【ショートシナリオ】 「俺の小籠包」
⚫︎ 登 場 人 物
工藤孝三(57)N商事の営業部長
加賀直樹(35)N商事の社員
石崎 勝(33)N商事の社員
○中華レストランの個室(夜)
N商事の社員十数名が、さまざまな中華料理が並んだ回転テーブルを囲み、歓談をしながら食事をしている。
工藤孝三(57)が小皿の酢醤油を箸先で小刻みにつつきながら、斜め向かいにある小籠包が8つのった皿を睨んでいる。
隣の席の加賀直樹(35)が工藤のグラスにビールを注ぎながら、
加賀「部長の大好きな小籠包、頼んでおきましたよ〜」
工藤が立ち上がり小籠包に手を伸ばす。
と同時に回転テーブルがぐるりと回り、小籠包が移動する。
工藤は小さく舌打ちをし、おしぼりを強く握りしめる。
工藤がテーブルを回し、小籠包を目の前に引き寄せると、5つに減っている。
工藤が再び小籠包に手を伸ばすと、
加賀「吉田先輩、醤油こっちですよ!」
加賀がぐるりと勢いよくテーブルを回す。
工藤は目を閉じて静かに箸を置き、ビールを一気に飲み干し、ゴンと音を立ててグラスを置く。
加賀がちらりと工藤のほうへ視線を向ける。
加賀「あ、部長。すいません」
加賀がテーブルを回し、工藤の前へ小籠包の皿を引き戻すと、残りは3つ。
工藤がため息をつきながら箸を持つと、
石崎 勝(33)がビール瓶を持ってやってくる。
石崎「ちょっと部長、グラス空じゃないですかぁ」
工藤はバン! とテーブルに箸を置き、ため息をつきながら石崎にビールを注がれる。
横目で小籠包を見ると、残りは1つ。
工藤がグラスを持ったまま急いで取ろうとすると、横からサッと別の箸が現れる。
加賀「ラスト1個、いただきっ!」
加賀が醤油もつけずに小籠包を口に投げ入れる。
箸をかざしたまま静止し、口をあけて加賀をみつめる工藤。
箸を持った工藤の手が、小刻みに震える。
工藤「俺の……! 俺の小籠包はぁ……‼︎」
工藤が叫びながら腕を振りかざし、勢いよく箸を床に投げつける。
カーペットに叩きつけられた箸が、音もなく部屋の隅へと転がっていく。
歓談していた社員たちが一気に静まり、不思議そうに工藤を見つめる。
数秒後、何もなかったかのように、再び社員たちが歓談を続ける。
※「イライラしている人」をテーマに、2017年に書いたシナリオです。