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映画「かがみの孤城」感想

 一言で、思春期の子供や親、教育者に一度は見てほしい作品です。辻村氏の繊細な表現は巧く、作画・脚本など各要素のバランスは良いので、広く好かれる作品です。ただアニメ映画としては「後一押し」欲しかったです。

評価「B-」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。
 尚、本作では一部「いじめ」や「暴力」などの過激表現を含むこと、また説明のために、他の作品を「引用」させていただきますが、そこに差別や優劣の差をつける意図はございません。

 本作は、直木賞受賞作家、辻村深月氏の同名小説の映画化です。
 辻村氏は、『冷たい校舎の時は止まる』(2004年)で作家デビューされ、『鍵のない夢を見る』(2012年)で直木賞を受賞されました。
 また、ドラマや映画、アニメなどのメディアミックスも多く、『ツナグ』・『劇場版ドラえもん のび太の月面探査記』・『朝が来る』・『ハケンアニメ!』などのヒット作も生み出しています。
 透明感のある文体と、繊細な心理描写に定評があり、青少年から大人まで、老若男女に広く受ける作風が特徴的です。

 本映画の原作小説は、2017年5月よりポプラ社から刊行されました。累計発行部数は160万部を突破しており、2018年には本屋大賞を受賞されました。ちなみに、本屋大賞では651.0点(恐らく歴代最高点)をマークしています。他にも、「このミステリーがすごい!」や「ダ・ヴィンチBOOK OF THE YEAR 2021」など9冠を獲得したベストセラー小説です。

 現実で重い問題に直面する中学生が、ひょんなことからファンタジー&ミステリーの世界に「招待」され、色んな人と関わりながら成長していくヒューマンドラマが青少年を中心にヒットし、オーディオブック化・コミカライズ・舞台化もされました。

 そして今回、日本アニメの有名クリエイターである「原恵一監督」によって、スタジオは「A-1 Pictures」で、満を持してアニメ映画化されました。
 原監督の有名作品には、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』・『河童のクゥと夏休み』・『カラフル』などがあり、アニメ好きな人なら、一度は耳にしたことがあるタイトルが多いと思います。

 本作は、その内容の良さから、口コミ効果によってジワジワと興行収入が上がっており、今年の第46回日本アカデミー賞優秀アニメーション賞にも選出されました。広く好かれる内容なこと、また審査員に「受けやすい」感じもあるので、十分に最優秀賞を狙える圏内にいそうです。(ただ、競合作がどれもかなり強いのが気になりますが。)

・主なあらすじ

 女子中学生の安西こころ、彼女は中学入学後に同級生から受けたいじめが原因で不登校が続いていました。
 学校には行けないけど、フリースクールに行くのも抵抗がある…それ故に部屋に引き籠る生活を続けていました。
 しかし、5月のある日、自室の鏡が光り、その向こうには何と「城」が。
 そこには、何故か「オオカミの仮面」を被った少女と、自分と似た境遇を持つ中学生6人が。彼女曰く、「この鏡の世界で『鍵』を見つけることができれば願いが何でも叶う、ただしそれが出来るのは一人だけ」とのこと。
 皆が徐々に打ち解けるうちに、色んな事がわかってきますが、一方で「謎」も生じてくるのでした。

・主な登場人物

・こころ / 安西 こころ(声 - 當真あみ)
 物語の主人公。中学1年生。おとなしく内気な性格でこれといった取り柄がなく、自分に自信が持てないでいました。物語序盤はいじめにあったこともあり、物事をネガティブに考えてしまい、悩むことも多かったですが、城のメンバーとの交流を経て徐々に変わっていきます。

・アキ / 井上 晶子(声 - 吉柳咲良)
 中学3年生。明るく、快活そうで、背が高いです。性格は気が強く、思ったことは遠慮なく口にするため、彼女の発言がもとで険悪ムードになることもあります。
 しかし、メンバーのお姉さん的な存在で初対面のこころに真っ先に話しかけ、こころとフウカをお茶に誘い、紅茶とかわいいナプキンを用意するなど、女子らしい気遣いもできる一面もあります。

