映画「ある男」感想
一言で、亡くなった家族が実は「別人」だった、その正体を探ったとき、そこには「衝撃の事実」が…。人は名前と中身どちらに囚われるのか、現代の社会問題を絡めた脚本と、俳優の演技に引き込まれました。そしてラストの主人公の「一言」、貴方はどう解釈しましたか?
評価「B」
※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。
本作の原作は、『日蝕』にて第120回芥川賞を受賞し、『マチネの終わりに』で映画化された、作家平野啓一郎氏による同名小説です。
また、監督を務めたのは、『愚行録』や『蜜蜂と遠雷』などで知られる石川慶氏で、脚本は『愚行録』・『マイ・バック・ページ』・『聖の青春』などを手掛けた向井康介氏です。
本作は、亡くなった人間が実は「別人」だったという衝撃の展開から始まります。その正体に迫る中で、そこにある人々の生き様を炙り出していく、ミステリーとサスペンス要素を含むヒューマンドラマです。
石川監督の作品は、国内のみならず、海外でも高い評価を受けており、本作も『愚行録』に続き、ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門に出品されています。また、釜山国際映画祭でも、クロージング作品として上映されました。
・主なあらすじ
宮崎にて実家の文房具屋で働く谷口里枝、彼女は離婚を経て息子と一緒に故郷に帰り、やがて「大祐」と再婚します。しかし、新たに生まれた子供と4人で幸せな家庭を築いていた最中、夫は不慮の事故で亡くなりました。
そして、里枝は一周忌の法要にて、長年彼と疎遠だった兄の恭一から、「遺影の写真は大祐ではない」という衝撃の事実を知らされます。
そこで、里枝はかつて自分が依頼した弁護士の城戸章良に、亡夫の身元調査を依頼しますが、DNA鑑定の結果、「貴女の夫は『谷口大祐』ではない」という事実を突きつけられ、途方に暮れます。
その後、城戸は「谷口大祐」を「ある男X」と呼び、真相を探ります。そんな中、「同姓同名の」谷口大祐の元恋人の後藤美涼と出会います。実は「谷口大祐は2人いた?」そんな疑いを胸に調査を進める中、過去に担当したとある「事件」との繋がりが見えますが…。
・主な登場人物
・城戸章良(演- 妻夫木聡)
本作の主人公。職業は弁護士。かつての依頼者である里枝より、亡夫の身元調査を引き受けます。また、実は在日韓国人でしたが、今は帰化しており、「日本人」となっています。
・谷口里枝(演- 安藤サクラ)
文房具屋勤務の女性。離婚して息子とともに実家に出戻りました。その後、「大祐」と3年の結婚生活を過ごしますが死別しました。その後、亡夫にまつわる「衝撃の事実」を知り、城戸に身元調査を依頼します。
・最初の「谷口大祐」(演- 窪田正孝)
里枝の夫で、林業従事者。ある日、仕事中の事故で帰らぬ人となります。しかし、一周忌後にひょんなことから「谷口大祐ではない」ことが判明し、大きな問題へと発展します。
・谷口恭一(演- 眞島秀和)
「大祐」の兄で伊香保温泉旅館の主人。とにかく自分の立場を鼻にかけていて、林業従事者を見下した無神経極まりない性格です。一周忌にて、遺影の写真が「弟ではない」ことを、里枝に伝えます。
・谷口悠人(演- 坂元愛登)
谷口家の長男で、前夫の子。大祐とは血の繋がりはありませんが、親子関係は良好でした。しかし、父の死を目の前で見てしまったショックと、複雑な家庭問題に翻弄され、辛い気持ちを母親にぶつけます。
・谷口花(演- 小野井奈々)
谷口家の長女で、里枝と「大祐」の子。兄の悠人とは9歳離れた年の差兄妹です。
・もう一人の「谷口大祐」(演- 仲野太賀)
「ある男X」と同姓同名の男。ある日、突然の行方をくらましたものの、元恋人の後藤美涼のもとに、上記のアカウント経由で連絡してきます。しかし、その「正体」は…?
