僕と父だけの生活
今週、母と姉が鳥取に住むおばあちゃん家に行っていた。姉が12月から新しい会社で働くから、11月は前の会社の有給消化で丸々休みだった。その機会を利用して、久しぶりにおばあちゃんに会いに行こうと思ったみたいだ。
僕と父は仕事があるから行けなかった。男2人、家に残される。普段家事も何もしない男たちの1週間はそれは苦労する。単純にご飯を作れないから僕は外食が増えた。お昼は節約するため、カップ麵を食べていたけど、夜はそれだけでは足りないから近所のラーメン屋やチェーン店で食べていた。
僕は東京で働いているから仕事終わりにお洒落なお店で食べて帰ることも出来るけど、一度もそれをしなかった。家に荷物を置いた後、自転車で近所のお店を徘徊する。そっちの方が楽なのだ。僕はどんなに環境が変わっても、この道を選ぶ人生だろうなって思う。
父は僕以上に簡単に食事を済ましていた。火曜日は仕事から家に帰ると父がいる形跡があった。台所の流し台には使い終わった後のお皿と箸が雑に置かれている。机にはコンビニで買ったお好み焼きの袋が放置されていた。父は在宅勤務もあるため、今日は在宅の日なんだなと理解した。それでも、父の姿が見当たらない。どこに行ったんだろうと思ったら、父がちょうどサンドイッチを片手に帰ってきた。「おう、おかえり」と軽妙に話しかけてくる。
僕は今日の夜ご飯は吉野家に行くと決めていた。父もいるなら一緒に行こうと思い誘ってみたけど、父は行きたがらなかった。
「お父さんはサンドイッチを食べるからいいや」
僕は「そんなんじゃお腹空いちゃうよ」って言ったけど、父は「空いてないから大丈夫」と返事をしてもうリビングの床に座ってサンドイッチの袋を開け始めている。仕方がないからひとりで行くことにした。サンドイッチ1個で済まそうとする父の食の細さが心配になって、何となく今日は歩いて吉野家に向かった。
近所の吉野家は僕が小さい頃からある店舗だが、最近店内の内装が随分と変わってしまった。昔はカウンターがU字型に配置されていたのに、今はカウンターの席は減ってテーブル席の方が増えた。壁も茶色を基調とした温かみのあるカフェみたいになっていて変わった時は衝撃を受けた。吉野家のCMを藤田ニコルがやってるように、客のターゲット層をおじさんから女性やファミリーまで広げたいのだろう。でも、僕は毎回来るたびに思う。
吉野家はいつでも圧倒的におじさんが多いなって。
おじさんがカフェみたいな吉野家の中で窮屈そうに牛丼を食べている。カウンターやテーブルの席にひとりのおじさんがポツリ、ポツリ。僕も牛皿・カルビ定食なんて名前のいかにも男しか食べないようなメニューを注文して、一人でカウンターに座って食べる。
ひとりでも行きやすいのが吉野家だ。お洒落なレストランには気後れして入れない。吉野家の窓ガラスから明るい店内を覗くと、同じようなひとりの人間がいることに安心して吸い寄せられるように店に入る。それが吉野家だ。
競争が激しい飲食業界で生き残っていくためには、ある程度変化していくことは大事かもしれないが、僕はこれからも吉野家がおじさんたちの居場所であって欲しいと来るたびに思っている。
油たっぷりの牛カルビを口に運びながら、僕は一人暮らしをしたら、確実に牛丼、ラーメン、町中華などの男飯ばかり食べる生活になるだろうなと思う。栄養に偏りがある食事になるのは容易に想像が付く。
母がバランスのいいご飯を作ってくれる今がどんなにありがたいか。そう思うのは、いつも母がいない夜で申し訳なくなる。父にも母がいて良かったなと思った。父は母がいないと何も出来ない。お昼に食べた後の食器さえ自分で洗えないのだから。今日だって在宅勤務で家にいるのなら、洗濯機くらい回してくれてもいいのに洗濯カゴは溜まったままだった。
あんた、母がいなくなったらどうやって生活するつもり?
僕は定食を食べ終えて家に帰ってから、父が片付けていない食器を洗った。なんで僕が洗わなきゃならんのだと思うけど、父がリビングから子供みたいに照れくさそうに「ありがとう」と言ってくるからしょうがないなと思ってしまう。母もずっと「しょうがない人だな」と思いながら、父の面倒を見ているだろう。それって凄く愛だな。
父は母が帰ってくる日になって、慌てて溜まっていた洗濯物を洗った。洗いたい気持ちはあったみたいだ。母は空の洗濯カゴを見て「お父さんが洗濯機を回してくれたみたい!」と喜んでいたけれど、僕はそれくらい在宅勤務だから当然だろうと思っていた。でも、これでいいのだ。この関係性が僕の好きな父と母なんだ。
火曜日に前回の記事が初めてnote公式から「今日の注目記事」として紹介してもらえました。凄く嬉しいです。また載せて貰えるように頑張ります!スキやフォローしてくれた皆さん、ありがとうございました!
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