・スバル / 長久 昴(声- 板垣李光人)
 中学3年生。背が高く、色白でそばかす顔。紳士的で優しい反面、物語中盤で髪を金髪にし、皆を驚かせます。マサムネと仲が良く、彼が持ち込んだゲームでよく一緒に遊んでいました。

・マサムネ / 政宗 青澄(声 - 高山みなみ)
 中学2年生。生意気で理屈っぽい性格で口が悪く、よく他人と衝突しています。根っからのゲームオタクで愛着心が人一倍強いです。ちなみに、下の名前の読み方は「アース」。

・フウカ / 長谷川 風歌(声 - 横溝菜帆)
 中学2年生。眼鏡が特徴的。ピアノが上手ですが、コンクールでは良い結果を残せず、伸び悩んでいました。

・リオン / 水守 理音(声- 北村匠海 / 矢島晶子〈少年時代〉)
 中学1年生。イケメンで色黒なサッカー少年。明るく気さくな性格で、一癖ある城のメンバーにも平等に話しかけるため、皆からはここにいることを不思議に思われています。
 実は、ハワイ留学中のため、城には夕方からやってきます。本人は日本の公立中学へ行きたかったため、日本人である城のメンバーと過ごす時間を大切に思っています。
 後半、「とある真実」に気づくキーパーソンとなります。

・ウレシノ / 嬉野 遥(声 - 梶裕貴)
 中学1年生。体格は小太りの少年で、食べることが好き。恋愛気質で惚れっぽく、城の女子3人に告白しますが見事に振られ、女子陣には呆れられ、男子からもからかわれます。少しずれた発言が多いため、からかわれたりバカにされたりすることが多く、本人は内心傷ついています。

・オオカミさま(声 - 芦田愛菜)
 城の「案内人」。見た目は狼の仮面をつけた少女で赤いドレスを着ています。
 序盤で逃げ出そうとしたこころを引っ張ったり、他の子達にも説教したり、やや「上から目線」とも受け取れるの態度のせいか、最初は好印象を持ちづらい存在でした。
 しかし、呼べばすぐに現れ、また呼んでもないのに突然現れたり、意味深な発言でメンバーを翻弄したり、「とにかく不思議」な存在として、皆の心に爪痕を残していきます。

・こころの母(声 - 麻生久美子)
 突然不登校になった娘の本心が分からず悩んでいましたが、徐々に温かく寄り添うようになります。


・喜多嶋先生(声 - 宮﨑あおい)
 こころを優しく見守るフリースクールの先生。いちご味の紅茶を好み、こころにもプレゼントします。

・伊田先生(声 - 藤森慎吾)
 こころの担任教師。一見すればお調子者で明るいですが、実は「事なかれ主義でええ格好しい」タイプです。

・養護教諭(声 - 滝沢カレン)
 こころが保健室登校をしたときにいた教諭。

・東条 萌(声 - 池端杏慈)
 こころの友人で隣に住んでいます。不登校のこころの家に宿題を届けます。とある理由から、暫くはこころとギクシャクしますが…

・ミオ / 水守実生(声 - 美山加恋)
 リオンの姉。幼くして入院していましたが…

・真田 美織(声 - 吉村文香)

 こころのクラスのいじめっ子。こころをターゲットにして嘘告白を仕掛けたり、取り巻きと家に押しかけたり、とにかく常軌を逸した行動を取ります。

 キャスティングは、最近のアニメにありがちな、声優が本職ではない芸能人と本職声優を混ぜた感じでした。
 特に、高山みなみさん・矢島晶子さんのキャスティングはファンサービスでしょうか。本作は日テレ系作品なので、高山さんはわかります(笑)。
 また、矢島さんは原恵一監督作品のご常連です。ちなみに、もし今もご存命なら、藤原啓治さんも出ていたかもしれません…御声が聴けなくて寂しいです。

