朝の憂鬱
1,起床
朝、7時近くなって娘を起こしにいくが起きる気配がない。それもそのはず昨日の晩にお父さんと一緒に寝るといって10時すぎまで起きていたからであり、案の定寝不足になって起きられないのである。
「おーはーよー」
「やだ!」
「おーきーてー」
「い・や・だ!」
今日はとことん起きる気がないらしい。とりあえず兄を連れて下へ降り二人で朝食を食べた。それからもう一度寝室へ行ってみると思いっきり爆睡している。今日は相当めんどくさいことになりそうだ。
「ねえ、朝だよ起きて」
を何回か繰り返して体を揺すっているとようやくお目覚めあそばされた。
「わかったよお、もう。がんばーれして」
やはりそうきたか。ぼくはやる気のない声を出した。
「がんばーれ。がんばーれ。まるちゃんがんばーれ」
はあ、とため息をつくとすかさず娘からチェックが入る。
「止まんないで。ちゃんとやって」
「はい。がんばーれ、がんばーれ、まるちゃんがんばーれ」
娘はイモムシのようにごろりごろりとこちらに近づいていた。そしてぼくのそばまでくると力いっぱい減速して親の忍耐を測るのである。
「ちゃんとパチパチもして」
「はい」
ぼくはパチパチやりながらもう一度ガンダーラじゃなかったがんばーれの歌を歌う。それでようやくぼくのところにくると娘はしゅたっと立ち上がってぼくにしがみつき、ぼくは娘を抱っこしてクローゼットまで運ぶのも日課である。
2,着替え
着替えだって一筋縄でいったことがない。まず着ていたものを脱がせて半袖のTシャツを着せたら「シャツ、シャツ」という。アンダーシャツを着せろというのである。こんなに暑いのにシャツ着るのとぼくが聞いても意見は決して覆らないから今着せたTシャツを脱がしてアンダーシャツを着せてまた上からTシャツを着せる。長ズボンを履かせたら暑いから半ズボンがいいと叫びながら言う。それはわかるけど蚊にさされるから長いほうがいいよとここはぼくも譲らない。娘はぼくに似て蚊を呼びやすい体質だからだ。
不思議なことに蚊に刺されやすいひととほとんど刺されないひとというのがいる。まず第一に血液型がO型は刺されやすい。それは占いでそうなっているのではなくて統計的にそうなっているのである。その他のファクターに体温が高いとか二酸化炭素の排出量が多いとかあるが、ぼくの個人的観測によれば、体にガスを溜めやすいひとは刺されやすい傾向にある。これらが複合的に絡み合って蚊に刺されやすいひとと刺されにくいひとという分類ができるのである。これはその昔ぼくがヘキン大学でヘ学を学びヘかせ号を取得した際に書いた論文「蚊屁蚊」で明らかにした不条理なるジジツである。
さて、半ズボンは保育園でのお着替え用に持っていくことでとりあえず決着したが、上下青は嫌だというので仕方なく青いズボンを脱がして白いズボンを履かせる。この段階でほとんど号泣状態で叫びながらの要求になっているのでぼくが空想へ意識を飛ばすのわかるでしょう?
