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映画「ワース命の値段」感想
一言で、9.11の裏で起きたアメリカ政府と遺族による補償金プログラム設立と施行をつづった社会派ドラマです。人の命に価値の差はつけられるのか、勝者のいない戦いの行く末は、作風は地味だけど考えさせられる良作でした。
評価「B-」☆☆☆+
※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。
「あなたの命はいくらですか?」
本作は、サラ・コランジェロ監督による、2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ事件「通称"9.11"」の裏で起きていたアメリカ政府と遺族による被害者とその遺族に補償金を分配するという国家事業に取り組んだ社会派ドラマです。
ケン・ファインバーグ氏を始めとする弁護士チームの、2年間に渡る不可能を可能とした驚くべき軌跡を描いています。
・主なあらすじ
2001年9月11日、アメリカのニューヨークとワシントンD.C.近くのバージニア州にある国防総省にて、同時多発テロ事件、通称"9.11"が発生しました。
未曾有の大惨事の中、弁護士ケン・ファインバーグは、「約7,000人ものテロ被害者とその遺族に補償金を分配するという国家事業」に取り組みます。しかし、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。政府や経済界が求める合理的なルール、多様なヒューマニズム、色んな要素が複雑に絡んだ状況に悪戦苦闘した末に、彼らが出した結論とは…。
・主な登場人物
・ケン(ケネス)・ファインバーグ(演: マイケル・キートン)
首都ワシントンD.C.に事務所を構える敏腕弁護士で、大学教授。9.11の補償金プログラムに取り組みます。
・チャールズ・ウルフ(演: スタンリー・トゥッチ)
ファインバーグが開催した補償金プログラム説明会の出席者。9.11で妻を亡くしました。彼の方針に反対の意を示し、プログラムの修正を求めるサイトを立ち上げます。
・カミール・バイロス(演: エイミー・ライアン)
ファインバーグの事務所の共同パートナー。
・プリヤ・クンディ(演: シュノリ・ラーマナータン)
ファインバーグの元教え子で事務所の新人。
1. 脚本と俳優の演技でしっかりと勝負した骨太の良作である。
本作は、前述より9.11の被害者が永久補償を勝ち取る話です。
作風としては、地味だけど良作でした。アクションや恋愛など人を惹きつけやすい要素はほぼないものの、ストーリーが骨太で構成に無駄がなく、脚本と俳優の演技でしっかりと勝負していました。
一方で、映画の見せ方としては、本作と似たようなカテゴリーの社会派ドラマの『シーセッド』と比較すると、『シーセッド』の方がテンポが良かったと思います。後は、『シーセッド』は女性コンビなので華はあるかな。本作は、中年男性が主人公なのと、如何せん絵面が地味なので、少し眠くなるところもありました。それでも、テーマが一貫してたので、きちんと最後まで見れました。
2. 9.11当時の様子が怖かった。
本作では9.11当時の様子が描かれますが、とても怖かったです。この当時、自分は小学生だったので、記憶は大分薄れてしまっていました。それでも、やはりテロを目の当たりにすると怖かったです。
その日電車に乗っていたファインバーグ、突然大きな音が鳴り、地面が揺れ、乗客が外を見て騒ぎます。しかし、彼はイヤホンをしていてすぐには気づきませんでした。(ソニーのウォークマン、時代を感じます。)
ようやく気づいたとき、彼は口を開けたまま固まってしまいました。人間、すごく衝撃的な事が起きると、感情が吹っ飛んで思考が停止してしまうのです。
その後、炎や粉塵の中を駆け回る人々や泣き叫ぶ人々の映像が流れたり、壁に幾千もの写真が貼られてたり、(しかも同じものが何枚も)沢山の花が献花されていたり、とても辛いシーンが何度か続きました。どんな理由があっても、突然命が奪われることはあってはならないです。
3. 「勝者のいない戦い」に取り組む難しさがヒシヒシと伝わってきた。
プログラム設立時にファインバーグに課せられたのは「遺族の80%を説得し、サインさせること」でした。さもなければ集団訴訟を起こされ、航空会社が倒産し、甚大な経済的ダメージを受けることになります。しかも、期限は2003年12月22日までのたった2年間という短期間でやらなければいけませんでした。
最初は独自の計算式に基づいて補償金額を算出しようとしたファインバーグですが、出席者からは猛反発を喰らいます。「人の命を何だと思ってるんだ!」、「ゲームのつもりか?」などと。特にウルフは彼の方針に反対の意を示し、プログラムの修正を求めるサイトを立ち上げる程でした。
その後チームメンバーは手分けして個別相談を開始しますが、さらなる難題に直面します。
・被害者の学歴が大卒か高卒か、それによって金額が違うのはどうなのか?
