映画「少女は卒業しない」感想
一言で、廃校になる高校の最後の卒業式前後の「奇跡」を描いたオムニバス作品です。学生時代の懐かしさや苦さを思い出す青春映画として普通に楽しめますが、一方でとある「違和感」に気づくと、また違った見方になるかもしれません。
評価「B-」
※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。
まず、本作は朝井リョウ氏による同名小説が原作となっています。
朝井氏は、『桐島、部活やめるってよ』や『何者』などで登場人物の繊細な心理や生々しい感情を描き、フィクションながら、読者の実体験を思い起こさせるような、共感性の高い作風が魅力です。
原作小説は『小説すばる』にて2010-2011年にかけて連載、集英社にて2012年3月5日に単行本が刊行され、さらに2015年2月20日に集英社文庫より文庫版が刊行されました。
また、本映画の監督の中川駿氏は、映画『カランコエの花』にて東京国際レズビアン&ゲイ映画祭でグランプリを受賞し、LGBT-Qの理解促進に貢献されています。『time』や『尊く厳かな死』などの短編作品を経て、本作が初の長編作品かつ商業作品となりました。
・主なあらすじ
山梨県の上野原市にある高校、ここは今年度で閉校して校舎が取り壊されることが決まっていました。
勉強や部活や友情や恋など、色んな青春を経て大人になっていく少年少女たち。その「最後の卒業式」までの2日間に起きた出来事とは…。
・主な登場人物
3年B組
・山城まなみ:河合優実
本作の主人公。料理部部長。卒業生代表で答辞を読むことに。
・後藤由貴:小野莉奈
バスケ部部長。卒業後は東京の大学へ進学。
・神田杏子:小宮山莉渚
軽音部部長。森崎と同じ中学、中学時代はバレー部。
・作田詩織:中井友望
読書と映画好き。シャイな性格ゆえにクラスに馴染めず、図書館が居場所です。
・寺田賢介:宇佐卓真
バスケ部、後藤の彼氏。
3年C組
・佐藤駿:窪塚愛流
まなみの彼氏。
3年A組
・森崎剛士:佐藤緋美
軽音部員でバンド『HEAVEN'S DOOR』のボーカル。
教師
・坂口優斗:藤原季節
現代文の教員で図書館の管理者。既婚者。
1. 原作小説の良さを残しつつも、「映画」として新たに生まれ変わっている。
本作は、前述より朝井リョウ氏の同名小説が原作ですが、「原作小説のそのままの映像化」ではありません。
原作小説は7つの短編エピソードで構成されていますが、本作ではそれらをオムニバス的に組み合わせて、4つのエピソードで再構築しています。
この構成は『陰日向に咲く』・『ツナグ』・『コーヒーが冷めないうちに』などと似ています。
こういう編集の仕方を見ると、必ずしも「メディアミックスは原作に忠実でないとヒットしない」訳ではないことがわかります。
原作の良さを残しつつ、メディアミックスそれぞれの媒体に合わせた「新たな」作品とするのが良いですね。小説・漫画・実写・アニメの情報量はそれぞれ全く違うので、原作からメディアミックスの間でうまく「変換」・「チューニング」出来るかが成功の鍵になりそうです。それでも中々ヒットするのは難しいですが。
2. 俳優が豪華で、これからのポテンシャルの高さを感じた。
本作、何気に俳優が豪華でした。高校生役の俳優達は大体2000年代の世代なので、演技は等身大で、申し分なかったです。どの方にも、これからのポテンシャルの高さを感じました。昨年から今年観た作品でも何度か見かけた方々が多かったです。例えば、河合優実さんや藤原季節さん辺りは既に売れっ子だと思います。
後は、二世俳優もいました。窪塚愛流さんは窪塚洋介さんの息子さんで、佐藤緋美さんは浅野忠信さんとCHARAさんの息子さんです。御二方ともによく親御さんにお顔が似ているな〜と思いました。
個人的には、佐藤さんの歌い方がちょっとエルヴィス・プレスリーを意識しているように思いました。
勿論、キャストの演技は監督の指導あってのものなので、中川監督は俳優のポテンシャルを引き出すのが上手いのでしょう。
3. 「よくある」青春エピソードの詰め合わせだけど、どこか懐かしさや苦さを感じた。
まず、本作を構成する短編エピソードは、「よくある」青春エピソードの詰め合わせでしたが、どこか懐かしさや郷愁(ノスタルジー)を感じました。当に朝井氏の作風である「読者の実体験を思い起こさせるような、共感性の高さ」を感じました。
上京組と地元組、遠距離恋愛と破局、叶わぬ人への想いなど、各エピソードの会話のテンポやタッチは良く、いつまでも聞いていたかったです。
このあるあるエピソードは『セトウツミ』みたいでちょっとテンポが緩いかな。でもそれが学生らしくて、モラトリアムを感じました。どの人も、お互いの価値観を尊重しつつも、自分の夢へ一歩進みます。私も「あんなことあったな~」なんて実体験を思い出して、少しだけ苦い気持ちにもなりましたが、最後は心温まりました。実際、ウルウルするところはあったし、泣く人がいてもおかしくはないと思います。今なら普通にアニメにありそうだけど、実写でも十分に見れる内容でした。
また、厨二病・エアバンド・マキシマムザホルモン・ゴールデンボンバーなど、ヒットしたバンドや楽曲で、視聴者を惹き付ける工夫を凝らしているのも、朝井氏らしいです。ちなみに、作中でのバンド名が「HEAVEN'S DOOR」でしたが、もしかして朝井氏はジョジョラーですか(笑)?
