見習い魔術師セラの日記②:飢える人々
翌日、私はお師匠様のお供として季節のものを買い出しに街へと来ていた。収穫の秋とあって、市場には彩り豊かな果実や他の食材が所狭しと並べられていた。私たちが口に入れられる食材は少ないのだが、それでもこうした市場の光景はどこか懐かしくもあり、平和な世の豊かさを実感できるようで私には嬉しかった。
儀式の供えと皆への土産として、お師匠様は珍しい木の実をいくつかと土産物の果物を少し買われた。通りを行き交う人々は肌の色も話す言葉も様々だが、幸いここでは揉め事も争い事もまばらなようだ。通りの端にある織物屋で壊れた機織りの部品を買い揃え、最後に香物屋で日使いの香の物を少しだけ手に入れた。それらを紙袋に詰めると、私は両手で抱えてお師匠様の後に従った。
街の入口で、馬車で市場まで運んでくれた近所の農家の方を待つ間、私とお師匠様は道端に腰を降ろすと、手に入れたナツメヤシの実を一粒だけ口に含んだ。硬い皮の奥にほのかな甘みがあって、噛むと口の中にじっと甘みが広がっていった。日頃甘味の乏しい生活をしているせいか、こうした甘さを感じられるのはひどく嬉しい気がした。でもその反面、日々共に修行している仲間には申し訳ないようにも思えた。
道向かいの道路脇に立ちすくんだ母娘が目に入った。ひどく汚れた身なりをして、顔も手も黒くすすけていた。二人ともやせ細り、子どもの方は風に吹かれて飛んで行ってしまいそうに見えた。彼女らは道行く人に物乞いをし、その度に断られ、突き飛ばされ、その体は何度も埃まみれの道に転がった。見かねたお師匠様は母娘に声をかけると、紙袋の中から先ほど手に入れた木の実や果物を分け与えて言った。
「これくらいしかなくて手持ちがなくて申し訳ないね。あなた方にも神の恵みがありますように。」
母娘はお師匠様に何度も礼を言い、逃げるようにその場を去った。きっと近くに同じような物乞いがいて、せっかく手に入れた僅かな食事を奪われては敵わないのだろう。
「せっかくのお供えものも、皆への土産もなくなってしまいましたね。」
私の言葉を遮るように、母娘の後ろ姿を眺めながらお師匠様は私に話した。
「そうですね。私たちにも貴重なものでしたからね。でも神への供えが大切だと言って目の前の施しをためらうような者に、神は正しい行いとは仰せにならないと思うのです。」
お師匠様の目には信仰という信念の炎がしっかりと宿っていた。
「もちろん分かっています。目の前の飢えた人々全員を救うことなどできません。私たちだって十分な食料の持ち合わせはないのですから。でも、だからといって、目の前で苦しむ人たちに無関心でいることを、神はお悦びになるのでしょうか。」
やせたか細い娘は何度も振り返り、私たちに手を振ってくれた。私はそのたびに彼女に手を振り返し、微笑んだ。僅かでも施すことができたささやかな悦び、きっと私のこれからはこうした小さな思いの積み重ねになるのだろう。お師匠様に話したかったが、やめておいた。「それで良いのです。きっと、それが良いのです。」そう言われるように思うし、心を見透かされるようで恥ずかしくもあった。
少し遠くの方から農家の方の声がした。両手一杯に秋の食材を抱え、歩くのも大変そうな様子だ。お師匠様は笑顔で手を振り返すと、私を誘ってその方の荷を共に馬車へと運んだ。馬車の荷台から眺める秋空の、澄んだ夕暮れ時には少しだけ空腹を感じるものかもしれない。お師匠様はそんな私の様子に気づくと、そっと私にナツメヤシの実を一粒渡した。心を見抜かれるようで驚きと恥ずかしさの中、私はお師匠様の顔を見返した。
「衣の裾に二粒だけ残っていました。先ほどの母子の幸せを願い、頂くとしましょうか。」
お師匠様はそう言って、微笑みながらそっと実を口にした。私もともに、そっと木の実を頂くことにした。その実は先ほどよりも少しだけ、甘いように私には思えた。
(イラスト ふうちゃんさん)