・被害者は飛行機の搭乗者ではなく、ビルでの労働者や、消防士や医師や救命士もいる。職業によって差をつけていいのか?
・夫を9.11で亡くし、闘病中の妻への補償は手厚くすべきなのか?
・被害者の配偶者や子供だけでなく、愛人やその子供は?
・シビル婚を控えていたゲイカップルは?
などなど、法律や制度では割り切れない部分が沢山出てきて、どんどんドロドロになっていきました。お金って本当に人間性が出るものだと思いました。
本来、人の命に価値の差をつけるのは「おかしい」といえばそうです。しかし、ここでは「形」にせざるを得なかったのです。その手段が「お金」だった。悲しいけれど、その人は戻ってこないのだから。
本作は、本当に裁判大国アメリカらしい作品ではあります。しかしこのプログラムは「提訴をさせない」ことがモットーでした。当に「勝者のいない戦い」に「勝つ/終わらせる」ことが如何に大変なのか、その苦労がヒシヒシと伝わってきました。
4. 大事なのは、計算式よりも人の心。
本作では、主人公ファインバーグの変化が丁寧に描かれます。
物語の序盤と中盤までは、「計算マシン」な上から目線の性格が目立っていました。
最初の大学の授業の模擬裁判でも、「人生はいくらに換算できるか?(略)数字を出すことが私の仕事だ。」などと学生に伝えます。この辺の感覚は、法律の勉強をしている人ならわかるかもしれません。
9.11後のプログラムでも、計算式の適用にこだわり、「私情は禁物、ルールと期限を厳守する」姿勢を変えません。
そのせいで、2002年12月の時点でも、プログラムの参加者は12%に留まってしまいます。一方で、プログラム反対派のウルフの活動は幅広い支持を集めていました。
一度ファインバーグはウルフと会うものの、その議論は平行線を辿ったままでした。その時、ウルフは「私達は人間として扱われたい」との言葉を残します。
そして、2003年になっても参加率は一向に上がりませんでした。政府や経済界が求める合理的なルール、多様なヒューマニズム、色んな要素が複雑に絡んでいる状況下で、ファインバーグはさらなるプレッシャーに晒され、いっそう厳しい立場に追い込まれていきます。
そんなある日、彼は9.11の犠牲者を悼むコンサート会場にて、ウルフと再会し、苦しい胸の内を打ち明けます。「確かにこの基金は完璧ではない、しかし救えない人々をどうしたらいいのか、もう手詰まりだ。」と。それを聞いたウルフはこう言います。「プログラムを変えられる点はある、それを探すんだ。」と。ファインバーグが理論派ならウルフは心情派だと思います。
その後、ファインバーグは深夜の事務所で一人自問自答し、翌日出勤してきたチームメンバーに重大な決断を伝えます。「被害者一人一人の話を聞きましょう。必要なら私達から会いに行きます。」と。頑として例外を認めなかったファインバーグが、ルールを撤回して対象者一人一人の事情を尊重する、合理的な計算式よりも、人の心にどれだけ寄り添えるかが大事だと気づいたのです。
相手に感情移入しすぎて、冷静に対処できない状況は避けたい、でも相手に寄り添う気持ちがなければ先へ進まない、いずれも両者のバランスを取るのが難しい、これはこのプログラムだけでなくても、人間の問題として普遍的にあることですね。
ちなみに、被害者補償金は2003年末、申請の期限を迎えたために、その後幾度も「更新」されていきました。そして、2019年に2090年までという実質的な「永久補償」相当までに延長されました。
5. 「救えなかった」人もいたのがリアルだった。
ファインバーグ達は本当に尽力しました。それでも、「救えなかった」人もいたのです。
ゲイカップルについては、アメリカは州で法律が違うし、家族の同意がないと前に進めない。だから、貴方方には補償金は渡せないと。ここはとても辛いシーンでした。いくら心に寄り添うと言っても、超えられなかった壁があったのだから。2020年代は、どうだろう?また違うのでしょうか?
6. 日本ならどう考えるか?
こういう国からの補償問題について、日本なら地震や災害や薬害でしょうか。航空機事故や列車事故もあったけれども。その時はどうだったのだろうか、調べてみたいと思いました。本作を観たことで、「当事者意識」を持つきっかけになったかもしれません。
最後に、本作は本当に考えさせられる作品でした。元々社会派作品は、興行的には成功しづらいジャンルだとは思います。大感動や大号泣する作品でもないです。しかし、地道で確実なものが大きな意味を持つことがあることを教えてくれたとも思います。
出典
・公式サイト
https://longride.jp/worth/
※ヘッダーは公式サイトから引用。
・公式パンフレット