1. 良い作品だし、公開時期の中では健闘している。

 本作の感想を端的に述べると、「良い作品」だと思います。元々、有名文学のため知名度は高かったですが、映画は辻村氏の繊細な表現を出来る限り再現しようとしていました。そのため、青少年のみならず、広い世代に響いており、ヒットするのも納得でした。
 一方で、個人的には「手放しで大絶賛」という訳ではなく、「今一つだと感じた点」もありました。思っていたよりも、両者が分かれた感じです。(ここは後述します。)

 大手レビューサイトの評価は、5段階中3.9から4.3ととても高いですが、皆がその評価に当てはまるかは微妙ですね。賛の人が多いと思いますが、一方で、意外と好みは分かれそうな感じもします。まぁ、「過度な期待をしすぎなければ」、良い作品かもしれません。一度は観て損はないですね。
 ちなみに、前作の『バースデー・ワンダーランド』よりは断然面白いです。

 本作と同じタイミングで、『すずめの戸締まり』と『THE FIRST SLAM DUNK』が公開されていますが、その中では健闘していると思います。
 そういえば、この売れ方、2016年時を思い出します、前者は『君の名は。』的な爆発的な売れ方、後者は『聲の形』と『この世界の片隅に』のように、口コミにより、ジワジワと売れてくるパターンですね。
 後は、2020年時の『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』と『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』・『えんとつ町のプペル』みたいな感じもありますね。

2. 色んな作品と「似た」点は多いので、それらを探すのが好きな人は楽しいかも。

 まず、本作を観て真っ先に思い出したのが、原監督の『カラフル』と京都アニメーション制作、山田尚子監督の『聲の形』でした。学生といじめ問題、不登校を描いた作品は多いですが、この2作品はその中でも強く印象に残っています。

 後は、『3年B組金八先生』や、羽海野チカ氏の『3月のライオン』(ひなたのエピソード)、梨木香歩氏の『西の魔女が死んだ』などもありますね。

  また、フリースクールと個性的な仲間達との交流は、神尾葉子氏の『キャットストリート』と似ています。(こっちにもサッカー少年やプログラマー少年が登場しますし。)

 そして、どこか暗い雰囲気、ゴシックホラー要素なら、童話をモチーフにしたミュージカル『イントゥ・ザ・ウッズ』、子供達が謎の場所に招待され、「掟を破ると罰が下る」といった下りは、『チャーリーとチョコレート工場』っぽさがありました。オオカミ様の赤い服や不思議ちゃんぶりは、ウィリー・ウォンカみたいだし(笑)

 さらに、「時間軸」や「世界」がキーになるのは、『時をかける少女』・『君の名は。』・『思い出のマーニー』みたいでした。

 後は、城に鏡を通して「ログイン・ログアウト」する感じ、彼らを「アバター」として捉えるなら、『サマーウォーズ』や『シュガー・ラッシュ』っぽさもあります。

 これらに、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』や『心が叫びたがってるんだ。』の要素をミックスした感じでした。

 ちなみに、「鍵を開閉する」シーンは、『すずめの戸締まり』を思い出します(笑)

 本作の展開について、初めて出会った方であれば新鮮だと思いますし、上記のような似たような話を既に知っていれば、それらと比較する人もいるかもしれません。
 本作、何となく実写でも行けそうです。まぁ、ファンタジー部分に関しては、アニメの方が違和感ないと思いますが。

3. 現実世界でこころが抱えている問題とその対応は良かった。

 本作、基本のストーリーは良いので、是非色んな人に観てもらいたいです。前半で謎をばら撒き、後半でそれらをきちんと伏線回収しています。それって当たり前じゃん、と思うかもしれませんが、最近の邦画アニメ作品では脚本が弱くてそれが出来ていないものも多いので、本作に関しては安心して観れました。

