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遅れてやってきた美容欲。〜導入〜脱毛カウンセリング編〜
今では男女のたしなみとして誰でも気軽に受けているであろう、脱毛。
職場の人と話してても、20〜30代の男女共、受けてる、ないしは受けたよって声をふつうに聞く。
男子は「ヒゲの脱毛して楽になった!」
→「それ聞いたから良いなと思って、今通ってる」っていう声。
女子は「ワキだけやった」とか「全身やった」とか「やってたけど途中でやめちゃって、今また生えてきちゃってる」→「わかる〜冬になると面倒くさくなってやめちゃうよね〜」とか、バリエーションいろいろ。
ちなみに、そう言ってる女子たちは皆ネイルやまつエクにも日常的に通っている。やはり、日頃の美への意識が高いのだなあ。そしてなぜか、婦人科に定期通院してるのも共通事項(理由はさまざまだけれど)。うーむ。私、全部行ったことない(強いていうなら妊婦健診くらい←)。
美容やケアのために人の手を借りることが、美容院に行くこと以外にないってことに、今、書きながら気づいた。当然のことながらマッサージやエステも縁遠い存在です。”自分のことは自分で”。そんな自立心が美容にも頑なな態度をとる基盤にもなっているような気がしてならない。ほかにも縁遠かった理由は色々あるはず。
とりあえず、4つ思いつきました(微妙)。
1つめ、相手の反応を気にする自意識の障害。
相手を見すぎてしまうというか、こういう振る舞いのほうが良い客かな〜とついつい考えてしまう。リアクションもわかりやすくとる。アパレルの接客みたいに、誰にでも声をかけるものとわかっていれば適当にスルーできるけど、1対1で、私のために、営業スマイルしてくれている…!とか考えちゃうと、その労力に見合うリアクションをとろうと、ついテンションをチューニングしてしまう。
例えば、大学時代に通ってた美容院の男性美容師さん。毎度カットの後半になると、自分の好きな芸人やバラエティ番組の話をあれこれ振ってくれた。「めっちゃ面白いから!」と熱弁されるとこちらもつい『へえ〜見てみます〜!』って、まあ言うよね?そして『それわかるー!(orわからない)』『その番組知ってる(or知らない)』って、合いの手も入れちゃうよね?
ヘアスタイルの仕上がりも思ってるよりちょっとだけエッジが効いた仕上がりになってる気もするし、相槌打つのもちょっと負担だし、そろそろ場所変えようか…と思った矢先に、後輩美容師に引き継いでくれてホッとした記憶がある。
コミュニケーションってそういうものとはわかりつつも、サービスしてくれる人のほうがエネルギーが高いときについ合わせすぎてしまって、帰り際に疲れちゃってると、なんだかな?ってなる。
そして2つめ。割と疑り深い性格であること。
特にサービスを受ける立場では”そう簡単に信じてたまるか”、”うまい話にはワケがある”と、なにか裏がないかと思いながら話を聞きがち。いつも心にファイティングポーズ。する必要ないのに。なので、ハードルが一番高いのは初回。信じたら、割と素直でなんでもお任せできるんだけどなあ。”お金を払うからには”という気持ちが疑心暗鬼に拍車をかけていて、態度には出していないつもりだけど、出てたとしたらだいぶ嫌な客。
そして3つめ、そもそもの美容への関心が低い(低かった)。良いように言えばナチュラル思考、悪く言えば放置傾向。至極当たり前の理由。
そして最後4つめ。
綺麗でいたい、かわいくなりたい、という気持ちへの抵抗感がある(あった)。もう少し厳密に言えば、綺麗になりたいと思っていることを人に知られることへの羞恥心がある(あった)。括弧書きで過去形なのは、今はそう思ってることが人に知られてても良い、と思えるように変化したからです。私は今より綺麗になりたいし、かわいくなりたいんだ!と、言えるようになった。少し素直になれましたヤッター。
でもそれもここ3〜4年のこと。それまではメイクがどうとか、スキンケアがどうとか、話題にもしてこなかったし、あまり関心もなかった。というか、無いことにしていた。
10〜20代の頃って、そういう話題が「媚び」とか「モテ」みたいなワードとくっ付いていることが多かったような気がしませんか?自意識過剰な私だけですか?美容に興味ある=モテたい、媚びてる、と思われたら恥ずかしい!と思ってたよ。今なら「むしろ出してけばいいじゃん!」「気になってることはやれ!」「何でも斜めから見ずに素直になれ!」と言えるんやけど。特に学生時代は、山田詠美の小説に影響されてうがったものの見方をするようになっていた。「自然体な女は一番計算高い女なんだ!」と刷り込まれて、媚びに対する羞恥心を募らせていました。「ぼくは勉強ができない」と「放課後の音符」がバイブルでしたよ…。多感!
