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岩波少年文庫を全部読む。(22)いちばん有名な第2作 ヒュー・ロフティング『ドリトル先生航海記』


(初出「シミルボン」2021年2月25日

語り手トミー・スタビンズが名乗りを上げる

 『ドリトル先生アフリカゆき』の続篇。

 この第2作から、語り手のトミー・スタビンズが登場します。語られるできごとが起こった時代、彼はまだ少年で、靴屋の一人息子でした。

 「はじめのことば」(これも本文の一部)でトミーは、前作『ドリトル先生アフリカゆき』も先生の許可を得て自分が書いたと言っています。つまり自分が出会う前の先生の冒険も(3人称で)書いていたわけです。

 トミーは本書で初めて名乗りを上げてはいても、すでに第1作から語っていたというわけです。本シリーズの他の作品もそうだとすると、3人称で書かれた作品もじつはトミーが語り手だということになります。

世界一周ダーツの旅

 〈私〉トミーは猫用肉売りのマシュー・マグの紹介でドリトル先生と出会います。保護した栗鼠の手当をお願いするためです。先生の異能と人柄に感服したトミーは先生に私淑し、住みこみの助手となります。その後アフリカから鸚鵡のポリネシアとチンパンジーのチーチーが帰ってきて、〈私〉はポリネシアに弟子入りして動物語を学びます。紫極楽鳥のミランダがアマゾンから訪れ、北米先住民の博物学者ロング・アローの消息不明を告げます。

 先生は目を閉じて地図帳を鉛筆で突き、当たったところに出かけることにするのですが、これは日テレの『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』の「日本列島ダーツの旅」のグローバル版ですね。行き先となったブラジル近海クモサル島はロング・アローが消息を絶った地点(ご都合主義か、運命か)。

 操舵に必要な人員である世捨て人ルカはメキシコ時代の殺人容疑で裁判の直前。先生はルカのブルドッグ、ボッブの証言を通訳してルカを無罪にしますが、その祝福騒ぎでルカを連れ出すことがかなわず、オックスフォード留学中のジョリギンキ王国バンポ王子(前作参照)をリクルートします。

 数々の冒険を経て船は目的地そばで難破し、船のないまま一行は浮島クモサル島に流れ着きます。一行はロング・アローを救出し、島の南下による気温低下を住民に火を起こす方法を教えることで回避、鯨群に島を赤道へと押し戻させます。島内の戦争を集結させた先生は島の王に選出されます

自覚せざるパターナリズム

 このあたり、リンドグレーンのピッピ3部作完結篇『ピッピ南の島へ』のピッピの父エフライム船長がクレクレドット島の王として君臨してるのに似た有色人種蔑視を感じます。ちなみにドリトル先生ものの前作は1923年、本書は1928年と、リンドグレーンが作家になる前にスウェーデン語訳が出ています。

 『ピッピ南の島へ』の回でも書きましたが、本書には作品の時代ゆえに、植民地的パターナリズムが色濃く残っています。クモサル島を文明化しつつある先生は、終盤、鸚鵡のポリネシアに帰国を慫慂されて、これをつぎのようにいったん断るのです。

それはできないよ。あれたちは、あの不衛生なやり方に、ふたたび逆もどりするだろう。悪い水、料理しない魚、下水のない町、伝染病……。いや、いけない。わしはあれらの健康と幸福を守ってやらねばならぬ。〔…〕わしは、あの人びとを見すててはならぬのだ。〔376頁〕

 これについて小説家・英文学者の南條竹則はこのようにコメントしています。

これはまさにヴィクトリア朝人の考え方だ。〔…〕「野蛮人」は、白人がいなくなるとすぐもとの蛮風に戻ってしまうから、白人はいつまでも彼らのもとにいなければならない──すなわち、そこに定住して支配を続けねばならぬ。かくして植民地の存在が正当化される。〔『ドリトル先生の世界』(2000/2011)国書刊行会、180-181頁〕

シリーズ第2作にして看板作品

 そうはいってもこの作品がシリーズの看板作品であることに間違いはありません。最初に日本語に翻訳されたドリトル先生がこの作品だと言われています(井伏訳より10年以上前)。

 それは、楽天的な冒険の連続と、夏目漱石『こゝろ』(1914)の語り手さながら先生に心から私淑するトミーという語り手の起用による先生の人柄の魅力の強調によるものでしょう。

 経営学者の池田正孝(まさよし)中央大名誉教授は、本書についてこのように回想しています。

当時、田舎の小学生だった私は、「ドリトル先生」に出会い、この世にこんなに不思議で楽しい物語があろうかと狂喜して読みふけったものでした。その頃、町にうろつく野良犬を見つけてよく石をぶつけたりしていじめたものですが、それ以来きっぱり止めました。犬も言葉をもっていて、人格ならぬ犬格があるんだから失礼だ、と子どもながらに反省したのですね。〔『世界の児童文学をめぐる旅』エクスナレッジ、2020、146頁〕

 もちろん、井伏鱒二の名訳(河合祥一郎の新訳の「訳者あとがき」にもあるように、不正確な部分もあるにはありますが)の力があるのは間違いありません。

 僕は自然人類学者の長谷川眞理子・総合研究大学院大教授の文章が好きなのですが、彼女は自身の文章のルーツを、小学校4年生のときに読んだ本書に求めています。

私は、あまりに数え切れないほど何度も『航海記』を読み返し、オウムのポリネシアに惚れ込んでしまったので、今でも井伏訳ポリネシア言葉が身に付いてしまっているが、私が書く日本語の基本は、井伏鱒二氏のこの日本語が原点であったように思うのである。

長谷川眞理子
『進化生物学への道 ドリトル先生から利己的遺伝子へ』
岩波書店《グーテンベルクの森》、2006、12頁。

 井伏訳のパフォーマンスに着目して読むのもまた乙なものです。では次回、第3巻『ドリトル先生の郵便局』でまたお目にかかりましょう。

Hugh Lofting, The Voyages of Doctor Dolittle (1922)

挿画も作者による。井伏鱒二訳。巻末に舟崎克彦「英国づくし」を附す。
1960年9月20日刊。2000年6月16日新装版。

ヒュー・ロフティング、井伏鱒二については『ドリトル先生アフリカゆき』評末尾を参照。

舟崎克彦 1945年東京生まれ。学習院大学経済学部経営学科在学中、詩集『いもむしの詩』(栄光社)でデビュー。卒業後、東京建物横浜支店に勤務しつつイラストレーターとして、また妻・舟崎靖子と共同で作詞家、放送作家として活動。のち白百合女子大学教授。《ぽっぺん先生》シリーズ(岩波少年文庫、筑摩書房)で路傍の石文学賞、『ぽっぺん先生と帰らずの沼』で赤い鳥文学賞、『雨の動物園』(以上岩波少年文庫)で国際アンデルセン賞優良作品、同書と『Qはせかいいち』(復刊ドットコム)『かぜひきたまご』(講談社)でサンケイ児童出版文化賞、『はかまだれ』(ひくまの出版)で絵本にっぽん賞、『悪魔のりんご』(小学館)で日本絵本賞。2015年歿。

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