 その中でも一番良かったのは、現実世界でこころが抱えている問題とその対応です。
 まず、スクールカウンセラーやフリースクールの存在を伝えてくれたのは良かったです。思春期という、ただでさえ多感な時期故に、人とぶつかりあって嫌な思いをしたり、時には逃げ出したくなったり、人間の成長は痛みを伴うものです。
 また、今はインターネットやSNSの発展により、子供達の人間関係は複雑化・不透明化しつつあります。連日報道されるような「事件」も、そういうことが絡んでいて、大人達が気づきにくくなっているのも事実です。
 だからこそ、「一人で抱え込んでほしくない」・「辛いときは私達を頼る勇気を持ってほしい」・といった、繊細な子供達の心を救うメッセージは非常に良かったと思います。これは重いテーマ故に、中々踏み込みにくく、伝えるのが難しいので、クリエイターさん方にとっては勇気が必要だったと思います。しかし、それを老若男女が観るアニメ映画として、出来る限りわかりやすく、そっと優しく寄り添うように伝えてくれたのには感謝します。

 本作について、レビューサイトやSNSでは、『3年B組金八先生』・『カラフル』・『聲の形』と比較した意見が沢山見られました。上記の視点については、これらの作品とは、また異なるアプローチだったと思います。
 こういう、大人(特に喜多嶋先生)がしっかりしている、言葉や行動がブレてない作品は良いですね。安心して観れます。それによってこころのお母さんも変わっていくので。※一部「アレな人」もいましたが。

 そして、こころと一時ギクシャクするも、そっと気にかけてくれていた萌ちゃん。中盤にてこころは彼女が転校することを知ります。
 萌ちゃんの家にて、彼女はこころにこう伝えます。
 「いじめをする奴は幼稚、あぁいう奴は変わらない。だから相手に変わってもらうことを望むより、自分が変わる方が遥かにいい。相手に負けずに生きてほしい。でも辛かったら周りの人を頼って」と。 
 ここは、こころが初めて「城以外の友達とコミュニケーションを取れた」瞬間でした。この下りがあったことで、「彼女の願いは変わった」のかもしれません。ここは、彼女の成長でした。

  本作は、見る人によって、感じ方が大きく違ってくると思います。いじめ被害者・いじめ加害者・その周りにいた傍観者・それぞれの子供の親たち・教師たち・子供たちを守っている行政やNPOの人たち…など自分が今までの人生で経験したことによって、映画内の出来事をどう受け止めるかが変わるはずです。
 例えば、ある人が泣くシーンでも、違う人が見れば何とも思わない、寧ろ嫌悪感を抱く場合もあるでしょう。

 この映画では、いじめた人が罰を受けるようなカタルシスはありません。本来、エンタメ的にはそうすべきなのでしょうけれど、そうしないところがこの映画を特徴づけていますし、「いじめに根本的な解決策なんかない」というメッセージを受け取った気がします。※考えてみれば、いつの時代にもこのテーマは何度も取り上げられる…ということは、一種の「普遍性」ですよね。良くないことだけど。

4. いじめ問題については、より「リアリスティック」なので、感情移入・共感はしやすいと思う。

 本作では、こころはいじめ被害者なこと、また置かれた状況が他作品より「リアリスティック」なので、感情移入・共感はしやすいと思います。(勿論、「いじめは悪いこと」なので!)
 例えば、『カラフル』では主人公の小林真が自〇するし、『聲の形』では主人公の石田将也はいじめ加害者なので、これらのトリッキーな設定に抵抗を覚える人もいるでしょう。

 いじめのメカニズムについては、『聲の形』と比較してみます。
 『聲の形』は、「小学生のいじめ」です。メインヒロインの西宮硝子は「健聴者の中で一人だけ聴覚障害者だった」という「異質」な点で、いじめに遭ってしまいました。こう、自分と「違う」ものをその対象にしたがるのは、小学生の幼さ故でしょう。

 一方で、本作は、「中学生のいじめ」です。こちらでは、いじめっ子といじめられっ子にそこまでの「明確な違い」はありません。言うなら、「内面の性格」でしょうか。それでも、ちょっとしたこと、外から見れば「くだらない」ことでもいじめは起きることを示しています。