後は、本を返しそびれたとか、自転車2ケツとか、屋上の花火とか、「グレー」な描写はありましたが、そこはご愛嬌で(笑)。
4. 一番好きなエピソードは〇〇。
前述より、本作は4つのエピソードで構成されていますが、個人的には、詩織のエピソードが一番良かったかな。
詩織は内気な性格ゆえにクラスに馴染めず、図書館が居場所でした。自分は3年間友達を作ることが出来なかった、でもそれでいいとも思えず、心が揺らいでいました。
しかし図書館管理の坂口先生と話すうちに、彼女の気持ちは変わっていきます。実は先生も高校では友達がおらず、「卒アルの寄せ書きは白紙だった」ことがわかります。「高校で友達がいなかったとしても、生きていける。でも何か変わりたいなら後一日、勇気を出してみようよ。」その一言で、詩織の心に変化が表れます。
何か、「書いて欲しい」、その一言が言えないのわかるな~卒アルなんて卒業したら、もう見返すことはないかもしれないけれど、メッセージを書いて欲しい、そのための勇気が必要だったんですよね。
卒業当日、偶クラスメイトの女子が映画の話をしていました。「タイトルが思い出せないよ~」と言うその子に、詩織は「それ『キャリー』じゃない?」と話しました。「え?作田さん映画好きなんだ〜」からの「今度観に行こうね。」からのお互い寄せ書きを交換しました。このように、自分の殻を破る、一歩前に踏み出す勇気を出すことは怖いかもしれない、でも自分を信じてやってみよう、そう思えたエピソードでした。
それにしても、詩織は先生に少しばかり心を寄せていたようで、指輪のチラ見、わかります(笑)。
後は、実は詩織は返せなかった図書館の本がありました。「その本は自分の心の安定でした、でも返してなくてすみません。」、彼女はその本を新しく買い、先生に図書館の本を返しました。しかし、先生は「新しい本」を受け取りました。「貴方がずっと持ってた本は貴方の宝物だからね。」と。
図書館にずっといる子、いますよね。その理由は様々ですが、そういうオアシスみたいな場所が必要なのもわかります。
5. 一見すれば普通の「青春映画」だけど、実は…?
