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夏の終わりにサマーランド

八王子駅に着いた時、僕たちは絶望していた。サマーランド行のバス停にはプールバックを持った人たちで長蛇の列が出来ていた。9月も終わりだと言うのに、まだこんなにもプールで遊びたい人間がいるのか。(僕たちも人のこと言えないけど)

「バス停混んでるね、次も乗れそうにないよ。」
「やめるか?タクシーならあそこにいっぱい止まってるな。」

ナリが指差した先には、空車のタクシーで溢れ返っていた。サマーランドのバスに乗れない人たちを捕まえようとしてるのだろう。

「タクシーで行くか。」

大人になった僕たちはバスの長蛇の列に並ばなくても、タクシーで行く選択肢を選ぶことが出来るようになった。3人で割れば払えない額ではないはずだ。

すぐに近くのタクシーに声をかけて乗せてもらう。ハルが「サマーランドまでいくらですか?」と聞くと、運転手のおじさんは「4900円ですね。」と妙に正確な数字を言ってくる。咄嗟に頭で3人で割った金額を計算してしまう。ひとり1600円くらい。バスで行くより割高だが、しょうがないかと3人で顔を見合わせた。タクシーは発進する。

運転手のおじさんはさっきもサマーランドへ客を送ったと意気揚々と話した。今年の夏はサマーランドの送迎で荒稼ぎをしているのだろう。「着くまでアメでも舐めて待っていて下さい。」とおじさんからアメを手渡された。僕はすぐに口に放り込んだけど、ナリは怪訝そうな顔でアメに何か入ってないか確認してそのままポケットに入れた。

おじさんを疑うなよ。

30分ほどでサマーランドへ着いた。料金はピッタリ4900円だった。僕たちは運転手にお金を支払い、いざサマーランドへ足を踏み入れる。僕は来るのは始めてだった。ピチピチのギャルがいるのかなと期待したけど、実際は子供連れが多く、成人男性3人の僕たちは若干浮いていた。

そんなことは気にせず、早速ウォータースライダーの列に子供に混じって並んだ。並んでいる最中に前の女の子が身長を測られていた。120㎝以下は乗れないみたいだ。不安そうな顔をして身長を測られている女の子はスタッフの「乗れるよ」の一言に顔が明るくなった。腕には「120㎝の壁をクリアした者」として腕章を付けられていた。心の中で「良かったね」と思いつつ、身長も測られもしない僕はウォータースライダーにビビッていた。

いざスタート地点に立つと斜面が急だった。スタッフのお姉さんに「どうぞ。」と合図され恐る恐る滑り出す。トンネルが暗くて下が見えない。「怖い!!!」と叫びそうになったが、そんな暇もなく水に落ちていた。先に滑り終えていたハルとナリに「どうだった?」と聞かれて、僕は舐められないように「大したことないね。」と思いっきり嘘をついた。

その後も流れるプールで遊んだり、アスレチックで遊んだり、子供みたいに楽しんだ。空は曇っていたけれど、プールに入ってしまえば寒くない。散々遊び疲れて、気付いたら温浴プールで休憩していた。

「もう俺は十分楽しんだかな。」
「俺ももういいかも。」
「そろそろ帰る?」

高校生の頃だったら1日中遊べていたはずなのに、大人になったらお昼頃でもう帰りたくなる。温浴プールで3人でボーっとしていると、ナリは唐突にある告白をした。

「子供出来たわ。3月生まれる。」

「え?マジ?」僕とハルは急な発表に驚く。1年前もこの男はプールで「結婚する」って言い出したっけ。人生の節目の発表はプールで言うって決めているのかコイツは。

僕が「子供の性別は?」と聞くと、ナリは今度健診があってその時に分かると教えてくれた。ナリは「女の子がいいな」と呟く。僕も「女の子の方が手がかかりにくそうだよね。」と同意する。ナリは一応男でも女でも名前はもう決めてあるみたいだが、それは教えてくれなかった。3月までのお楽しみだそうだ。

高校の同級生が父親になるのか。ナリがお父さんになるなんて考えられない。マックのソフトクリームを変顔しながら食べていたのに。もうそんな年齢に僕たちは立っているんだな。

「もう気軽に遊べなくなるね。」
僕がそう言うと、ナリはいつものふざけた調子でこう答える。
「いや、大丈夫。子供連れていくわ。今度は俺の子供も一緒にプールに行こう。」

来年は赤ちゃんすぎて一緒に行くのは難しいかもしれないが、いつかナリの子供を連れてプールに行く日も来るのかもしれない。その日が待ち遠しくなる。

3月にはナリの家に赤ちゃんを見に行く約束をした。僕は今から赤ちゃんを笑わすために「いないいないばあ」の練習をしておこうと思う。君のお父さんを変顔で笑わすのは得意なんだ。



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