 両作の「違い」としては、いじめ被害者と加害者にどれだけの「繋がり」を作ったか、という点でしょうか。
 本作は、こころと真田をはっきりと「決してわかり合えない存在」、「(少なくとも現時点では)接触しなくていい間柄」として描いたことで、「いじめは絶対にダメ」とストレートに伝えています。だから読者や視聴者はこころに感情移入しやすいし、共感するでしょう。

 一方で、『聲の形』は、石田将也という「健聴者でいじめ発端側」と、西宮硝子という「聴覚障害持ちでいじめ被害者」だけでなく、「傍観者」の視点・石田と西宮の母親同士・きょうだい児の結弦など、色んな視点を取り入れて、「本来なら『出会っていなければと願った』人々がもし再会したらどうなるか」、そこに起こる複雑すぎる人間関係を描き、それぞれの立場からの行動や思想に「幅」や「含み」を持たせて、観た人に色々と解釈させています。だから「賛否両論」になりやすいのも納得です。

 これらは、両者でハッキリと異なりました。ここではどちらの作品が「優れているか」ということは述べません。どちらも、「いじめは絶対にダメ」というメッセージはハッキリと伝えています。そして、それぞれの体験や思想から、「自分がどう変わっていくか」が問われているのは同じだと思います。

 一方で、こころの家庭については、母と娘の気持ちの変化は描かれましたが、父と娘については特に何も変わりませんでした。前者と比較して、後者の関係がお互いに「無関心」に見えるのは、悲しいけど「核家族家庭にありがち」なんでしょう。

 後は、マサムネとウレシノが「癖の強い子供」として描かれるのは今時な気もします。

5. 担任が自覚なしにヤバい、でもそこにきちんと「指摘・批判する」視点があったのは良かった。

 前述より、「アレな大人もいる」と言いましたが、これはこころのクラスの担任の伊田先生のことです。悪い意味で印象に残りました。
 彼は、こころと真田の当事者同士で手紙の交換をさせて「仲直り」させようとしますが、これって本当に「自己満足の極み」ですよね、心底気持ち悪かったです。
 昔、「不登校の子に手紙書こう」みたいな話になったのを思い出しました。(これは当時の担任が止めたからやってないけど。)
 しかし、「こういう人いるいる、あるある」ですね。しかも、本人は「善意」のつもりだから、余計にたちが悪いのです。所謂、「地獄への道は善意で舗装されている」ってやつですね。
 ただ、ここで喜多嶋先生がガツンと「おかしい!」と言ってくれたのは良かったです。

 そういえば、伊田先生、『聲の形』の竹内先生っぽいです。どちらも「事なかれ主義でええ格好しい」な点が。
 結局は「『他人(教師)』に期待しすぎたらダメ、親は子供を守ってあげて」、ということなのですよね。実際の事件でも、学校や教育委員会は「全然機能しない」ことが多いし。

6. アニメ映画としては「後一押し」欲しかった。

 ここまで本作を褒めてきましたが、なぜ「傑作」ではなく「良作」と言ったかというと、アニメ映画としては「後一押し足りなかった」からです。これは原作の問題ではなく、アニメ映画だから気になった点ですが。

 本作、端的に言うと、「作画・脚本・構成・劇伴など全てが60-70点の作品」でした。
 ストーリーは良いし、全てをブチ壊すような地雷展開とかはないので、広く好かれる要素はあります。
 しかし、同時に何か「突き抜けてない・刺さらない・超えてこない」感もありました。※ここの塩梅って難しくて、これ以上「個性」を出しすぎると、「賛否両論」になりやすいし、行き過ぎると「嫌われる」要素にもなってしまいそうなんですよね。

 作画や演出は今の時代のアニメの中では「中」くらいだと思います。昔からの日本のアニメスタジオである「スタジオジブリ」、近年ヒットを飛ばしている、「スタジオカラー」・「スタジオ地図」・「コミックス・ウェーブ・フィルム」・「京都アニメーション」・「サイエンスSARU」・「STUDIO4℃」・「WIT STUDIO」・「ufotable」・「MAPPA」らの作品と比較すると、地味っちゃ地味ですね。まぁ、昨今の日本のアニメのレベルが特段に高いからそう思うだけかもしれませんが。

