暁美ほむらは、どう説明すべきだったか。説得力のある忠告について
『魔法少女まどか☆マギカ』が面白い。きらびやかな美少女の戦いもの(『プリキュア』とか『おジャ魔女どれみ』)かと思いきや、退廃的で悲壮・苦痛のダークな展開と世界観。どちらかというと『魔法騎士レイアース』をもっと暗くした感じに見えます(似たような小動物が出てくるし)。
1.暁美ほむらの言葉不足
で、一通り見て、今は劇場版(再編集したもの)を見ています。
改めてストーリーを最初から見ているのだけれど、いやいや、最初のほむらの説明がまずい。転校してきてすぐ、保健室にほむらとまどかで向かっているところ。唐突にほむらが切り出す場面。キューベーのことを伝えなければならないのに、あまりにも言葉不足が過ぎています。いかにキューベーが悪者か、どのようにキューベーが騙そうとしてくるか、キューベーの言葉にのっかるとどのような展開が待っているか。そんなところを、まどかが納得するように説明するべきだった。それなのに、ほむらの忠告はこんな感じでした。
こんなに抽象的では、何のことを言っているのか分かりづらい。後にほむらは「あのとき忠告したでしょ」等とまどかに言いますが、これが忠告として機能しているのかどうか……。
文脈からほむらの議論を取り出すとこうなります。
これは本当でしょうか。ほむらが望むことと少しズレている様に感じます。ほむらがまどかに望むことは、「キューベーと契約すべきではない」です。「まどかとの関係をやり直したい」という願いで魔法少女になったものの、時間をループするうちに「まどかにキューベーと契約自体をさせるべきではない」という考えに至り、ほむらは「今」の時間軸にやって来ました。ほむらの考えの核であり、まどかに伝えるべきは、「キューベーと契約すべきではない」なのです。
「今とは違う自分になろうだなんて思うべきではない」と伝えて、「キューベーと契約すべきではない」を伝えたことになるかというと、そうはならないでしょう。というのも、「今とは違う自分になる」は、「魔法少女になる」だけを含んでいるとは限らないからです。「今とは違う自分になる」には、「魔法少女になる」意外のことも含まれます。例えば「もっと勉強して、頭が良くなろう」も「今とは違う自分になる」と言えるだろうし、「運動をがんばって体力をつけよう」も「今とは違う自分になる」に含まれるだろうし、「恋愛をして恋人を作ろう」というのでもいいでしょう。このように「今とは違う自分になる」は他にも解釈の余地があるため、この説明では「キューベーと契約すべきではない」を伝えたことにはならないのです。
ほむらが言いたかったのは、「キューベーと契約すべきではない」。であれば、「今とは違う自分になろうだなんて絶対に思わないことね」などと遠回りなことを言わず、ズバッと直球を言うべきでした。直球で言ったところで、別に不利益はなかったはずですから。
もしかしたら、こう考える人がいるかもしれません。
「この時点で『キューベー』と言ったところで、それが何なのかわからんかったろうよ。この時点ではオブラートに包んで伝えるしか無かったんだよ」
が、それは違います。もしもまどかがキューベーが何者なのか知らないのなら、それも一緒に説明すべきだったのです。主張への納得を促すために。
ほむらは、まどかをいかに説得すべきかを、いの一番に考えるべきでした。まどかを魔法の力で守るのではなく、忠告に納得するように、言葉に説得力をのせる方法を知るべきだったのです。
転校初日の、下校までの間。説得のチャンスはこの時しかなかったはず。この日の下校時には、まどかはキューベーに会ってしまっています。まどかとキューベーが接点を持ってしまったら、まどかはいつキューベーと契約してもおかしくありません。接点を持った直後にキューベーが勧誘しないとも限らないのですから。