・後藤美涼(演- 清野菜名)
もう一人の「谷口大祐」の元恋人でバー勤務。城戸の調査に協力するために、Facebookにて元彼の「成りすましアカウント」を作成し、お引き寄せようとします。
・小見浦憲男(演- 柄本明)
戸籍交換ブローカーで、刑務所で服役中の男。「谷口大祐」に関する鍵を握っているようですが…
・城戸香織(演- 真木よう子)
章良の妻。夫婦仲は冷えており、章良の「仕事へののめり込みぶり」を良く思いません。
・中北(演- 小籔千豊)
城戸の同僚。調査に助言をします。
・小菅(演- でんでん)
「ある男X」が所属したボクシングジムのオーナー。彼の才能を見出し、プロボクサーにしようと奮闘しますが…
1. 各々のテーマに既視感はあるものの、そこに現代の社会問題を交えて、新たな視点を授けている。
本作のテーマは、「家族」と「戸籍交換」と「成りすまし」です。一つ一つのテーマについては、既に他の作品で取り上げられているので新鮮な感じはありませんが、本作はそこに現代の社会問題を交えることで、新たな視点を授けています。
まず「家族」なら、血の繋がりと繋がりのない家族の話や親子の確執話として、是枝裕和監督作品を思い出します。※ただし、是枝監督と比較すると、メロドラマ要素は少ないです。
また、「戸籍交換」の話なら宮部みゆき氏の小説『火車』、亡くなった人の人生に迫る話は、映画『追憶』と似た部分はありました。
そして、「成りすまし」の話は、映画『クリーピー偽りの隣人』、『アヒルと鴨のコインロッカー』などを思い出します。
さらに、人間関係の僅かな綻びや制度の穴がやがて大きな問題に発展する、そこにSNSが絡んで現代の問題として取り上げられるのは、映画『英雄の証明』を彷彿とさせました。
このように、一つ一つのテーマは「既視感」はあるので、ある程度展開に予想はつきそうでしたが、実は「そうとも言い切れない」所が面白かったです。
一方で、最近の国際映画祭に行く映画って、是枝裕和監督を意識しているものが多いなとも思います。本作のみならず、『ドライブ・マイ・カー』、『マイスモールランド』、『LOVE LIFE』、『PLAN75』など。
2. 見せ方は地味ではあるが、その分脚本と演技で勝負している。
本作、予告の時点で謎の多そうな印象と俳優の演技が目に留まり、「これは面白くなりそう!」と思って鑑賞しました。
鑑賞後の印象を簡潔に述べると、かなり「地味な」映画ではあるものの、その分脚本と演技で淡々と勝負する作品でした。所謂、最近のヒット映画にありがちな、綺麗な映像や派手な演出はほぼ無いです。
一方で、劇伴については、「プラスな方向に行きそうな」シーンに何故か不安を煽るような重低音が挿入されるので、場面とのギャップを感じました。
例えば、「谷口大祐の秘密」が少しずつわかってくるシーン、里枝と息子が亡夫に思いを寄せるシーン、美涼と「あの人」が再会するシーンなどは、状況からは安堵するものの、何故かそこに「不安にさせるような演出」が挿入されるのが気になりました。
ここは、私達が見ているものは果たして「本物」なのか、それとも「偽物」なのか…?とにかく気持ちを掻き乱されました。
しかし、「重い」テーマではあるものの、辛いだけの作品ではないです。答えの出にくい話を現実に問いかけた点は、「良作」だと思いましたし、脚本と演技がしっかりしているので、最後まで見れる内容です。ただし、同時に色んな意味で「人を選ぶ」作品だとも思います。
特に、職業・特定の民族の方を差別するシーンがあること、また人の出自に触れてくる作品なので、もしかすると「傷つく」人もいるかもしれません。良い作品ですが、ここは要注意です。
ある意味、「映画祭向け映画」のようなので、好き嫌いはハッキリ分かれそうです。推理好きな方は惹かれるかもしれませんが、ハッキリとした結論を求める人には合わないかもしれません。後は、静かな場面が多いので、テンポが合わないと「寝落ち」する人はいるかもしれません。
3. 登場人物の名前が「コロコロ変わっていく」ので、展開を追うのに頭を使った。
本作では、里枝の夫だった「谷口大祐」が突然事故死したことで、「3人の謎の男性」が調査線上に浮かびます。
実は、「谷口大祐」・「曽根崎義彦」・「原誠」、実は彼らは、「戸籍交換」をしており、別人の名前に変わっていたのです。
そのため、一体誰が誰なのか、またいつの時期に「その人」だったのか、常に考えながら見ないと、理解が追いつかなかったです。途中で城戸による「説明」はあるものの、それと自己理解と照らし合わせる必要があるため、常に頭を使って観なければならない作品でした。(わかりやすい図解は、出典の『ある男』あらすじから結末までをネタバレ&相関図!夫の正体は?https://pikarine.net/33330.htmlをご覧ください。)
最も、本作のメインテーマである「戸籍交換」や「戸籍ロンダリング」ですが、日本には「戸籍制度」があるからこそ、これらの問題が起こるのですね。ここは、海外の方はどう評価するのか気になりました。
4. 人間を判断するのは、果たして「外側のラベル」なのか、それとも「中身」なのか?
