岩波少年文庫を全部読む。(24)塀の中のドリトル先生 ヒュー・ロフティング『ドリトル先生のサーカス』
「エピソードIII」か、それとも真の「エピソードII」なのか?
『ドリトル先生の郵便局』に続くシリーズの第4作です。第1作『ドリトル先生アフリカゆき』同様、3人称の語りで進行します。
第2作『ドリトル先生航海記』の語り手兼登場人物であり、第1作および第3作の局外の語り手でもあるトミー・スタビンズと、先生が出会う前のお話であることは確かなようです。
先生一行はアフリカから帰国し、ホームタウンであるパドルビーに戻ります。借りた船を壊してしまったため、双頭の有蹄類オシツオサレツを見世物にして、収益で船を弁償することにします。
ここから、本書(および第6作『ドリトル先生のキャラバン』)はどうやら第1作『アフリカゆき』の直接の続篇らしいと思われます。つまり前作『郵便局』よりもさらに前のお話、ということになります。
ただし、そう考えると、本書中のいくつかの記述と矛盾する点が出てきます。『郵便局』でのできごとを過去のこととして言及している細部があるのです。その点では、前作『郵便局』の直接の続篇にも思える箇所も多々ある。どうにも決められません。
ドリトル先生逮捕される
先生は猫肉屋マシュー・マグから、近くのグリムブルドンで興行中のブロッサム・サーカスのことを教えてもらい、ブロッサム団長にかけあってオシツオサレツ観覧のマネタイズにこぎつけます。
サーカスの巡回動物園の不衛生さに厭気がさした先生は、アラスカ生まれのおっとせいソフィーの頼みで、彼女をアラスカの夫のもとに帰すために脱出に手を貸すことになります。
ソフィーに人間の女性の服を着せて崖から海に放した先生は、殺人容疑で拘束されてしまいます。
食事の記述の魅力
先生は勾留中に支給されたパンを食べて、
とコメントします。そして無事出所できることになったら、食べ残したパンを取りに戻り、清掃中の巡査に
と声をかけ、
このような「食べること」の重視は、このシリーズの特徴のひとつとなっていることに気づかせてくれたのは、小説家で英文学者の南條竹則さんでした。
南條さんご自身が美食小説『満漢全席 中華料理小説』(集英社文庫)やグルメ本『中華美味紀行』(新潮新書)の書き手でもあり、この着目点はなるほどと思いました。
アニマルライツ小説
以下、狐狩り反対論、サーカスの衛生向上など、アニマルライツ関連の展開を経たのち、先生はサーカスの団長となり、動物たちが出演するコンメディア・デッラルテ式の黙劇をマンチェスターのコロシアムで上演するにいたるのですが、そこにたどりつくまでにはまだまだ幾多の苦難が待っています。
もっとも、英国人らしくベーコン大好きな先生が(同様にグルマンで食通の)豚のガブガブと同居してるのは、アニマルライツ的にはどうかと思うのですが…。
それはともかく、この作品はシリーズではじめて、全篇で英国が舞台となっています。ジェローム・K・ジェロームの『ボートの三人男』(1889。丸谷才一訳、中公文庫)などの英国諧謔小説につがる飄逸で、とりわけ親しみを感じる一篇です。
では次回、『ドリトル先生の動物園』でまたお目にかかりましょう。
Hugh Lofting, Doctor Dolittle's Circus (1924)
挿画もヒュー・ロフティング。井伏鱒二訳。巻末に堤英世「ドリトル先生の指輪」(2000年春)を附す。後年の版では岩波書店編集部「読者のみなさまへ」(2002年1月)が加わる。
1952年1月15日刊、2000年6月16日新装版。
ヒュー・ロフティング、井伏鱒二については『ドリトル先生アフリカゆき』評末尾を参照。
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?