ほむらはキューベーと比べて、立場的に不利です。キューベーが「僕と契約すれば何でも願いを叶えてあげる」と言うよりも、「キューベーと契約すべきではない」は、説明が難しい。「キューベーと契約すべきではない」は、キューベーが出てきた後に説明すべき事柄だからです。キューベーが出てきていない時点では、キューベーが何者なのかから説明せざるを得ず、説明する事柄が多いということは、それだけ納得を引き出すハードルが上がります。が、キューベーが出てきた後で説明しようとしては遅い。キューベーが出てきた時点で、まどかが契約をオッケーする可能性もあるからです。だから、ほむらは言葉を工夫すべきでした。キューベーよりさきにまどかと接点をもつという利を生かし、いかに説得力をもって忠告するかを考えるべきでした。
実際、まどかとキューベーが初対面の後、巴マミの部屋で、キューベーの営業が始まっています。
ストリー上、まどかはすぐにキューベーと契約せずに、「ええ、どうしようかな……」的な感じでした。が、もしかしたら、二つ返事で契約してしまっていたかもしれないのです。まどかが考えなしに、次の瞬間には「うん!」とうなずく可能性もあった。まどかには叶えたい悩みがあって、「願いが叶うなら……」と承諾することもあり得た。
ほむらは保健室に行く途中の忠告の時点で出し惜しみせず、ストレートに「キューベーと契約すべきではない」と伝えるべきだったのです。
2.契約してはならない事を、いかに説明するか
(1)論理的な説明とは
さて、ほむらは「キューベーと契約すべきではない」とまどかに伝えるべきでしたが、「キューベーと契約すべきではない」と言っただけでは、まどかは納得しません。これだけ言われても、「? どうして?」と質問が返って来たはず。ほむらは論理的にまどかに説明するべきでした。まどかが「なるほど、確かにそのとおりだね」と納得できるように、理解しやすく、わかりやすく。
そんな、説明に説得力をもたせるための方法が論理なのです。
論理は、相手を説得したり、自分が正しい推論でもって真理にたどりつくために考えられ、積み重ねられてきました。「自分の考えをわかってほしい。効果的に思いを伝えたい。」そんな時に有効なのが論理です。まどかの未来を案じるほむらにとって、最適の方法と言えるでしょう。
(2)主張を理由で支える
説得力をもって説明するには、ある程度「型」が決まっています。「主張+理由+具体例」です。
とりわけ、主張+理由は重要です。論理は、主張と理由の間に現れるものですから。主張しておいて理由が無かったら、それは論理的とは言えません。理由をダラダラと述べて、なかなか自分の考えを示さないのであれば、それも論理的とは言えません。論理は、主張を理由で支えた時に現れます。
「論理が主張と理由の間に現れるのであれば、具体例は何なのか」と言うと、具体例は理由の一部でもあります。理由+具体例で「根拠」とも言います(言い方が統一されておらず、理由を根拠を同じ意味で使う言い方もあります)。
例えば
というよりも
と理由をつけて言った方が、聞いている側は「なるほど」と思うでしょう。この「なるほど」と相手の考えに理解を示せる感覚、「そういうことか」と腑に落ちる感覚、これが説得力です。
主張+理由と言っても、ただ何でも主張に理由をつければいいというわけではありません。主張+理由に理屈が通っていなければならない。例えば、こんな主張+理由は理屈が通っていません。
これでは聞いている側は「? どういうこと?」と疑問に思います。主張に理由がついているからといって、それだけで論理が発生するわけではありません。理屈が通っていなければならないのです。
上記例も無理に想像すれば、理屈が通っていないとも言えません。補完できそうな理由を想像するのです。「Amazonプライムで見られるアニメは、どれも面白い」という理由を補えば、理屈が通っていないとも言えなくなります。こんな感じ。
けれど、理由を想像して補わないと理屈が通らいないのであれば、はじめから理屈が通るように全ての理由を用意するべきでした。理由を省くべきではありません。