本作のメインテーマとして、「成りすまし」がありますが、これは二つの意味で描かれます。
一つは「SNSでの成りすまし」です。作中にて、美涼はFacebookで元彼の偽のアカウントを作成し、彼に成りすまして正体を探ろうとしました。こういう事を思いつくのって、今どきだなぁと思います。
もう一つは、在日外国人の方が帰化して「日本人」として生きる意味に、「成りすまし」という言葉が使われています。※ここは、賛否両論あると思います。(最も、「背乗り」という言葉もありますよね。)
そして、この「成りすまし」という言葉は、「人間を判断するのは、果たして『外側のラベル』なのか、それとも『中身』なのか?」という問いに発展します。前者は、名前・戸籍・家族構成・経歴など、後者は性格・人の心の機微などを指すと考えられます。(ここ、城戸がワインのラベル詐欺に例えたのは秀逸でした。安物のワインに高いブランドワインのラベルを貼って販売する手法があるんだと。)
やがてその問いは、「犯罪者の『血』は遺伝するのか?」という内容にまで発展します。実は、里枝の夫だった「谷口大祐」の出生名は「小林誠」でした。しかし、父親の小林謙吉が○人事件を起こして逮捕されたことで、母親の旧姓である「原」を名乗ります。その後、「曽根崎義彦」→「谷口大祐」と名を変えて生活していました。
しかし本作に登場した二組の父子「小林謙吉と小林誠(原誠)」、「谷口大祐(原誠)と谷口悠人」は、前述した「二つの問い」を「否定」したと思います。確かに外側は「偽物」だったかもしれない、でもそれは「受け継がれるか」と言えば「そうではない」し、そこで過ごした日々や築かれた関係は「本物」だったんだということを示してくれました。
5. 登場人物の発言や行動は、良くも悪くも、かなり突き刺さる。
本作は、とにかく登場人物の発言や行動が、良くも悪くも、突き刺さりました。「実際の会話でこんなこと言うかな?」と思う点はありますが、一方でこの状況ならそう思ってしまうかもしれない、と思えるような共感性もありました。
・市役所の職員達による「谷口大祐」の噂。
「なんで旅館の御曹司がこんな田舎町に来たんだろうね~もしかして『前科持ち』かね?ハハハ〜(笑)。」
・谷口里枝がDNA鑑定の結果を受けて城戸に零した一言
「私は一体、誰の人生と一緒に歩んできたんでしょうね…。」
・谷口悠人
「お母さん、僕は誰と暮らしてきたの?どこの家の子なの?何度名字が変わるの?」
・城戸の義両親
「日本は税金の使い方がおかしいよな。こんな奴ら(在日外国人)に税金を使うなよ!あ、でも章良くんは別だからね。私達も韓国ドラマは好きだから〜(笑)」
・城戸と小見浦の刑務所での面会の会話。
「城戸さん、貴方どうして私が『小見浦』だと思っているんですか…?貴方が見ているものは、『本物』なんですかね…?イヒヒ(笑)」
これらの発言は怖くもあり、また傷つく点もあると思いますが、妙に生々しくて、「リアル」なので、鑑賞後も心に残りました。
6. 人間の心の中の描き方がエグいけど、その先に見出したいものがある。
前述より、本作は、人間の心の中の描き方がエグいです。それだけ俳優の演技はとても良いのです。しかし、それ故に、傷つくのも、不快になるのも、わかります。果たして、視聴者は、登場人物達の視点を「理解」できているんだろうか、常に問いかけられました。ただ、「その先に見出したいものがあるのではないか」と思えたので、最後まで見ることができました。
・城戸の「二面性」
弁護士という、仕事での正義の仮面と、心の黒い部分のギャップが凄かったです。
表面上は紳士的でも、目つきや仕草にどこか「モラハラ臭」が漂っており、相手の煽りに怒りが溜まって激昂する、ファイルで机を叩く、物に当たるような怒りの表現が不快感を募らせました。
