた。
センセイ、とわたしは言った。ため息のような声で。
ツキコさん、とセンセイは答えた。非常に明晰な、センセイじみた声で。子供は妙なことを考えるんじゃありませんよ。カミナリを怖がるような人間は、ただの子供ですからね。
センセイは大きな声で笑った。とどろきわたる雷に、センセイの笑い声が重なった。＿＿＿＿

センセイと再会してから２年、センセイ言うところの「正式なおつきあい」を始めてから３年。
男と女の関係になってしまうなら、純愛物語では無くなると焦ったわたしの思いは、ひっくり返され、最後は視界が滲みます。物語りは見事に叙情豊かに実り、慈愛に満ちた感情に溢れ、深い溜息とともに読み終えました。そうか. . .「愛」が終わるのではないのですね。


死が側に漂いながらも、若きものを不用意に扱わず、生、性に思慮深く、真摯なセンセイが魅力的でなりせん。美しい景色を一緒に眺め、美味しい食事、今の季節なら熱燗. . .   歳のうんと離れた恋愛はこうであって欲しいと言う私の根底の理想を崩さない素敵な純愛作品でした。
川上弘美さんの作品を読むと、これまでとは格の違ういい女になったような気分になります。不純物さえも魅力にしてしまう濃密な愛を重ねたような。それでいて、そこに留まらせない先を見据える強さをそなえられるような。

余談ですが、谷崎潤一郎賞を受賞した作品ですが、わたし的には、谷崎潤一郎を読んだ後のお口直しにどうぞです。
あゝ、川上弘美センセイ大好きだー

本作品は、映像作品があります。
演出：久世光彦
脚本：筒井ともみ
音楽：都倉俊一
出演に、小泉今日子、柄本明さん、ほか。
現在のところ、U-NEXT、見放題で配信されているようです。こちらの感想は次回へ。

追記。

ドラマ🎞『センセイの鞄』原作/川上弘美｜村田千沙｜note

また、小泉今日子さん、久世光彦さんと言えば、シンガーソングライター、浜田真理子さんのファンとしては見逃せない舞台があります。
「マイ・ラスト・ソング」
小泉今日子さんの朗読とトーク、浜田真理子さんの演奏で久世光彦さんの１４年間綴ったエッセイ作品を彩る。
"お慕いする"と言う感情の表現にわたしも巡らせたものです。

小泉今日子×浜田真理子 「久世光彦が残した音楽と言葉」 | Special | Billboard JAPAN

この舞台、企画、構成、演出の音楽プロデューサー、佐藤剛さんから、先日YouTubeにアップしたわたしの朗読にコメントを下さいました。「こういう時代だからでしょうか、朗読という素朴な表現にも可能性があると思いました。」とても嬉しいです。

こういう時代だからでしょうか、朗読という素朴な表現にも可能性があると思いました。
「わらしべ長者」村田千沙 音楽/守時タツミ https://t.co/gxy3nuLD3b @YouTubeより

— 佐藤 剛(sato go) (@gosan5553) December 31, 2021

解説　　木田 元
カバーデザイン　吉富貴子

センセイの鞄 (新潮文庫)

🌝声、発声、機能を考える
ボイス・ボーカルレッスン／東京都
音楽療法(医療行為は行わない)の観点からオーラルフレイル、口腔機能、老化防止を意識した呼吸法、発声のレッスンも行います。