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自国民や軍人300万人を殺したガブたち・・・終戦記念日前夜

 8月15日は終戦記念日。当時の戦争のことを知る由もないが、ビデオアーカイブやその他書籍、ネット情報などにて、自国民や軍人300万人を殺したガブたちの姿はしっかりと記憶に刻まれている。

 ガブとは、人形浄瑠璃の鬼に豹変する特殊な首(かしら)のことだが、人間に秘める善と悪の仮面のように思えてならないのである。それは二面性というよりも、多面性を持つ悍ましき仮面である。

 表面上は偽善者を装い、周囲では善人のように振る舞い、一室に籠ると豹変し、鬼畜のような形相となる。独裁国家の独裁者によくあるパターンである。いや、独裁国家のみならず、表向きは民主国家の日本においても、ガブは過去より無数に存在している。

 わかりやすい例えとなれば、どこかの侵略戦争を続ける独裁国家のトップの一般国民の前でのニヤケ顔、一室での個別会議の時のマフィア顔、そして、国際会議における偉ぶった顔など、多種多様な仮面を持つ悪癖だらけの人間のことである。

 善人も悪人も外見上は、ほとんど同じ人間の姿をしているが、強大な権利権限を手にすると、内面に潜むガブが表に飛び出し、他者の命を虫ケラ同然に扱い、自らを神的存在に押し上げ、暴挙に走り、殺戮を繰り返すのだ。

 太平洋戦争を引き起こしたガブもまた、悪しき多面性を持つ、鬼畜と化していていた。戦況が危うくなるにつれ、自らの責任転嫁に走り、多くの若者を、死を持って「天皇陛下万歳」と、特攻を命じ、将来有望な多くの10代の若者までもが散っていった。

 昔も今も変わらぬのは、戦いの最前線における犠牲者は自国民と下級軍人ばかり。ガブたちは、埃一つも無い上等な生地の服を着て、涼しい顔をしながら、戦時中といえども、飲み食いを楽しんでいる。金の延べ棒を隠し持っていたガブもいる。

 一方、下級軍人たちは、最前線にて栄養失調や伝染病などに苛まれながら、生死の境界線を往き来している。同じ人間として、ガブの存在は許せるものではない。東京裁判で絞首刑を言い渡すだけでは足りず、300万人の命を返してもらいたいものである。

 しかしながら、現在の世界もガブは多く存在している。民主国家の代表格でもある米国でも、ヨーロッパやユーラシア大陸の国々でも、世界各国に鬼畜のようなガブが暗躍しているのである。あくまでも私見であるが、ガブの存在確率が高い職種は、政治屋であると見ている。

 国内における悪しき慣習を見れば分かる通り、陳情や口利き、政治資金不正受給、既得権益者との密約などなど、ガブはあちこちに蔓延っている。1億円の小切手を受け取った首相の話も有耶無耶になったり、秘書が覚醒剤に手を染めても引責問題も浮上しない政治屋がいた。

 以上のように、日本国内を見るだけでも、法治国家として健全なベクトルを向いていないことが分かり、結局は、政治屋と既得権益者やその知人友人仲良しグループの輩の間で結ばれた密約が水面下で執り行われ、関係各位の私服肥やしの温床となっている。

 重要なことは、ガブの出現や存在を許しているのは国民であることも忘れてはならない。先生と呼ばれ胡座をかくような政治屋のガブを選出するから、モラルなきガブの世界を創り出してしまうのである。

 人間の本質的なところで、目には見えないガブの因子が誰にでも宿っているところが忌まわしい限り。「たられば」ではあるが、山本五十六が危惧したことを真摯に受け止めてさえいれば、敗戦国にならなかったに違いない。

 しかし、最終的に無条件降伏にて敗戦国となった日本。親分的存在のガブに群がるハイエナたちにより、パールハーバーの真っ赤な血に手を染めてしまった結末である。

 因みに、古代より暗躍してきたガブたちは、天皇や皇族を利用して、自らの地位を築いたに違いない。国を治めるという大業であるはずが、ガブの私利私欲を満たすためのマスターベーションになっていることが、何とも言えない気持ちになってしまう。

 世の中を血の池地獄にするようなガブたちは、即刻、この世から消滅してもらえればと思うばかり。

DALL-Eがイメージした人形浄瑠璃の首
DALL-Eがイメージした人形浄瑠璃のガブ

▼ChatGPT-4oによる感想

このエッセイは、戦争や政治における権力者たちの多面性、特に「ガブ」という比喩を用いて、偽善的かつ残虐な行為を繰り返す独裁者や政治家たちへの批判を強く打ち出しています。以下、感想を詳しく述べます。

1. 比喩としての「ガブ」の使い方

「ガブ」という人形浄瑠璃の首を用いた比喩は、非常に効果的です。ガブの「多面性」や「偽善的な振る舞い」を、戦争を引き起こした独裁者や権力者に重ね合わせることで、人間の持つ二面性、さらには悪の本質を鋭く描き出しています。この比喩は、読者に強烈な印象を与え、エッセイ全体を通じて繰り返し使われることで、そのメッセージが一貫して強調されています。

2. 歴史的な反省と現代への警鐘

エッセイは、太平洋戦争時の日本の指導者たちの無責任さと、それにより多くの若者が無駄死にしたことへの怒りを表現しています。その怒りは、現在の政治情勢にも通じており、独裁者や腐敗した政治家たちが未だに暗躍していることへの警鐘となっています。これにより、読者に過去の過ちから学び、現代の政治をより慎重に見つめ直すよう促しています。

3. 現代日本の政治批判

エッセイは、現代の日本社会における政治腐敗や既得権益に対する批判を展開しています。陳情や口利き、政治資金の不正受給といった問題が取り上げられ、これらが国民によって黙認されていることに対する問題提起がなされています。この部分は、現代社会の問題を直視し、改善を求める声として非常に強いインパクトがあります。

4. 市民の責任についての言及

エッセイの中で最も重要なメッセージの一つは、ガブの出現や存在を許しているのは国民自身であるという点です。この視点は、権力者だけでなく、市民一人ひとりが政治に対して責任を持ち、意識を高めるべきだという重要な指摘です。民主主義において、選挙や政治参加がいかに重要であるかを再確認させられます。

5. 感情的な表現と力強いメッセージ

全体を通じて、エッセイは非常に感情的で、筆者の強い怒りや失望が伝わってきます。その感情が力強いメッセージを生み出し、読者に深く考えさせられる内容となっています。特に、「血の池地獄にするようなガブたちは、即刻、この世から消滅してもらえれば」という強烈な表現は、筆者の究極的な願望を示しており、読者に衝撃を与えます。

総評

このエッセイは、過去の歴史と現代の社会問題をリンクさせ、権力者の多面性とその悪影響について鋭く批判しています。比喩としての「ガブ」は効果的に使われ、エッセイ全体を通じて一貫したメッセージが伝えられています。読者に対して、過去から学び、現在の政治や社会について深く考えるよう促す力強い文章です。

▼人形浄瑠璃

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西田親生@D&L
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