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結婚と離婚(自己分析3)

18歳 バイト先で出会った人との間に子供が出来て結婚した
じぶん家族が持てたことが嬉しくてとても大事にした
しかし10年後、夫婦の亀裂が生じ衝動的に離婚をした
結婚も衝動、離婚も衝動
子供を育てるためにパートを増やしたが、それだと子供との時間が
全く取れなくなってしまうことを危惧し、たまたま募集していた「看護助手」に応募し採用してもらった
子育てと仕事で必死な毎日が始まった

前述したが私の母は看護師である
小さなころこそ「看護婦さんになりたい」と言っていたそうだが
物心つく頃には「看護師なんて絶対にならない」「お母さんみたいになりたくない」と思うようになっていった
看護助手を仕事に選んだのは自分でも意外だった

そこで出会った看護師たちは素晴らしい仕事をする人たちばかりで
看護師長もとても人として素晴らしい人だった
私はそこで働き始めてようやく母に対する敬意を持つことができた
「師長さんの仕事ってすごいんだなぁ」と思えるようになった
看護師長さんから「勿体無いから看護師になった方がいい」と言われ
働きながら勉強ができる准看護学校を受験することを決め、看護師やドクターに
勉強を教えてもらいながら、准看護師専門学校に入学した
ここでもまた大きな転機となり全力疾走しながら乗り越えていた

学校に通うには午前中に所属の病院で仕事をして午後から学校へ行き授業を受ける
スタイルだった。准看護師免許を取得してからは、その所属の病院で2年間働きお礼奉公をすることになっていたし給料もその分とても安かった
自分の給料だけでは生活が出来ず、最初のうちは月の足りない分だけ金融機関からお金を借りていた
2年後、お礼奉公が終わって少し給料の良い病院に転職した
転職先では同僚や先輩に恵まれて色々ありながらも仕事を頑んばっていた



(次回 登山との出会い)

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