 原作が持つ、辻村氏特有の繊細な文章表現を再現するために、丁寧に作ろうとしているのは伝わりましたが、その反面、迫力や音楽の表現がどうしても控えめになってしまっていました。だから、せっかく大きなスクリーンだからこそ、またアニメだからこそ映えるであろう、心奪われる表現や感性を刺激されるような部分はあまりなかったです。映像作品としての完成度は決して低いものではなく、細かい表現に物足りなさがある感じでした。
 まぁ、映画館で観ればテレビより集中できる、というくらいでした。この辺は、正直、一部のテレビアニメの方が「上回っている」かもしれません。

  声優の演技も、そこそこで可も不可もなく、といった感じでした。メインキャストにプロ声優を使わないという点は、賛否両論だと思いますが、そこはあまり気になりませんでした。
 印象に残る劇伴は、特になかったです。フウカのピアノがクラシック音楽だったな~くらいでした。
 主題歌の優里さんの歌『メリーゴーランド』は良曲だけど、そこが作品の良さを「押し上げる」という程でもなかったです。
 最も、今は、演出に全振りしすぎてストーリーが微妙な作品が多いから、本作が高く評価されたのもしれません。

7. ヒット作品のツボは押さえられているけど、ちょっと既視感もある。

 本作、前述より色んな作品と「似た」点は多いです。辻村氏は、ヒット作品のツボを押さえて物語を創るのが上手いのかもしれません。
 ただ、個人的には前述より結構「既視感」や「焼き直し感」が強く、「どこかで読んだ(観た)ようなお話だなぁ」というのが正直な感想でした。
 この手の話を既に知っている人からすると、「物足りない」と感じるかもしれません。

 勿論、SFに『不思議の国(鏡の国)のアリス』・『赤ずきん』・『おおかみと七匹のこやぎ』などの童謡の世界観を混ぜ込んでくるアイデアは面白いです。しかし、やはり演出も含めてボリューム不足なのは否めませんでした。ここは後少し独自性が欲しかったです。

8. テンポ配分は今一つで、伏線回収がドタバタ気味なのは勿体ない。

 本作の時間経過は、4月から3月と約1年間です。
 前半はテロップで「何月」と出て、初めからどれくらい経過したかが示されます。
 序盤はこころの現実パートの話にフォーカスしており、シリアスな話が展開されますが、一方で城の中では皆マイペースでゆったりのんびりしており、ほぼ出来事が進展しません。

 漸く劇的な展開になるのが、何と「城のタイムリミットである3月30日」です。ここからは急ピッチで話が進んでいき、伏線回収を終えて無事収束するのですが、ちょっと駆け足過ぎましたね。ここで城の中での緊迫感を出したかったのはわかりますが、曲だけが勝手に盛り上がって、視聴者が置いてきぼりになった感じは否めません。
 もう少し中盤で、皆が謎を解こうとする様子が描かれていれば良かったのですが、ギリギリまでほとんど遊んでいるようにしか見えなかったのが勿体ないです。伏線回収はきちんと出来ているが故に、テンポ配分の悪さが気になってしまいました。

 また、後半の「謎解き」についても、一つの謎を消化しきれていない間に次の謎解きが行われてしまっていたのが勿体なかったです。(勿論、ここも緊迫感を出したかったのはわかりますが。)
 本作における謎は以下の3点です。

・皆がどこから来たか?

・喜多嶋先生の正体は?

・オオカミさまの正体は?