また、「自分の出自」に引っかかる点があるせいか、自宅のTVのヘイトスピーチのニュースに過敏に反応します。
その時、息子が中身が入ったグラスを倒してしまい、書類が濡れたことを怒鳴って息子を泣かせたシーンは、様々な方面から積もり積もった怒りが爆発したようで、背筋が凍りました。(それだけ妻夫木さんが上手なのですが。)
・「谷口大祐」の一周忌の恭一の態度
明らかに林業を見下した発言をしましたので、一部の参列者や(おそらく谷口大祐の同僚)、悠人が睨んでいたのが刺さりました。
・詐欺師囚人、小見浦の気持ち悪さ
小見浦、柄本明さんの怪演で、終始怖くて気持ち悪かったです。(これも褒め言葉です。)終始人の話を聞かないヤバい男でした。「貝殻ビキニの絵葉書」には笑いましたが、再面会時の城戸の「裏側」を見抜くような発言には寒気がしました。本当に、詐欺師は「人を見る目はある」のでしょう。
そういえば、柄本明さんと安藤サクラさんは身内ですね。柄本明さんの息子さんの柄本佑さんと安藤サクラさんは夫婦なので。
・谷口悠人役の坂元愛登さんの演技力
映画初出演とは思えない堂々としたものでした。
彼は、一緒に暮らしていた父の死と正体不明の父を受け入れられず、その気持ちを母親にぶつけます。父の死後、家では唯一の男性となったせいか、他の家族とはどこか距離を取っていて、祖母・母・妹の写真に映らない姿がリアルでした。思春期ゆえの恥ずかしさだけではない、複雑な心の機微が良く表現されていたと思います。
だから、ラストの「悠人、お父さんのこと好きだったよね」と、親子で寄り添って泣く場面は、最も印象に残りました。
そして、歳の離れた妹への思いも良かったです。彼は、母親に「妹のパパについては、大きくなったら僕が伝えるよ」と言いました。妹は戸籍上では「非嫡出子」になります。そこをどう伝えていくかは、身内だからこそ難しいのでしょう。
・谷口花ちゃん
谷口家の末子で悠人とは父違いです。葬式の時はまだ3歳だからか、父親の死を理解できなかったように思います。一周忌で、木魚の音に合わせて頭を動かしてたのを見ると、切なかったです。
・「3人格」を演じた窪田正孝さんの凄さ
彼は、「谷口大祐」・「小林謙吉」・「原誠」の3人格を演じました。(「曽根崎義彦」を入れれば4役ですが、この人格でのお芝居はなし。)特に、大人しいけど、どこか暗い影のある「谷口大祐」、○人犯の血みどろの姿と恐ろしい目つきの「小林謙吉」、犯罪者の息子として苦しむ「原誠」、それぞの役のギャップが凄かったです。
とりわけ、「原誠」時のパニック発作は見てて辛かったです。体の震えと呼吸の乱れ、嘔吐の動作(中身は出てない)を見ていると、こちらまで胸が締付けられそうになりました。
そして、父親の死刑執行から、遺体・遺品受け取りを拒否したものの、心の中がグチャグチャになって真夜中自転車で爆走するシーンには言葉を失いました。(ここのシーンは、誠と悠人が重なりました。父親の死刑を知った誠と、父親の事故死を知った悠人が。)
彼はボクシングジムに入所して、プロボクサーまで上り詰めますが、そのきっかけはとんでもないものでした。
誠 : 「僕がボクシングを始めたのは、自分で自分を傷つけたかったからです。」
ジムのオーナーの小菅 :「俺たちジムの仲間がお前の家族じゃないか。喉から手が出るほど、プロになりたがる奴は沢山いるのに、お前は何を言ってるんだ。」
彼は、「谷口大祐」や「曽根崎義彦」と同じく、戸籍を変え、それまでの半生を捨ててでも、何とかして第二の人生を生きようと、藻掻く人でした。
やがて、彼は人生に絶望して、ビルから転落し、(おそらく自○未遂)プロボクサー生命が絶たれてしまいます。
