はなたれねこ移住する。第42話 Wait a minute. I’m single again!
パート1でさんざん活躍してその末に結婚した奥さんが実はロボットだったというハチャメチャな設定で強引に独身に舞い戻ったオースティン・パワーズが言ったセリフである(確かこんな内容のセリフだったはずである)。
妻が子どもを連れて実家に帰ったときふと浮かんだのである。考えてみれば、子どもが生まれて始めてのソロライフではないか。独身時代には当たり前だった日常を久しぶりに楽しんでみたいと思っても不思議ではあるまい。それはつまり夜ふかしであり、飲み歩きであり、週末の朝寝坊である。なんだそんなことかと独身者は思うかもしれない。しかし子どもができると生活は規則正しくなり、子ども中心のルールですべてが進行していく。だからひとり夜ふかししても朝6時起床は変わらないし、なぜか週末だけ早起きする子どもたちに朝寝坊の野望は打ち砕かれるのである。
ぼくは夜ふかしの計画をひそかに練っていた。それはセミの幼虫を拾ってきて羽化の様子を映像に収録するというものである。セミは不完全変態だから幼虫からいきなり成虫に変身する。ただし、蛹を経ない分その過程は何時間にも及ぶ。しかも始まるのが夜だから夜ふかしは必然であった。一人分の夕食をさっと作ってさっと食べ、夜の公園へと繰り出す。懐中電灯で地面を照らしていると羽化のために穴から這い出たセミの幼虫を見つけ、3匹ほど持ち帰る。3匹いればどれか一匹ははやくに羽化を始めるだろうという算段である。
ミンミンゼミとアブラゼミは幼虫時に区別がつかないから出たとこ勝負になる。数は圧倒的にアブラゼミが多くて大体8対2くらいである。ところが偶然にも最初にミンミンゼミが登場した。これは大変ラッキーであった。セミの羽化は実にのんびりとしたもので、気がつけば時計の針が2時を回った。これが子どもがいてはできない理由である。ぼくもさすがに毎晩できるものではない。結局セミの羽化撮影は2回行いミンミンゼミとアブラゼミの撮影に成功した。本当はニイニイゼミが撮りたかったんだけど、ソロライフが始まる季節がちょっと遅かった。撮影した動画はYoutubeにあげている。もしよかったらご覧ください。コンチューバーになりました。
夜ふかしと朝寝坊はセットである。ぼくはだれにも邪魔されず手足を伸ばしてのびのびと寝た。むろん蹴りが飛んでくることもない。
食事はひとりで味気ないと思ったが、意外と楽しめた。ひとつは庭のハーブがたくさん生えてきたからであり、ひとつはパスタ料理は一人前のほうが美味しく作れるからである。ソロライフ中ぼくはパスタばかりを作って食べていたが、まいどまいどが研究であった。トマトの煮詰め具合、オリーブオイルの量、塩加減など。これらを考えながら作るのはなかなかに楽しく、しかも一人前作るとお店のようなパスタが作れることがわかってますますはまっていった。それにパスタは短時間で作れるのもよい。パスタを茹でるお湯を沸かし始めてからパスタが茹で上がるまでの賞味20分くらいですべて完結するのがよいのだ。
食事はもっぱら仕事部屋に持ち込んで映画を見ながら食べた。こんな食べ方ができるのもソロならではである。実際出かけない日は一日のほとんどを仕事部屋で過ごした。一人で住むのに一軒家は大きすぎて持て余した。
ソロライフにはタイムリミットがあった。5日間である。5日後に妻が子どもを連れて戻ってくるのである。実に3年ぶりの帰省をしていたのであった。それだけ間が空いたのはもちろんコロナのせいである。ぼくは仕事の都合で帰省に同行できず図らずもソロライフが実現したということなのであった。
ところが。