 オオカミさまの正体はストーリー全体の最も大きな謎解きだと思いますが、この前の2つの謎を解きながら、最後にチョロっと彼女の正体を明かしてしまうので、今一つ感動まで気持ちが盛り上がりませんでした…。
 さらに言えば、オオカミさまの正体についても、ある程度は「推測」出来るのですが、「これだ!」とわかる確信要素が弱いので、やや「ぽっと出の人」になってしまったのも勿体なかったですね。※個人的には、『あの花』の「めんまちゃん」を思い出しました。

 ここの展開で「泣ける」という感想は多いですね。確かに、泣く人がいてもおかしくはないし、温かい気持ちにはなりましたが、泣くほどではなかったかな。上映中も、鼻をすする音は全然聞こえなかったし、終了後も泣いてる人はいたのかもわからず。

9. SFのギミックとしては突っ込みどころが多い。

 本作、前述より現実パートの話は良いのですが、SFのギミックとしては正直突っ込みどころが多く、あまり「やられた!」と感じる程の驚きや意外性はなかったです。
 個人的には、謎が明かされる度に「これあの話だよね?」と具体的な作品名が挙がるくらいでした。

 物語の中盤で、「実は皆同じ中学校の生徒」ということが判明します。(一人を除いて。)そこで、皆で「同じ日に登校して会おう」と約束するのですが、何故か全員、「誰とも会えません」でした。正直、この時点で、「気づく人は気づく」んじゃないかと思います。この後に「真実」が明かされますが、私としては「わりと先が読めて」しまったので、後は「答え合わせ」になりました。
 まぁ言ってしまえば、「先が読める」からこそ、皆が楽しんで読めるのかもしれません。文体がそれほど難しくなく、どんな人も読むことが出来るため、本屋大賞に選ばれたのだと思います。(勿論、それだけじゃないとは思いますよ。)

 結論として、7人の子供達は「違う時間軸」(縦の世界線)から来ていたのです。(一度、「パラレルワールド説」(横の世界線)の話が浮上しますが、オオカミさまが否定したので、こちらが正解でした。)
 一番「年上」の子と、一番「年下」の子の差は何と「約40年」!うーん、流石にこの差は大きい、これだけ年代が離れてたら、当人たちが「時代のズレ」に全く気付かずに済んでしまうのは、却って不自然でした。
 特に、未来側の2人ならば「中学生のスマホ持ちは当たり前」なので、「待ち合わせをするにあたり連絡先を交換しておこう」、と言い出さないのは不思議でしたね。
 また、未来のゲーム機を持っているマサムネを、コギャル孫ギャル世代のアキが突っ込まないのも不思議でした。
 そして、皆で遊んでいた人生ゲームについても、作りや内容に多少時代が反映されているのにどの時代の誰も疑問に思わないのも不思議でした。
 これらは、観ている側が割と早くに時代のズレに気付いてしまった場合、気になって仕方ない箇所のように思います。

 他にも、「各年代を生きる子供達の服装や持ち物があってない」という指摘がありました。(私はあまり気づきませんでしたが。)
 例えば、アキは制服姿のときルーズソックスを履いていましたが、彼女が中学生時の1992年には、ルーズソックスも流行っておらず、ポケベルも子供が持つものではありませんでした。確かルーズソックスが流行ったのは、1990年代後半だったような。

 後は、子供達の名前について。
 スバルという名前が約40年前にしては斬新でした。(勿論、同年代に「渋谷すばる」さんがいるから、別におかしくはないけれど。)
 マサムネの名前が青澄(アース)と、キラキラネームなのは今時かもしれません。

 最も、この辺は、小説を映像化したが故に、求めるリアリティーラインが上がってしまったから、気になってしまったのかもしれません。

10. 「あの問題」に対する扱い方は、あれで良いとは言い切れない…

 本作で最もショックを受けたのは、アキが受けた毒父(継父)による性暴力シーンです。(勿論、真田によるこころの家突撃事件も酷いですが、私にはそれ以上でした…。)
 アキが乱れた制服姿で城に駆け込んできたとき、最初は「JKビジネス」かと思いましたが、「そっち」だったんですね。
 作中、アキから見た毒父の顔がグチャグチャの線で塗りつぶされていたのは、見せ方として巧いですが、トラウマになりますね…。ここはキツイ人はキツイと思いますので、無理して直視する必要はありません。 

