島暮らしで身についた新たな価値観①
延ばしに延ばして計5ヶ月になった小笠原父島での島暮らし。そこでは本当に多くのことを学び、都会っ子だった私の中に次々と新たな価値観が吹き込まれた。
前の記事にも書いているように、小笠原諸島は日本の有人島の中で、恐らく一番アクセスの悪い島。東京都の管轄ではあるが、東京から南に1000キロ、渡航手段は24時間の船のみ。
島内の人口は約3000人。1 年も暮らせば島民全員と顔見知りになれるレベルかもしれない。
そんな不便な暮らしと狭くて温かいコミュニティーに私は次第に魅了されていった。
実際に私が経験して身についた価値観をシェアしたいと思う。
モノは循環させ、ないものは手作りで作る精神
小さくて隆起の多い島、物資の運搬は週に1度のみ。コンビニ、チェーン店、百均、服屋さん、都会でなら当たり前に見る店はどれ一つない。こんな条件の悪い島で島民はどうやって生活しているのか。
カーテンがない!
これは私が最初に寝泊まりしていたボランティア施設で、受け入れる人が増えるからと、外のプレハブにお引越しさせられた時のこと。
元々男子部屋だったらしく、窓を覆っていたのはスケスケのすだれだけだった。これから女の子がたくさん来るのにどうしようか。
そこで私は海や浜辺から回収されて外に置いてあった漁網と少し厚めの布(たぶんマットレスカバーのようなもの)と洗濯用ピンチを使って簡易的なカーテンを作った。
もっと立派にしょうと思えばできたかもしれないが、あるもので何とか作れた達成感が気持ちよかった。
ハンバーガーが食べたい!
マックもケンタもミスドもスタバも、有名チェーン店がどれ一つないからやっぱりだんだん口が恋しくなってくる。そんな時は島内のスーパーで買えるもので作るしかない。島にパン屋さんは数軒あったが、実は島民のホームベーカリー所有率がかなり高いらしいという話もあり、みんな家でパンを作る習慣がある。
私も一緒に生活していた子たちとよくパンを作っていた。朝ご飯用のパンもおやつのスイーツも全部自分たちの手作り。入れるのは薄力粉と強力粉とイースト菌。変な添加物も保存料ももちろん入っていない。
私が滞在中に作った超大作は釣った魚で作ったフィッシュバーガーかもしれない。小笠原では「チギ」と呼ばれるバラハタが釣れた時、自分たちでおろして、フライにして、立派なバーガーになった。
愉快なボランティア仲間たちと何かと夕飯をパーティーと呼んでいて、この時はアメリカンパーティーとか名前つけた。一番近い自販機でコカコーラを買ってきて、洋楽を爆音でかけて勝手にアメリカ気分を味わっていたあの夜は本当に楽しかったな〜
新しい服、新しいビキニ、便利グッズが欲しい!
こんなにモノがない島にいれば、まあいっかで済ませる時もあるけど、やっぱり物欲が止まらなくなる時がある。
そんな時は村の地域福祉センターに行く。ここは公民館兼図書館のような施設で、ここの一角に「あゆみ」というリサイクルショップがあるのだ。
島民がいらなくなったものを売るのではなく寄付し、それをだいたい単価100円で買うことができる。品物の本来の価値や大きさなど関係なく、全て100円。服やレジャー用グッズ、食器や雑貨までありとあらゆるものが置いてある。悪く言ってしまえばジャンクヤードみたいな感じだが、私たちにとっては宝庫で、ここを私たちは島の原宿だの、島の百均だのと呼んで、通っていた。
意外と求めていたもの、掘り出し物が見つかった時の嬉しさは都会で良い買い物をした時の気分そのものだった。
私が1番助かったのは、島で少しオンライン就活を始めることになった時、あゆみで上半身のみだが、シャツとスーツが見つかったこと。サイズはあまり合わなかったので、離島の際にはまたあゆみに寄付した。またきっと必要になった人の手に渡るだろう。
あゆみで買ったワンピースが今でもお気に入りで、内地に持って帰って愛用している。どこのブランドかは知らないが、あまりにも高見えするので、それが100円なんて誰も信じないかもしれない。
正しいモノの循環とは
モノが無限に増え、その処理に困っている現代。島は地球の縮図だと考えると、これが本来のモノの循環なんだよなーと感じる日々だった。
新しいものが悪いわけではないが、人口が増え、処理や循環がうまく追いついていない現代社会で、とりあえずあるものでなんとかする、使わなくなったものは捨てるより譲る、という心がけはとても重要だと身をもって感じた。
日本人の新しい物好きともったいない精神のバランスが取れてくればより良い社会になるかもしれない。