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ムネ肉はモモ肉に肩を並べるな!
運ばれてきたチキン南蛮定食を口に入れた瞬間、全てを察して後悔する。口に広がるモサっとした食感。僕の箸は止まる。
あぁ、お前はムネ肉か。
今日は本社に用事があって、午前中に事業所を出た。こんな日は久しぶりだから、お昼は本社の近くで美味しいご飯を食べてから行こうと昨日の夜から決めていたのに。
いつもは母の作ったお弁当かカップ麵を食べている僕は、たまの外食を凄く楽しみにしていた。それが何だ、チキン南蛮定食がムネ肉だったら全てが台無しじゃないか。
ご飯、みそ汁付きで890円。安さに釣られた。オフィスビルが立ち並ぶこの近辺で1000円以下の定食はなかなかない。「1番人気チキン南蛮定食!」の看板に釣られて、まんまと入店してしまった。
僕はムネ肉が嫌いなのである。苦手な訳ではない、単純にモモ肉の方が圧倒的に美味しいだろと思って生きている。唐揚げにして食べたら美味しいのは間違いなくモモ肉だ。それなのに、こいつは幾度となく僕の前に立ちはだかる。
母がよくムネ肉を使った料理を作る。うちの唐揚げはムネ肉半分、モモ肉半分である。僕は毎度「全部モモ肉にしてくれよ」と文句を垂れるのだが、いつも必ず半分ずつ出てくる。母がムネ肉を採用する理由はヘルシーだし、モモ肉より安いからという理由だ。ムネ肉を柔らかくする方法を日夜研究している。
それなら出します!僕がモモ肉分のお金を!!
毎月母にいくらか生活費を渡しているが、それでも食卓にムネ肉が並ぶのならば、僕はモモ肉分のお金を払ってもいい。それほど、僕はモモ肉を愛し、ムネ肉を嫌っているのだ。
憧れるのをやめましょう、ムネ肉はどんなに頑張ってもモモ肉にはなれないんだ。
ドラゴンボールで例えるなら、モモ肉が悟空でムネ肉はヤムチャなのである。ヤムチャがどんなに修行しても、スーパーサイヤ人になることは出来ない。元々持っているポテンシャルが違うのだ。それをヤムチャはちゃんと自覚してるから、物語の後半、彼は戦うことを諦めた。
ネットではよく負け犬キャラとして小馬鹿にされているヤムチャだが、僕は彼の潔いところが好きだ。
それに引き換え、ムネ肉はどうだ?さも「モモ肉と同列ですけど?」みたいな傲慢な態度で食卓に顔を出す。唐揚げのタチが悪いのは、口に運ぶまで衣の中の正体が分からないところだ。モモ肉だと思って食べて、ムネ肉だった時の絶望は計り知れない。飲食店側もメニューに表記して欲しい。
チキン南蛮定食
※ムネ肉を使用してます。モモ肉信者は絶対に頼まないで下さい!地獄を見ます!
ここまで書かれていたら僕はチキン南蛮定食を頼むことはなかった。未然にムネ肉を回避出来たのである。僕はムネ肉にお金を払いたくない。ムネ肉を食べてまでお腹を満たしたくない。せっかく本社で仕事だと言うのに、ムネ肉に890円払った後悔で仕事に集中出来なさそうである。
そんなムネ肉の悪口ばっか書いて酷い!最低だ!と思う方もいるかもしれないが、僕はムネ肉の活きる道もちゃんと知っている。彼にだって活躍出来る場所はあるのだ。筋肉愛好家たちの間ではタンパク質源としてムネ肉は重宝されている。
先日、ボディービルをしている中学時代の後輩と飲み会で会ったが、彼はお肉はムネ肉しか食べないと話していて驚いた。プリッとしたモモ肉の唐揚げを前に「ちくわさん、どうぞ僕の分も食べて下さい」と促す。
強靭な筋肉を作るためにはモモ肉のような脂っこい食べ物は食べないのだと言う。彼は中学の頃に比べたら、そりゃあムキムキになっていた。全体的に分厚い。それこそ、ドラゴンボールに出てきそうなほどである。
唐揚げを食べないと言うから、僕は驚いて何度も聞いてしまった。
「いいの?本当にいいの?本当に食べるよ?」
彼は「大会近いんで」と優しく笑う。男なんてモモ肉の唐揚げが全員大好物だと思っていた。モモ肉を我慢させるほどのボディービル。大会で優勝したら幾らか賞金は出るんだろうか。
「いや、何も出ないです。名誉です。自分との戦いなんで」
僕は浅はかな質問をしてしまったことを恥じた。筋肉好きは名誉のために鍛えているの?ストイックすぎるだろ。モモ肉の唐揚げを諦めてまで僕は体を鍛えることは出来ないなと話を聞いて思った。
ムネ肉はムネ肉の活路がある。お前は筋肉路線で頑張っていればいいんだ。
そんなことをブツブツ考えながら、ムネ肉のチキン南蛮を渋々口に運ぶ。僕はマッチョになれなくてもいい。太ってもいいから、これからもモモ肉だけを食べていこう。今回は「ちくしょう」と思いながら890円を支払い、定食屋を出たのだった。
エッセイ集を購入してくれたsakiponさんとねぎとろさんが素敵な感想を書いてくれました。日常の中で大事に読んでくれてるのが凄く嬉しくて、本にして良かったと改めて思いました。電車の中で訳の分からない本を開いてくれてありがとうございます。皆さんも是非読んでみて下さい✨
sakiponさん
ねぎとろさん