ウィンナーコーヒー
「誰か人でも待ってたの?」
そう言って遅れて店に入ってきた彼がコートを脱ぎながら右手を挙げ、店員を呼ぶ。
「グアテマラ、ください」
何言ってんの、あんたの事待ってたんでしょ。
と、言う間もなく「ウィンナーコーヒーの意味、知ってる?」と彼が言う。
私はえ?と言い机の上の自分の前に置いてあるカップを見つめる。「あ、いや知らない。というかまず、ウィンナーコーヒーっていうもの自体知らなくて、頼んでみたの。そしたら思っていたのと全然違っちゃった」と言うと彼はプハッと吹き出したように笑ってこう言った。
「だと思った。ウィンナーソーセージが1本ついてくるとでも思ったんでしょ」
私はこっくり頷いて「コメダでコーヒー頼むと豆菓子1つついてくるみたいなノリなのかと思った。」
そう言う私の頭を、彼は面白おかしくポンポンと叩いた。そしてこのコーヒーについて細々く語るために軽く腕まくりをして「あのね、」と前のめりになり話し始めた。
「ウインナーコーヒーは、オーストリアのウィーンで馬車がタクシーの役割を果たしていた時代に馬車の御者がお客さんが来るまでの待ち時間にコーヒーを飲む習慣にしていた事が由来してて、
その上のホイップクリーム。(人差し指で私のウィンナーコーヒーのホイップの部分を指差す)これは、待ってる間にコーヒーが冷めないようにホイップクリームで蓋をしたのが始まりって言われてるんだって。あっちじゃ、ちゃんとした正式な名前があるんだけど日本ではウィーン風っていう意味で簡単にウィンナーっていう名前がつけられたみたい、
だから要はこれは人を待つ時間に頼む飲み物って事だ」
そう得意げな顔で言う彼に、「じゃあ私間違ってないじゃん」と口を目一杯尖らせて言う。
「あ、たしかに、ごめんね待たせて。
コーヒーは冷めないうちに飲むのが一番だ」
と言ってから、店員が運んできたばかりの熱々のカップを口に近づけて酸味強いコーヒーを啜った。
彼とはいつお別れをしたんだったっけ。
遠い昔の、ひと冬の、両思いのような片思いだった事だけは憶えている。
“想い合い”って、奇跡だ。
こう思う事がその日以降も増えていって、やけに恋愛に尻込みするようになってしまったな。
きっと今もウィンナーコーヒーを頼むべきなのだろうけど、あの山盛りのホイップはどうも私には甘すぎて、喫茶店ではグアテマラを頼んでしまいます。
その度にこの冬の事が頭をよぎってしまうんです。
コーヒーは、冷めないうちに