
かつて女の子たちに人気の遊びだったおはじきの原型「イボキサゴ」が東京湾の盤洲干潟に大量発生?
貝がら集めはどこの国でも女の子に人気?
マラウイの世界自然遺産マラウイ湖のほとりで、貝がらを拾って集めていたのは、小学生の女の子だった。地元の人に聞いても、男の子ではなく、よく女の子が集めて遊んでいるのだそうだ。ひもでつないでネックレスにすることもあるんだとか。


かつての日本でも貝がらは、女の子に人気だった。その中でも「イボキサゴ」という指の爪ほどの大きさの巻貝の貝がらを使った、誰もが知る昔遊びがある。「おはじき」だ。
「イボキサゴ」の話をする前に、東京湾の生き物の話をしたい。
「きれいな海」から「豊かな海」への転換
東京湾の海苔の不作で、クロダイが海苔を食べてしまうことがニュースになった。海苔養殖者にとっては頭の痛い話だろうけれど、釣り人にとっては嬉しいニュースとも言える。
かつて東京湾でたくさんとれていたバカガイ(アオヤギ)やワタリガニはほとんど取れなくなって、今や地元のスーパーに並ぶことも少なくなった。養殖のアサリは今はまだそこまで危機的ではないかもしれないが、漁獲量が近年減少している。
ある海の研究者がこんな話を聞かせてくれた。
「ある1つの種が数を減らすと、別のある種が急に増えることがある。環境の変化なのか、一定の周期でそうなっているのか、はっきりとした原因はよく分からないことが多いが、限られた場所で生息域を奪い合うようなことが起きている。減った種を増やすということは、増えてきた別の種を減らしてしまうことにもつながる。バランスが大事ですね。」
海の生き物の増減のメカニズムは非常に複雑で、専門家でも「これが原因」と一概に言えないほど難しいのだそうだ。生き物が増えたから環境が良くなったとか、減ったから環境が悪くなったではなく、あくまで増えた生き物にとっては良い環境に、減った生き物にとっては悪い環境になった、としか言えない。
赤潮の原因ともなり、かつては悪者扱いされていた栄養塩。これを下水処理施設がきれいにしすぎてしまい、海の生き物に必要な栄養塩が不足している海もある。そこでは、下水処理をあえてゆるめ、汚れを少しずつ流すように転換している。ただの「きれいな海」から、多くの生き物が生息できる「豊かな海」を目指しての転換だ。
大量発生しているイボキサゴ
減った種の話題をニュースでよく聞くようになった一方で、近年東京湾でひそかに大量発生している種があるという。
それが「イボキサゴ」という巻貝の一種だ。
縄文時代の貝塚で最も多くみられる小さな巻貝で、日本最大級の貝塚である加曽利貝塚(千葉県千葉市)でもアサリやハマグリなんかより、イボキサゴの層の方がはるかに厚く積もっている。それだけ縄文人が好んで食していたのだろう。「縄文グルメ」として、イボキサゴを使った料理を考案しているグループもある。
カラフルなイボキサゴをおはじきに
東京湾のアサリはカラフルで、鮮やかな水色の「木更津ブルー」なんて呼ばれる柄もあるくらいだが、このイボキサゴも負けてはいない。バリエーション豊かなカラフルな色彩に、「自然にこんな模様が?」と思えるようなものまである。
実はこのイボキサゴの貝殻が、江戸時代にはおはじきの原型になったと言われているのだ。明治時代後半にガラス製のおはじきが登場するまで、主に女の子たちに人気の遊びだった。
“細螺(きさご)弾き”は石弾きになかった遊びが加わり、江戸時代中期頃より子供の遊びとなり、いつしか“細螺(きさご)弾き”の遊びを「きさご」さらに訛って「きしゃご」と呼ぶようになった。とくに女の子にこの遊びは好まれ伝承されてきた。
イボキサゴ採取会にて
2023年7月上旬、イボキサゴ採取会なるイベントに参加した。木更津金田の潮干狩り場から、ずっと沖に進んだ干潟の先端近くに、このイボキサゴが大量発生しているのだ。

干潮の干潟を、コアマモやアマモをかき分けながら歩く。アマモのかげにかくれる、タツノオトシゴやヨウジウオなどの珍しい生き物も見つけた。

20~30分ほど歩いた先に、一面のイボキサゴスポットがある。金ざるで砂の中をひとすくいするだけで、大量の生きたイボキサゴが採れる。ものの10分で1.5kgほど収穫できた。※



喜んでばかりもいられない。イボキサゴの死んだ貝殻には、そのうちヤドカリが住みつき、やがて海苔をも食い荒らす厄介者となるのだと、地元のある漁師は言う。いなくなって絶滅したら困るが、いすぎても困るのだ。
海苔の不作の小さな原因の1つになっているかもしれないこのイボキサゴを、自宅でおいしくいただいた。

イボキサゴは小さいから、むくときにちぎれて貝殻の中に身が残ってしまうことが多い。しばらく庭の畑に埋めて、微生物の力を借りてきれいにしてもらおうと思う。きっと土にも栄養補給されるから、一石二鳥。江戸時代の子どもたちがどんな風に遊んでいたのか想像すると、掘り起こすのが今から楽しみだ。
※アサリなどと違い、イボキサゴには漁業権は設定されていない(2023年現在)。