クモ、雲隠れ
夏になると、虫が増える。窓を閉めていても気付いたら小さいクモが部屋の中をウロチョロしている。僕はクモを見つけたら可哀想だけど殺すようにしている。昔は寛大な心でクモを窓から逃がしてあげていたが、数年前、部屋にクモの赤ちゃんが大量発生したことがあり、それがトラウマになっていた。壁の至るところに小さいクモが蠢いている光景を思い出すだけで寒気がする。そのため、クモはいつもティッシュでくるんでそのまま圧死させている。
そんなクモ退治マスターの僕があるクモに悩まされている。3か月前から自転車の右ハンドル部分に巣を作るクモがいるのだ。もう現状を見てもらった方が分かりやすい。
「何でこんなところに巣を作るの?」と初めて見た時は思わず笑ってしまった。どうせすぐ壊されるのに、こんな辺鄙な場所に巣を作って何の意味があるのかと。僕はその時自転車に乗って出掛けようとしていたが、ハンドルが握れないので家に戻り、ウェットティッシュを1枚掴んでクモの巣を綺麗にふき取った。クモの姿は見えなかったから、一過性の巣だと思った。クモもここを練習台としてきっと他のいい場所に巣を作り替えたに違いない。その時は楽観的に考えていた。
しかし、数日後また自転車に乗ろうとして僕は驚愕する。
また右ハンドルに巣が作られている!!
僕はなぜ巣が出来ているのか理解出来なかった。この巣を作ったクモの姿は前回確認出来なかったはずだ。とっくに移動していると思っていたのに、僕が巣を破壊した時もすぐ近くにいたのだ。忍者みたいに身を潜め、またひとり寂しく同じ場所に巣を再建した。お前、本気でここを拠点にしようとしてるのかよ!
2回目となると初めて見た時のような優しい気持ちではいられない。僕は出掛けようとしていたのだ。毎回病院の時間に間に合うかギリギリの時間に家を出ている。僕は軽く舌打ちをして、またウェットティッシュを取りに家に戻る。今度はクモを見つけてやろうと念入りに自転車を確認したが、やっぱりクモの姿は見えない。完全に雲隠れ。僕はまた舌打ちをして、渋々自転車で病院に向かう。
ここから3カ月、自転車に乗るたびに巣が作られている。もう何回巣を破壊したか分からない。それでもクモは右ハンドルに巣を作ることをやめない。最近僕はもう家を出る前からウェットティッシュを片手に持っている。今日も巣が出来ているんだろうなと内心諦めた気持ちで家を出る。不思議なのはクモの姿が相変わらず見えないことだ。自転車のベルの中にでも隠れてるのかもしれない。一緒に街をサイクリングしている可能性がある。
クモは何で右ハンドルを気に入っているのだろう。何度も同じ人間に巣を破壊されいるのに、また作り直すのは面倒ではないのだろうか。はっきり言って自転車のハンドルがベストな巣の張り場所とは思えない。あんな小さいスペースで何を捕まえられるというのだ。もっと外灯の下とか虫が集まりやすい場所に巣を作った方が効率がいいのにと人間の僕ですら思う。
クモもクモで意地を張っているのだと思う。本当はここが最適な場所ではないと気付いているけれど、破壊されたら対抗したくなる。意地でもここに巣を作るんだ!という強い意志を感じる。自転車を本気で乗っ取ろうと画策しているのかもしれない。
僕はもう進撃の巨人のリヴァイ兵長のような気持ちである。「ジークは俺が仕留める」くらいの意気込み。別に人類の未来なんて背負ってないけど、確実に見つけてやる。そうじゃないと気が済まない。俺の目的はクモを殺すことだ!
果たしてこの戦いに終止符が打たれることはあるのか。クモ側も未だ諦める姿勢は見せない。僕がクモを見つけるのが先か、クモが自転車を乗っ取るのが先か。絶対に駆逐してやる!
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