(今でも大好きな作家さんですけどね。秀美君みたいな高校生、どこにおるんやろ。)
令和の風土にはあまり感じられないけど、20代独身の頃も、何かと異性の目を気にしている恋愛フィールドに立っているのが当たり前で、「媚び」や「モテ」のほうが近い存在で「自分のための美容」という発想にはまだまだたどり着けなかった。
それが結婚出産してから、激変。
もう誰に媚びてるとも思われないし、モテたいと思っているとも思われないフェーズに突入。
……楽!
おかげで長年の自意識との戦いは終わったし(モテの自意識強すぎ)、自分をご機嫌にするための美容を10〜20代のぶんを取り返す勢いで楽しんでいる今。歳を重ねるほどにメンテナンスの意味も含めて、日々関心が高まっているというわけです。それを今回美容欲、と言ってみる。
そして、はじめに戻って、脱毛。脱毛の話です。長かったー。もうここで終わりでもいいけど、この先を書き残そうと思っていたので、ちゃちゃっと書くよ。
脱毛サロンのカウンセリングを突如予約した。
なぜか。よくある広告で「50円でできるよ!」って書いてたから。
50円なら、一回行ってみちゃう?きっとそれ以上の契約も勧められるけど、ワンチャンほんまに50円で済ませられちゃうかも?!と思って。今年の夏はノースリーブを着る頻度も高くて、腕とか脇とか、いつもより気にして見てたからかもしれない。
選んだのは大手も大手、誰もが知っている、あの脱毛サロン(言わんのかい)。
もしも脱毛するなら腕キレイにしたいな〜。
ってな気持ちで行った。
そして結果。
カウンセリングだけして帰ってきた。契約しなかった。50円すら、払いませんでした。どーん。
その決断に至るまで、人生で一番自分の毛と向き合い、悩んだカウンセリングの50分間。伴走してくれたスタッフさんは、それはもう見事な伴走で、それを体感できただけでも脱毛サロン行ってよかったなと思えた。本当に素晴らしい接客でした。ホスピタリティがありつつも、伝えるべき情報は正確に伝えてくれる。そしてこちらが迷っているのを見ると、具体的なエピソードや見てきた事例の紹介を加えて比較検討の材料を都度提供してくれる。安心して身を委ねて脱毛について検討できるありがたさよ…。心を許したおかげでつい『そもそも、やるかやらないかで迷いますね…』と、営業トークのやる気を削ぐような心境も吐露したにもかかわらず、「本当にお試しで100円のコースだけしていただくのも全然アリだと思いますっ」って、これまた嘘偽りなさそうな口調で受け止めてくれて……(あれ、50円じゃなくて100円?広告とちゃうやん?とは思ったけど口には出さず)。ラリーが自分主体で進む心地よさを味わいました。知らんバラエティ番組の見どころを意気揚々と教えてくれた美容師さんにも、この接客の心地よさ、伝えたい。
というわけで、何も決めずに帰ってきただけなのに、15万浮いたわ〜!(全身脱毛コースのお値段)と、むしろ達成感すら覚えて終わった。
そして改めてセルフケアで自分の毛と一生付き合っていく覚悟をしたのでした。大袈裟!
今回は脱毛だったけど、ネイルや眉毛もサロンには行ったことないから、これを機会にまた一歩踏み出せたら、さらに新しい発見があるかもしれない。遅れてきた美容欲、伸びしろたくさん。わくわく。
でも、そのネイルや眉毛サロンの前に、実はすでに予約しているものがあって。
なんと、ずーっと言ってた、シミ取り!美容クリニック!今度行ってきます!
美容医療のほうがよっぽどハードル高くない?っていう声も聞こえてきそうな気がするけれど、ここに至るまでに気持ちめっちゃ作ってきたから大丈夫←
まずはカウンセリングなので、当日施術するかはわからないけど、今度は自分のお肌と向き合う時間を作ってきます。
また心躍れば書き残したいとは思ってる。
うー楽しみだー。浮いた15万を充てる気持ちで行けるのもなんか得した気がしていい感じ〜。
寝かせたぶん散文に拍車がかかったブログになっちゃった。
読んでくれてありがとう。