【トキシックワーカーの影】#1荒れる職場で気づいた120%より大切な未来への突破口ーー変えられない過去、未来を変える “ヒト”に向き合う覚悟
「過去と他人は変えられない。だが、自分と未来は変えられる。」
X(旧Twitter)のタイムラインに流れてきた言葉に、僕の指が止まる。
賑やかな休憩室で、缶コーヒー片手に「なるほどね」と
ブックマークボタンを押した。
その瞬間、スマホにLINEの通知が届く。
吉野:
「桜庭さん、異動が決まりました。
やはり僕にはこの店は厳しかったみたいです。
改装と競合オープンを控えたつばめの丘店ですが、
スタッフとうまくやれませんでした。皆、自分のことしか考えていなくて……。
特に“あの人”がいるうちは戻りたくありません。
桜庭さんと一緒につばめの丘を変えたかったです。」
吉野か……。彼は無能じゃない。
むしろ、コミュニケーション能力も高く、
若手の中では優秀だと感じていた。
少なくとも僕が彼の上司だった頃は、だ。
けれど、まだ2年目。20歳そこそこの彼にとって、
期待以上の負担だったのかもしれない。
それにしても、このタイミングでの異動は厳しいな。
主任も新任のはずだ、
現場のフォローが追いつかなかったんだろう。
つばめの丘か……。
社長が特に注目している店舗だ。
改装に向けて優秀な人材を集めるという話で、
店長や副店長、精肉や鮮魚の主任も新店経験者が集められていた。
個人的に、僕にはこの店に特別な思いがある。
以前の会社で青果主任をしていた頃、
このつばめの丘店を見て転職を決断したからだ。
あの時の恩義が、今でも心のどこかに残っているのかもしれない。
だが、内部が崩壊していたら改装も競合との戦いもままならない。
――まあ、僕には関係ないか。
そう思いながら、休憩を終えて仕事に戻った。
僕は転職組の業界経験者だ。
3年間実績を積んでから、安定した店舗よりも、不安定で問題を抱える店舗に配属されることが多くなった(と、勝手に思っている)。
自分の役割は、問題のある店舗を「クリーニング」して、戦える店舗に変えることだと感じている。
そんな中で、かつて僕は難しい選択を迫られた。内輪揉めが起きたとき、誰を重用するべきかという選択だ。
Aさん:リーダータイプだが独りよがり
Aさんは非常に優秀だった。
だが、その優秀さが裏目に出て「自分が一番だ」と思い込みがちだった。
彼は周りと協力するよりも、自分のやり方を押し通すことが多かった。
その結果、チーム全体を引っ張るどころか、周囲を圧倒し、疲弊させていた。
Bさん:協調性はあるが能力は平凡
Bさんには特別なスキルはなかった。
だが、協調性が高く、チームの雰囲気を和らげる存在だった。
業務能力は人並み以下だったが、彼がいるだけで職場が和やかになった。
しかし、すべてを彼に任せると進行が遅れ、フォローが必要になる場面が多かった。
結果として、僕は目先の業績を優先し、リーダータイプのAさんを重用してしまった。だが、Aさんは次第に傲慢になり、独裁的な環境が築かれた。
周りのスタッフは彼に気を使いすぎて萎縮し、
職場はピリピリした雰囲気に包まれた。
数か月後、人事異動でAさんが去り、Bさんが残ったことで、僕は一つの教訓を得た。
「120%の成績を追い求めるより、80%でいいから職場環境を良くすることが重要だ」
職場環境が整えば、人間関係が改善され、
自然と成績も80%から105%に向上する。
それ以来、僕は「人徳」を何よりも大切にしている。
共働きの我が家では、休みの日は3歳の娘と過ごすことが多い。
朝、公園で遊んでからうどんと唐揚げを食べ、昼寝をして夕食を作る。
夕方になると娘が寂しがって泣き出すが、帰宅した妻とともに夜を過ごす。
そんな時間が、僕の中では何よりの癒しだ。
日曜日の朝、店の噂が広まり、
精肉のスタッフさんが「主任、異動ですってね」と朝一番に言ってきた。
人事異動が発令されたらしい。
「店長から直接聞きたかったけど、まあ仕方ないか。」
この業界では人事異動の情報がなぜか事前に漏れるのが普通だ。
業界の“アルアル”というやつだろう。
桜庭 岬
つばめの丘店 青果 (主任)
「やっと恩返しができる。」
ふと、前職のことを思い出した。
もし、三国志で例えるなら、前職は魏のようだった。
確かに大きくて強い組織ではあったが、
曹操のように厳しく支配的で、
僕にはどうしても馴染めなかった。
だからこそ、今の職場では、劉備のように「人徳」を大切にしたい。
スタッフさんたちを守り、家族のように思う。
店を動かすのは社員じゃない。異動でいなくなる僕たちではなく、
ずっと現場にいるスタッフさんたちだ。
「ヒト・モノ・カネ・情報」――その中で一番大切なのはヒトだと、
僕は心に決めて、残りの日々を過ごした。
「過去と他人は変えられない。だが、自分と未来は変えられる。」