 最後、こころがアキとハグを交わし、アキが「救われたと思える」シーンは良かったです。一方で、現実世界に戻ったアキがあの後、毒父から逃げられたのかな、警察や児童福祉施設で保護されたのかな…と心配になりました。問題が問題なだけに。
 正直、本作における「性暴力」という重いテーマへの扱いについては、「これで良い」とは断言できなかったです。
 勿論、彼女が最終的にスクールカウンセラーになって、苦しむ生徒たちを救うようになったという結果としては良いです。しかし、どうやって彼女が彼女の問題を乗り越えたのかという過程は「描かれていない」(少なくとも本映画では)ので、観客目線では不安になってしまいました。
 まぁ、これ以上踏み込んで書いてしまうと、青少年文学からは外れてしまうからでしょうけど。

11.「ファンサービス」は正直「蛇足」かな…

 前述より、マサムネ役は高山みなみさんですが、日テレ系アニメ映画ということもあり、「とあるファンサービス発言」があります。
 会場内からは笑いが起きていましたが、個人的にはこういう「小ネタは要らなかったかな。急に現実に引き戻されたので。

12. 群像劇としては微妙な点もある。

 本作はファンタジックな作風ながら、思春期という多感であり独特な時期に大きな苦悩を抱えた彼らの成長を描いており、非常にキャラクターに寄り添った作品です。
 この手の作品は、バトルやアクション、ミュージカルの様な分かりやすさが無い分、「キャラクターの深み」が表現出来ていれば、名作になる事が多いと思います。(このパターンでうまく成功したのが、前述した『聲の形』と『この世界の片隅に』。)

 しかし、本作は残念ながら今一歩足りないと感じました。子供達7人が、それぞれ学校や家庭で悩みを抱えていますが、7人全てを描く事が出来なかった為にダイジェストの様になってしまったのが惜しかったです。
 メインプロットである主人公のこころに関しては非常に丁寧にキャラクターが描かれていました。彼女の悩み・苦しみがしっかりと描写され、母とのスレ違いと親子の絆の深まり、喜多嶋先生や萌ちゃんとの関わりが、とても上手に描かれていたのが良かったです。
 しかし、他6人は些か描写不足でした。彼らの「住む世界が違う」からか、それぞれのエピソード(サブプロット)はバラバラに進行しています。  
 そのため、これらのサブプロットがメインプロットにうまく絡めていたとは言い難かったです。勿論、「全く絡みがない」わけではないけれど、それぞれが独自で進行しすぎていたせいで、全体的なまとまりは弱くなってしまったように感じました。

 最後、こころとリオンは同じ時代を生きているので、孤城の記憶を失っても前向きに過ごせそうですが、他の子達(アキ・ウレシノ・フウカ・スバル・マサムネ)の悩みは解決できているのか疑問に感じました。
 最も、小説では章ごとに色んな人の視点から描けますが、2時間の映画では、それは難しいです。だから、どうしてもこころの視点メインになってしまうのはやむを得ないのですが。
 仮に1クールのテレビアニメなら、1話毎にそれぞれの子供達を主役にしてバックグラウンドを掘り下げることが出来たかもしれません。

 ちなみに、それぞれの人物の結末は特典のポストカードで配布されたようですが、それこそ本編のエンドロールに流せばよかったのではないかと思います。(私は第1弾・第2弾ともに持っていません…原作小説を読もうかな。)

 最後に、本作を観て感じたのは、今を生きる人々に、それぞれの「孤城」、要は「安らげる・一息つける」場所が必要なのかもしれないということです。

 それは家かもしれないし、フリースクールかもしれない、または習い事やインターネットかもしれません。これって、青少年に限らず、大人にも当てはまるかもしれません。そういう意味では、本作は非常に普遍性の高い作品だったと思います。

 数年後に金曜ロードショーで放送しそうです。日テレ系作品なので。後は、文科省選定作品になりそうです。

出典:

・映画「かがみの孤城」公式サイト

※ヘッダーはこちらから引用。

・映画「かがみの孤城」公式パンフレット

・辻村深月 Wikipediaページ

・「かがみの孤城」辻村深月による小説 (2017年)Wikipediaページ

・ciatr 映画『かがみの孤城』あらすじネタバレ考察・感想 オオカミ様と子どもたちの正体・時系列は?