「古典の日」事件
今回は公任さんの逸話の中でも大変メジャーなものを。
メジャーすぎて扱うかどうか迷ったくらいですが、11月の重要イベントですので、ちゃんと扱うことにしました。(11月を主張するにはぎりぎりである)
そう、11月1日は古典の日。なぜ11月1日なのかというと、公任さんが原因だったのだ。
改めて解説を。
寛弘五年霜月のついたち、つまり西暦1008年の11月1日に皇子(のちの後一条天皇)の生誕五十日の祝儀があり、宴会が催された。宴もたけなわ、酔っ払いがたくさん製造され始めた頃、紫式部の元にふらりとやってきた人物が。
「恐れ入りますが、この辺りに若紫はいらっしゃいますか」
『源氏物語』の作者にそんなキザなセリフをかけたのが我らが公任さんなのである。
これに対して紫式部は「光源氏に似ている人もいないのに、まして紫の上なんて(いるわけない)」と聞き流すという塩対応。流石に公任さんもお偉いさんなので、口に出しては言わなかったようだけれども、態度には出ていたのでは……。公任さん、玉砕である。
この当時紫式部が公任さんのことを個人的にどう思っていたかはここに書かれていないためにハッキリしないけれども、作者として「光源氏をはじめとした『源氏物語』の登場人物は誰がモデルか論争」に思うところあり、敢えて何も触れなかったという見方もあるようだ。
確かにフィクション作品のモデルを詮索されるのは、作者として面倒なことだろう。当時から、光源氏のモデルは誰かという噂が絶えなかったとのことで、現代でいうと「『鬼滅の刃』の登場人物のモデルは!」というコラム等にも需要があるのに近いだろう。とくに『源氏物語』は宮中のドロドロな恋愛劇であるから、ゴシップ的な面も込みでよく取り沙汰されたのだと思われる。
藤原道長がモデルという説もあるらしいが、私個人的な考えでは、ヨイショだと思っている。
おじゃる「光源氏って絶対道長様ですよね」
道長「そォかなあ♪」
みたいなやりとりが普通に想像できてしまう……。仮に紫式部が否定も肯定もしていないとしたら、それはほぼ否定だろうなと思う。上司の耳に入る可能性があるところで「道長様は光源氏じゃないですよ」なんて言えない。「わしは光源氏みたいに魅力的な男じゃないっていうわけ?」みたいなダル絡みをされる未来が見えるからである。
余談だが、道長は結構めんどくさくて、パワハラももちろんのこと、女房らにおっさんらしいセクハラもしている。千年前なんだから仕方ないとはいえ、言われる側がうざいと感じるのは千年前から変わらないと思う。
「『紫式部日記』の公任(福家俊幸、国士舘大学文学部人文学会紀要 (33)、2000-12)」という論文を読んでいたら、「公任のふるまいは、光源氏気取りの先縱ともいうべきもので」と書かれていてちょっと笑ってしまった。光源氏気取りの公任さん、自分ではバッチリ決まっていたはずだったのではと思うと微笑ましい。
ちなみに当時の公任さんは42歳で三舟の才、光源氏を気取ってもぎりぎりワンチャン許されそうなものだが、紫式部としては「解釈違いなんで」という感じだったのだろう。原則として公式が解釈違いと言ったら、それは公式である。公任さん残念でした。
しかし、この公任さんの光源氏気取りが後世にとっては大きな功績になる。
なんと、これが『源氏物語』が歴史上初めて記録された日なのである。そしてそれが理由で、11月1日が「古典の日」として制定されたのだ。
紫式部としては、「今日ちょっとダル絡みされた。めんどくさかった」くらいの気持ち(地位の高い貴族に作品について触れてもらえた自慢も2割くらいあったかも)で書いたのかもしれないが、その数行の記述によって11月1日が記念日になったわけだ。
ちなみに「古典の日」は国が法的に制定した公的な記念日である。知名度は高くないが、公式記念日なのだ。もう月末だけど「今日初めて知ったよ」って方は、よかったら覚えていってくださいね。
また、このことをきっかけに、それまで「藤式部」と呼ばれていたのが「紫式部」と呼ばれるようになったという説もある。だとすると、紫式部の名前の由来にもなっており(紫式部本人はそれすら不愉快だった可能性もあるけれども)、公任さんの言動の影響は侮れないなと思う。変な話、何気ない一言で人が死ぬレベルですからね。私はこの説はアリだなと思っている。
何気に初登場の紫式部さん。切長の目なイメージです。
今回もだけど、清少納言さんの件とか、日記読むと日頃からイラッとしがちなのかなって思う。よく清少納言と比較されるけど、実際ネガティブなんでしょう。この人は遠慮だったり当時の常識だったりで思ってることをその場で言うことができず、イライラを溜め込んでそう。
あと今回の件から察するに、自分の作品や、キャラクター(光源氏や紫の上)のことはかなり好きなんじゃないでしょうか。こだわりがありそう。
というわけで、今回はここまで。更新お待たせしてしまいましたが、来月も頑張って更新したいと思います。書いていて「やっぱり公任さん好きだなあ」と実感できて楽しかったです。