私たちが意見を言う際に、理由を省きたくなるのにはワケがあって、それは「理由を省かないと、理屈が通らないことが露呈するから」です。さっきの、この議論
の、「Amazonプライムで見られるアニメは、どれも面白い」は虚偽です。どれも面白いわけではありません。あのアニメやこのアニメなど、面白くないアニメはAmazonプライムにもあります。理由をハッキリと言わないで省きたくなるのは、その理由が虚偽だから。一つ理由が虚偽だとなると、議論全体が虚偽になって、主張を支えられるだけの理由ではなくなってしまいます。理由が怪しいのが露呈する。
理由を省いてしまえば、しっかりとした論証をしなくても済み、実は甘い論証であることが相手にバレず、なんとなくの「感じ」で納得を引き出せるため、多くの人は理由を省きたくなるのです。
論理的であるには最低限、主張を理屈の通った理由で支える必要があるのです。
(3)具体例で説得力を上げる
理屈の通った理由を示せたら、今度はそれに具体例を加えます。理由と同じ内容をもう一回、今度は具体例で伝えます。理由の詳細を、具体例で語って説得力を上げるのです。
どうでしょう。具体例を語れば、「だってストーリーもいいし、それに表現もいいからね」という理由に厚みが加わりますよね。理由は主張を支えるので、最終的には「『魔法少女まどか☆マギカ』は面白い」が説得力を持ちます。
ただし、具体例を語れば説得力が上がるからといって、理由抜きで具体例を語ってはいけません。何を言っているのかが伝わりにくくなりますから。詳細な具体例は、端的に述べられた理由の後に置かれてこそ力を発揮します。
実際に、理由を抜かしての主張+具体例だとこうなります。
どうでしょう。「例えば……」の辺りが、うまく頭に入って来なく、咀嚼(そしゃく)しにくいでしょう。うまく頭に入って来ないのは、何の話をしているのかを前もって示されていないからです。急に細かい話をされては、何の話をしてるのかわからず、文中で道に迷います。まず端的に理由全体を示すからこそ、その後の細かい話が効果的に伝わる。詳細を述べる際は、まず端的な全体像があった方がわかりやすいのです。
説得力をもって説明するには、「主張+理由+具体例」です。
3.鹿目まどかを守る、論理的な忠告例
では、ほむらが言うべきだった説得力のある忠告を作ってみましょう。こんな感じで忠告するのなら、相手が合理的な判断の持ち主であれば納得するに違いありません。
いかがでしょう。このように説明すれば、まどかも納得して忠告を聞き入れ、キューベーと契約をしないでくれるのではないでしょうか。
暁美ほむらは論理的に忠告するべきでした。「今とは違う自分になろうだなんて絶対に思わないことね。」などとハズレたことを言わず、主張を理由で支え、具体例も交えて説明するべきだったのです。
ほむらの時間干渉能力は便利にできています。それまでの蓄積をもって時間をループしているので。時間ループはフィクションではありふれた能力ですが、ほむらの時間干渉は比較的使い勝手があると言えるでしょう。他のループものでは、記憶をもたずに時間を遡行する例があります。例えば『涼宮ハルヒの憂鬱』のエンドレスエイド。キョンたちは記憶をもたずに一万五千回以上も15日間をループしました。そんな記憶リセット型のループに対してほむらの時間ループは記憶をもったままです。記憶どころか経験もリセットされず、ループするたびに蓄積が増えます。技や武器を増やせば、次のリセット時では増えた技や武器を初めから使えるし、判断ミスがあったならば、その教訓を活かして再スタートできます。せっかく記憶をもって時間ループしているし、前回の教訓を活かせるのだから、それまでの蓄積を説得に利用すればよかったのです。記憶が残っているのだから、生々しく具体例を語れるでしょう。判断を十分に支えられる、うまい理由も見つけられたはず。
暁美ほむらは論理を用い、説得力をもって鹿目まどかに忠告するべきだったのです。