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ありふれたコップに八分目くらいの水。
あれは私が社会人5年目くらいの時のこと。
受付に高齢のご夫婦が来て、私は4人がけのテーブルにご案内しました。
ここで旦那さんに書類を書いてもらわなければいけなかったからです。
私は「ここに住所を、ここに名前を書いて下さい」と説明しながら、付き添いの奥様の様子が気になっていました。
奥様は咳をがまんしているようなご様子でした。
人前だから押さえこまなくちゃと考えたようで「ん……ん……」と声がもれました。
少し苦しそうです。
旦那さんが書類に記入している間に、湯沸かし室に行って、コップに水を入れて戻りました。
奥様の前に「どうぞ」と差し出すと、とても驚いた様子でした。
その方はコップを手にするとごくごくと全部飲み干したのです。
ただの水道水なのに。
冷たいわけでもない、ありふれたコップに八分目くらいの水。
運動のあとや夏の暑い日ならともかく、普通の時にコップいっぱいの水って多いと思うのです。
残していいんですよと声をかけても良かったのですけど、私は言いませんでした。
その人が、残したら悪いと気を遣って全部飲み干したことが伝わってきたし、それがなんだかとても嬉しかったのです。
お礼を言ってその方たちは帰って行きました。
お礼を言いたいのはこちらの方です。
大事なことはお客様対応マニュアルの丸暗記じゃないと教えていただきました。
あなたのために用意しましたという場を提供できる喜び。
それを受け入れてもらえて、喜んでもらえる充実感。
その時の満ちたりた感覚が忘れられなくて、私は長く窓口業務を勤めました。