無事に着替えは済んだが娘は床に寝転んでこっちへこいと命令しながら号泣している。ぼくはその泣き声を背中で聞きながらとりあえず下に降りた。娘は「きーてーよ、はやくきーてー!」を繰り返し叫び続けている。朝から疲れないものだ。その体力があるならさっさと降りてくればよさそうなものだが幼児の心理はまた別のところにある。ぼくはタオルや着替えを詰めたりして登園の準備を済ます。それからとっくに食べ終わっている息子の皿を洗っているとドタドタと階段を走り降りてくる音がした。
娘は駆け込むようにソファに飛び乗ってごろんと横になるとさっきの続きを始めた。
「もいっかい一緒に上に行って。ねえ、一回だけでいいから。も一回上にいって、お願いだから〜」
娘はなにもかも最初からやり直さないと衝動が抑えられないらしい。最初から自分の言う通りにしないと気がすまないらしい。だけどぼくはそんなのごめんだねと思っているから相手にしない。するとテキはようやく軟化する姿勢を見せて、こっちへきてぎゅうぎゅうしてと叫ぶ。
「ぎゅーぎゅーして!ぎゅーぎゅーっ!」
ぎゅーぎゅーしてなんて何歳まで言ってくれるかなあと思いながらぼくはソファに座って娘を持ち上げて抱っこする。娘はぎゅーぎゅーしろいうくせに精一杯抱っこされるのを反抗して、わざと持ち上げにくい姿勢を取り続けた。それからようやく抱っこ態勢になるとぼくの脇腹をパンチで殴ったり背中を爪がガリガリと引っ掻いたり、爪の先で小さくつねったりとDVの限りを尽くすのである。顔は涙でぐちゃぐちゃで長い髪の毛が四谷怪談ばりに顔面に張り付いている。「おおーい、おいおいおい。ひゅほほほほほほ」もはや言葉にならない声を出して泣き続ける。
「ねえ、そんなに時間使ってるとご飯食べる時間なくなっちゃうよ」
とぼくが言えば、
「たべる、たーべーる」
と言ってまた泣きスイッチがオンになる。泣いてる暇があったら食べればいいのにというのは大人の考え方で、幼児には幼児なりのロンリがあるらしい。
3,朝食
やっとのことで食卓まで輸送が完了する。するとこんどは横に座って食べさせろと娘は叫んだ。
「たーべーさして。たーべーさーして!」
そのタイミングで洗濯機が終了の合図を鳴らしていたのでこれ幸いとばかりにぼくは洗濯物をもって2階へあがった。洗濯物を干して降りてみればこれまたちょうど兄の登校時間になっていたから玄関で息子を送り出した。これでぼくはすることがなくなってしまったから仕方なく娘の横へ腰を下ろした。娘は髪の毛やら服にごはんつぶをたくさんくっつけて、これみよがしに不満をアピールしていた。いつもはきれいに食べるのでわざとなのは火を見るより明らかだ。
「たべさして!」
娘はきびしくはっきりした口調でぼくに要求した。ぼくは内心ではいはいと言いながらご飯を娘の口へと運ぶ。
「髪結んで!」
「はいはい」
今度は口にだして返事をしてぼくは席を立った。娘の長い髪は涙で固着して複雑に絡まり合ってとかすのに難儀する。ちょっと引っ張れば痛い痛いとうるさいから自分でやればいいのにと思いながらなんとかとかす。それから結ゴムを持ってきたらそれじゃないこないだ買った花のやつにしろというのでぼくはもう一度取りにいった。妻の意向でやたらに長い前髪をちょんまげ結にして頭頂部から後方へたらし、髪をふたつにわけてそれぞれを三つ編みにする。スリークロスレーシングである。
ここでようやく娘の気持ちが落ち着いたらしい。さっきは食べ終わるまで保育園に行かないと豪語していたのに、もう行く気になっている。言わないでね、というから誰にときくと、先生に言わないでねというので何をと言ってやったらさっきのことと語気が強まって若干ひーひー言い始めたので言わない言わないと返した。
結局朝食は8割残して、これぜんぶ夜食べてもらうからねとぼくは宣言した。
4,登園
さっきまでの癇癪わがまま号泣衝動大放出はなんだったのかというほどに娘はごきげんを取り戻していた。歩いて30秒の距離にある保育園にタッチアンドゴーで娘を預けてぼくはようやくほっと息をついた。
いつも思うのであるが、こうした子どもの癇癪は鬱陶しくあり大変ひとを苛つかせるものである。だけど一方でそのわがままが言える相手であると子どもに認められているとも言えるわけで、だからぼくはいつも試されていると感じるのである。ジェダイの道は険しい。
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