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解離性同一性障害(DID)とは──心の奥で守り抜こうとした「自分」たち

1. 「別の自分がいる」という感覚、何が起きているの?

「まるで別の自分が心の中にいるみたい……」
ドラマや映画で見かけることがあるこの表現に、不思議さや恐れを抱いたことがあるかもしれません。でも、これは単なるフィクションではなく、実際に存在する**「解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder, DID)」**という診断名があるのです。

ここで大切なのは、この障害を**「怖いもの」「不思議なもの」**として誤解しないこと。解離性同一性障害は、心が大きなストレスや痛みから自分を守るために働く、自然な反応の延長なのです。

2. 解離性同一性障害って何?

解離性同一性障害(以下、DID)は、ひとりの人の中に、複数の異なる人格が存在するように感じられる状態です。この人格たちは**「交代人格」**とも呼ばれ、それぞれが異なる名前、性格、記憶、行動パターンを持つことがあります。

でも、ここで誤解しないでください。交代人格がいるからといって、すべてが映画のように激しく入れ替わったり、劇的な場面ばかりが起こるわけではありません。多くの場合は、突然過去の記憶が曖昧になったり、部分的に自分の行動を思い出せないといった形で表れます。

3. どうして人格が分かれるの?原因にあるもの

DIDの原因には、幼少期の強いストレスやトラウマ体験が関係すると言われています。特に、身体的・性的虐待、感情的な無視や拒絶といった極度のストレスにさらされた子どもは、心がそれに対処するために「解離」を起こします。

解離とは、意識が現実から一時的に離れて、心を守るメカニズムのことです。ストレスがあまりに強すぎると、心は「そのつらさに直接向き合うのは耐えられない」と感じ、別の人格や記憶の分断を通じて痛みをやわらげようとします。

4. 取り込まれた加害者像と心の葛藤

解離性同一性障害の中には、**「加害者のような人格が存在するケース」が見られることがあります。この現象は、「取り込まれた加害者像(Internalized Perpetrator)」**として学問的に説明される重要な視点です。

幼少期の虐待を受けた人が自分を守るために人格を分化させるとき、加害者による言動や感情が無意識のうちに**「内在化」**されることがあります。

これは、被害者が加害者のような人格を作り出すことで、無意識にその支配的な力から身を守ろうとする適応的な反応です。たとえば、加害者の声で「お前は無価値だ」「お前が悪い」と責め立てる内なる声は、クライエントさんの心に残った深い傷が人格として現れたものだと考えられます。

心理学者Philip Bromberg(2003年)や他の研究者たちは、この現象を**「自己と加害者との間で葛藤する心の断片化」**として捉えています。つまり、心は加害者の存在を切り離すことができず、逆にその要素を自分の一部として抱え込む形で痛みを封じ込めようとするのです。

5. 最新の知見──DIDは作り話ではなく脳にも変化が

DIDに対しては長い間、「作り話ではないか?」「思い込みでは?」といった偏見がつきまとっていました。しかし、近年の脳科学や心理学の研究によって、DIDは確かに存在する現象だと分かってきています。

MRIなどの脳イメージング技術を使った研究では、人格が交代した際に脳の活動が異なることが示されています。たとえば、交代人格によって記憶の処理や情動反応をつかさどる脳の領域が異なって働くことが確認されています(Reinders et al., 2012)。

さらに、DIDのクライエントさんが感じる解離感は、単なる「気のせい」ではなく、生理的な反応としても説明がつくことがわかっています。こうした研究が進むことで、偏見が少しずつ取り払われつつあります。

6. DIDの治療と支援──治るの?どうすればいいの?

**DIDは適切な治療で改善する可能性があります。**治療の主な目標は、交代人格が統合されることではなく、それぞれが安全に共存しながら、クライエントさんが日常生活に安心感を持てるようになることです。

加害者像との向き合い方

取り込まれた加害者像を抱える場合、治療の一環でその人格に対話を試みることがあります。治療者は、加害者的な人格を単に排除しようとはせず、「なぜそこに存在しているのか」「どのようにクライエントさんを守ろうとしているのか」を丁寧に理解することから始めます。

この過程を通じて、クライエントさんは加害者人格との対話の中で「恐れや自己否定」が本来の自分ではないことに気づき、次第にその影響を和らげていくことができます。

トラウマ治療の中心は「安全な再体験」

DIDの治療には、トラウマに焦点を当てた心理療法が効果的です。具体的には、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)やトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)が用いられます。これらの治療では、過去のトラウマ体験を安全に再評価し、現在において心の負担を軽減することを目指します。

7. 知っておきたいこと:クライエントさんを理解し、寄り添うために

DIDのクライエントさんは、決して好奇の的になるべき存在ではありません。心の痛みに耐えながら生き抜いてきた人たちが、今も回復に向けて努力しているのです。彼らが本当に求めているのは、「理解しようとしてくれること」「怖がらずに寄り添ってくれること」です。

8. 最後に:DIDを持つ人が生きやすい社会へ

解離性同一性障害は、決して「特別な人の病気」ではありません。心を守るために、人間誰もが持つ「解離」という自然な反応の延長に過ぎないのです。そのため、彼らを恐れる必要も特別視する必要もありません。

DIDを知ることは、「心がどのように自分を守ろうとするのか」を理解することでもあります。優しく見守り、共に歩む社会をつくることが、DIDを抱える人たちの未来を支える大きな力となります。

カウンセリングオフィス「凪」では、DIDをはじめとする解離性障害やトラウマを抱えるクライエントさんに、EMDRなどのトラウマ治療を提供しています。一人で抱え込む必要はありません。安全な場で丁寧に向き合うことで、少しずつ「今ここ」に安心感を取り戻し、自分らしい生活を築いていけるようお手伝いします。

この記事が、少しでも偏見を取り除き、理解を広げるきっかけになれば幸いです。

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