しかし、その後「谷口大祐」として過ごした3年間の結婚生活はかけがえのない日々だったのでしょう。里枝も悠人も花も義母も、ラベルではない、中身を見てくれた家族でした。だから、生きていてほしかったです。
・小籔さんの緩い演技が作品にスパイスを与えている。
小籔千豊さん演じる中北の緩くて、城戸のツッコミ役になる演技は癖になりました。これが張り詰めた作品の空気を溶かしていました。
7. 絵画が物語を読み解く重要な鍵になる。
本作は、絵画が物語を読み解く重要な鍵になっています。そのため、芸術系作品っぽさもありました。
・ルネ・マグリットの『複製禁止』の意味は?
冒頭とラストで登場した、バーに飾ってあった絵画です。鏡の前に一人の男性が立っていて、その鏡に映っている姿は、何故かその男性の「後ろ姿」です。本来鏡に映るはずの男の正面の顔が見えないので、一瞬「あれ?」と目を疑います。
ルネ・マグリットは、シュールレアリスムを代表する画家で、その作風は現実離れした摩訶不思議なものです。
彼の作品には「不在の表象」といったある種、哲学的なテーマが採り上げられたりします。これは、「そこにないものをむしろ浮き彫りにする」という意味があります。
『複製禁止』の場合は、鏡に映るはずの「正面像」つまり「顔」がそこに描かれていないことが、むしろその存在を気にかけさせるのです。つまり、「目の前の人間は果たして『本物』なのか、それとも『偽物』なのかわからない」という疑念をもたらしています。
もしかすると、この絵画が示したものは「谷口大祐」であり、また「城戸章良」なのかもしれません。
・死刑囚の絵
死刑囚の絵画展覧会にて、城戸はとある死刑囚の絵画に目が留まります。
それは小林謙吉の絵でした。しかし、肖像画なのに、「目が描かれない絵」という不思議で、どこか不気味な印象を与えるものでした。
そして息子の誠のスケッチブックにあった絵も同じく、「目が描かれていない」のです。
展覧会の解説者こう語ります、「彼らの作品は、『罪から逃げたいのではなく、罪を自覚した人間達の叫び』なのだ」と。ここは推測の域を出ませんが、小林謙吉は現場で家族や世間の目に晒されたからこそ、「目が描けなくなった」のかなと。そして、原誠は、目を見ると忌まわしい父親を思い出すから、「目を描けない」のかなと思います。実際、彼は鏡に映る顔を見るとパニック発作を起こしていました。(「父と息子が同じ絵を描いている」というのは「出来すぎた設定」かもしれませんが、まぁヒントとしてはアリでしょう。)
それにしても、彼が鏡を見てパニック発作を起こしたとき、怖がって固まってしまい、何もできなかった元彼女と、頭を撫でて声をかけて落ち着かせた里枝との対比は良かったです。
8. 視点の切り替え方としては、微妙な点もある。
一方で、視点の切り替え方としては、微妙な点もあるなぁと思いました。前半は里枝、中盤は城戸(途中原誠とジムのオーナー)で切り替わりますが、そこまで効果的ではなかった気がします。
個人的には、里枝からの視点一本で行ったほうが良かったかなと思います。主役と視聴者の視点を同じ方向に向けて、わからないことを解き明かしていく方がミステリー感やサスペンス感は増したのではないかと思いました。中盤の城戸や、原誠の若い頃のエピソードがやや長くて(勿論、必要なエピソードなんですが)、戸籍交換がどうなったのか、また今里枝はどうしているのか気になりました。
また、原誠のエピソードの重さと比べて、曽根崎義彦(「本物の」谷口大祐)のエピソードが軽いとも思います。死刑囚の息子については、結構掘り下げられているのに、名家での家族の確執については、そこまで掘り下げがなかったので。そのため、曽根崎義彦がどんな人か今一掴みづらかったです。※勿論、人様が抱える問題を勝手にジャッジするのはおかしいのは百も承知です。
