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文学フリマ東京37。宝のような経験よ、愛よ、ありがとう。

文学フリマ東京37に行ってきました。

本離れが進んでいる?開場とともに会場に流れ込む人だかりを見て、本を売るために集まったたくさんの人を見て、製本された本たちの1冊1冊に愛が込められているのを見て、そんなこと嘘じゃないか?と思うくらいに熱い空間だったよ、あそこは。ああ、本て素敵だな。改めて思ったよ。本当にいい一日だったよ。


文学フリマのタイムスケジュールは朝早い。
8時30分に到着したら、もう開場設営のために、スタッフは動いていたし、開場設営ボランティアの人たちが集まっていた。

わたしも会場設営から手伝いたいと思い、その人だかりに加わった。
だだっ広い何もない倉庫に、会議室によくある長テーブルとパイプ椅子が運び込まれる。たたまれているこいつらを組み立てる作業からはじまる。結構これが大変だった。最近、更年期ですぐほてっちゃうから、休み休みやりたいけど、どんどん運ばれるから、みんなの前で休むわけにもいかない。途中トイレに逃げながら、涼んで手伝うを繰り返した。ハンディ扇風機持っててよかった。

会場設営を手伝う最中、今回、お知り合いになれたひとりとここで出会えた。本は売らないけど、毎回開場設営のボランティアだけに来る方もいた。愛されているな文学フリマ。参加するなら、全てを見ておきたくて、朝から参加したかった。どんな風に会場ができて、どれくらい大変なのか、知れてよかった。

それに、出来上がった会場には、設営から来ている人が一番に席にいける。設営をしない人たちは10時半からの入場。少しの差だけど、静かな会場内で、少しホッとできた。一旦ほてった体を鎮めてから作業できたのもよかった。ゆっくり落ち着いてセッティングできたのもよかった。最初から来てよかった。

いざ、開場したら、他のフロアはギュウギュウだったけど、わたしのいた区画にはお客さんが少なく、常に人は流れていたけど、始終滞るほどに人が来ることはなかった。わたしなりに、こんにちはと声をかけながら、見てくれる人を待ったけど、なかなか見てもらえなかったな。

そして結果惨敗で、わたしの両お隣さんと後ろさんと、設営の時顔見知りになった方が本を買ってくれてそれで終わり。でもとても嬉しかった。
買ってもらえている人の本は、Twitterで元々文章を配信していたり、無料パンフをつけていたり、とにかく本が可愛かったり、人の目につく努力をしていた。

でも本を売る人のスタイルはみんなそれぞれで、売れなくても、無理に声をかけたりしないで、読書しながら飄々と待つスタイルの人もいた。途中、席を立って、店を閉じ、買い物に悠々と出かける人もいた。売れなくてもいい。堂々としたそんなスタイルも眩しかった。

わたしは初出店で、とにかく本を作って出店することが目的だったから、その目標が達成できたわけで、それだけで尊いんだけど、こんなに売れないとは思わなかったから、少しは凹んだ。
でも、一日寝たら、すっきりして、本当に楽しかったと思った。

自分が本を書いたから、本を売ってみたからわかったことがある。
文学フリマで買った本は、作者の方を目の前に、作者本人から手渡された本だ。帰って、その本を読み始めたら、その人が机に向かっている姿が自然と浮かんだ。表紙を作る姿が自然と浮かんだ。売る時の気持ちや、買ってもらえた時の気持ちがわかった。本てこうやって自分の手から離れて人の手に渡っていくんだ。本の熱を感じたことはなかった。本が、本を作る人の顔が見えたことはなかった。

わたしは、とにかく出品することが目的で、小説はそれなりに表紙も考えたけど、エッセイの方は、とにかく時間に間に合えばと、安くて簡単に作れる方法でとだいぶこっちの都合ばかりの本になった。周りの方々の色々考えられて、素敵なデザインに包まれている本を見て、ああ、これではいけなかった。手にとってもらう、買ってもらう人に喜んでもらう本でなければならなかった。とても反省した。

それと、なんだか売るのに緊張して、気が気じゃなくて、本も少ししか買いにいけなかったけど、次回は買いに行くのも楽しもう。もっともっと買いたい。ちゃんとそれも楽しもう。それも反省。

全てが反省の会だった。でもその全ての経験がわたしの宝だ。知り合った人、売れなかったこと、反省したこと。わたしのこれからの間違いなく糧になる。
みんなみんな全てありがとう。本は素晴らしい。大好きだ。教えてくれた文学フリマ、出会ってくれた全ての方に感謝します。ありがとう。


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