本作は普通に見れば「ド直球の青春映画」です。一方で、とある「違和感」に気づくと、また違った見方になるかもしれません。
本作、実は序盤に少し「謎」や「違和感」を散りばめています。それらは、ハッキリとは「説明」されませんが、注視すると気づく程度です。個人的には、「人の会話」や「物」に注目してほしいです。
その後、中盤で「転機」が訪れ、終盤でそれらを「回収」していくスタイルです。前半と後半で作風がガラッと変わるのには驚きました。
ちなみに、「違和感」について、ヒントを申し上げると、
・まなみと駿との「デート」と「会話」
・駿の「服装」
・お弁当の「旗」と棚の上の「旗」
・まなみが見た「夢」
・まなみの答辞
・ダニー・ボーイ
・駄菓子屋のオバちゃんとの会話
辺りでしょうか。※ネタバレにならない程度に。
ちなみに、「伏線回収」自体は綺麗にできているので、納得できる作りにはなっています。
このように、青春ドキュメンタリーかと思いきや、シリアス・ミステリー・ホラー・ファンタジー・ハートフルストーリーなど様々なジャンルに切り替わる作風は、辻村深月氏の『かがみの孤城』っぽさがありました。最も本作は、あそこまでファンタジー要素はありませんが。
6. 「若者の死」の扱いのベタさ、そして、そこに行き着くまでの過程が不明瞭でモヤる。
本作、「良作」ではあるのですが、一方でいくつか引っかかった点もありました。
一つは、上記より、「若者の死」の扱いについてです。
結論から申し上げると、駿は既に故人でした。しかし、結局のところ、彼が死に至るまでの経緯は「不明」なままなのです。
彼女がいて、進路や友人関係に悩む様子もなく、いじめで自○するような感じではなかったです。それなら事故?それもよくわからず。ただ、青少年の死って、それだけ突発的に起こってしまうものかもしれません。本人にしかわからない何か、周りの人間は決してわからない何かがあったのかもしれません。
しかし、やはり若い人の死、悲しみで相手を乗り越えさせて「成長」させる手法は好きではないです。こういうやり方はベタで使い古されているし、「泣かせて感動させよう」という空気感があるので。流石に「感動ポルノ」とまでは言いませんが。
それでも良かったシーンは、卒業式を終えたまなみが駿にブレザーをかけて「卒業」させてあげたシーンです。
前半と最後の二人の「会話」について、果たしてまなみは駿の「幽霊」と話していたのか、それともまなみの「妄想」だったのか、ここは明かされていません。
一方で、まなみが一人で調理室にて二人分のお弁当を広げ、話しかける姿は、傍から見たらホラーだと思います。だから、しきりと外を気にしてたのでしょうか?
もしかすると、まなみは「駿は死んでいない」と記憶を「改ざん」することで、精神を保とうとしていたのかもしれません。そうやって自分の本心に蓋をし続けたかったのかも。そう考える方が現実逃避できるから。それでも、自分が卒業すること、そして校舎が取り壊されることで、この気持ちが抑えられずに、溢れてしまったのかもしれません。(この辺は、湯浅政明監督のアニメ映画『きみと、波にのれたら』を思い出しました。)
元々、朝井リョウ氏の作品には「空白」が多いと思います。大事だと匂わせつつも、意外と核心を「ボカす」方だと思います。
勿論、文章は読みやすいし、取っつきやすいし、共感を呼ぶのもわかります。でも、一方で意外と結構モヤモヤすることも多いのです。
しかし、そこを皆の思考・考察・深読みで埋める、また人と意見交換したくなるから、ヒットするのはありますね。
7. 杏子の「行動」にもモヤッた。
もう一つモヤモヤしたのは、杏子の森崎に対する行動です。
杏子は森崎に対し、「ありのままの自分を思い出してほしい」一心で、彼の物を隠し、軽音部に混乱をもたらしてしまいます。
結果的には、森崎のパフォーマンスは「成功」するのですが、それでも一人の気持ちでその人が大事にしていたものを隠す、最後まで彼がパフォーマンス出来るか「試す」ような行為は、「良かった」とは言えないです。
そのせいで、バンドの子も辞退するかしないかで、振り回されてしまってたし。しかも真っ先に部員の桜川が疑われてて気の毒でした。杏子、あの後、二人(桜川と森崎)には謝ったのかしら?
まぁ、でも最後に一緒に卒業写真に映らなかったから、一応罪悪感はあるのかしら?
8. 本作における「卒業」とは?
本作における「卒業」とは何だったのか、これは「物理的」なものと、「心理的」なもの、両方あったように思います。前者は、毎年時期が来たら高校を卒業すること、また今年は廃校故に「この場所ラストの卒業式」となったことでしょう。後者は、この場所にはもう通わず、新しい道を進むこと、高校生の心に別れを告げて、大学生や社会人への一歩を踏み出すことでしょう。
結局、卒業は「したくない」かもしれない、でも現実的には「避けられない」ものです。どんな物事や時間にも、いつかは終りが来ます。しかし当時に、それは新たな始まりでもあります。
勿論、その時点で全ての気持ちが「昇華」出来るわけではありません。でも、その煮え切らない気持ちも抱えてまた生きていくんですよね。
出典
・映画「少女は卒業しない」公式サイト
※ヘッダーはこちらから引用。
・映画「少女は卒業しない」公式パンフレット
・「少女は卒業しない」Wikipediaページ
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