ただ、これらが作品のレベルを落とすほどでもないと思います。
9. ラスト5分での「ドンデン返し」は様々な憶測を呼ぶ。
ラストの5分、バーで城戸が客と「会話」するのですが、実はここが本作の肝になっていると思います。客は彼に聞きます、「それで貴方の名前は?」。しかし、城戸の答えは意図的に「カット」されており、そこは敢えて視聴者に想像させる造りになっています。
ここで、城戸が「谷口大祐」の人生を語ることで、まさか「その展開(城戸=谷口)はないよね?」と視聴者の関心を惹きつけているのです。そして、ここからは、2つの説が考えられます。
・あの時点で、「城戸章良」は「谷口大祐」になっていた。
彼の家庭は既に冷え切っており、仮面夫婦状態でした。加えて、義両親から自覚なく傷つけられることや、妻の不倫が発覚したことで、終盤の表情には「糸が切れた」様子が見て取れました。それなら、離婚して新たに戸籍交換をし、「谷口大祐」の名を得たのか?と考えたくなります。
妻にも指摘されていましたが、たかが一人間の人探しの仕事を家まで持ち込むほどの、異常なのめり込みぶりも謎です。勿論、自分の出自がそういう気持ちを掻き立てたのかもしれませんが。
※最も、原作では谷口と曽根崎の他に、三つ巴で戸籍を交換した「3人目」が登場するようなのですが、本映画ではその人物の存在はカットされているので、「この線」もアリなのかもしれません。
・あれはただの「成りすまし」発言にすぎない。
城戸は、離婚も戸籍交換もしておらず、バーだけ、あの場だけで「谷口大祐」になりきっていたのではないか?という推測です。
確かに、離婚して戸籍も変えてしまえば、今の環境からは「離れられる」かもしれません。これまで仕事で関わってきた「名を変えた」人々を見ていたら、そういう気持ちにさせられるのもわからなくはないです。
一方で、弁護士として戸籍交換によって起こる問題を知っている以上、そこまでやるかなぁ?という疑問も湧きます。
これらの説、皆様はどう思われますか?※勿論、ミスリードの可能性も十分にあります。
そういえば美涼、城戸とはFacebookの友達になっていましたが、恐らく「こちらの線」は無さそうです。
いやーこれミステリーやサスペンスだと思ってたらホラーでしたね。「ある男X」って「もしかして貴方…?」と考えてしまいました。作品を見終わっても、グルグル頭で考え続けてしまう、それだけ印象に残った作品なのかもしれないです。
一般的には、鑑賞後に「笑った!」・「泣いた!」・「感動した!」というように、わかりやすく喜怒哀楽の感想が出るような作品が好まれるのかもしれません。一方で、そこまでハッキリとした感情は出なくても、しみじみ・ジワジワと湧き上がってくる、また思いを巡らすような作品も面白いと思います。
最も、面白い作品って、案外と地味なのかもしれません。『英雄の証明』もそうでしたが。
出典:
・映画「ある男」公式サイトhttps://movies.shochiku.co.jp/a-man/
※ヘッダーは公式サイトから引用。
・映画「ある男」公式パンフレット
・映画『ある男』ネタバレ感想・考察:ラストの本当の意味,夫の正体!ワインのラベル解釈
・『ある男』あらすじから結末までをネタバレ&相関図!夫の正体は?
・『複製禁止』画家ルネ・マグリットhttps://www.musey.net/1947
・目に見えないから逆に強調されるもの。マグリットの世界https://www.life1.co.jp/ticketpress/magritte/