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イチゴを全力で推す平安貴族
法性寺入道前関白太政大臣といえば誰のことかご存じだろうか。
百人一首76番「わたの原漕ぎ出でて見れば久方の 雲ゐにまがふ沖つ白波」
の作者名に書いてある名前で、あまりに長いので読み札にも二行で書かれている。和歌の方は覚えてなくても、やたら長い名前があったということを覚えている方はいるのではないでしょうか。
この長い名前のお方は、院政期の摂関家のトップであった藤原忠通である。歴史的には、保元の乱の中心人物の一人として有名。また、百人一首に選ばれている通り、和歌も上手いし、漢詩も上手で、ついでに字がめっちゃ上手いことでも知られている。何気に万能人であり、私の推し貴族の一人でもある。公任さんもだけど、やっぱり文化的に才能がある人ってかっこいいよね。
そんな忠通さんがかわいい漢詩を書いているので、ご紹介。
賦覆盆子
夏来偏愛覆盆子 他事又無楽不窮
味似金丹旁感美 色分青草只呈紅
真珠萬顆周墻下 寒火一鑪孤盞中
酌酒言詩歌舞処 満盈珍物自愁空
ちょっと正確な書き下しに自信がないので、ざっくり訳だけ。
覆盆子=イチゴです。
夏が来ると、ただただイチゴを愛する。イチゴに比べたらほかのことなんて全然楽しみじゃないくらいだ。
味は不老不死の薬に似て完璧な美味であり、色は青々とした草の中に際立って紅色が映える。
真珠のようなたくさんの実が家の垣根に実り、寒々とした火が炉の中に灯るように盃に置かれる。
酒を飲み、詩を詠み、歌舞を興じる中に、器にいっぱい盛られたこの貴重なものを見ると愁いも消え去るのだ。
いかがでしょうか。全行でイチゴを賛美しています。ちょっとしたイチゴ過激派。
1行目→夏といえばイチゴ!!いや、むしろ夏=イチゴでほかのことはどうでもいい。
2行目→味は不老不死の薬くらい美味しいです。食べたことあるのかって?いや、不老不死の薬はイチゴの味ですから。色も緑の草の中に紅色がすごくきれいに映える。最高。
3行目→家の垣根に真珠のような実がたくさん実るんですよ。そしてそれが盃に集められると、その紅の塊はもはや火。凍えるような火。美しい。
4行目→酒宴中にイチゴがあってごらんなさい。ストレスや不安なんて消し飛びますよ。
意訳をさらに超訳するとこんな感じ。
惜しみなくイチゴを賛美している中でも、特に「寒々しい火」にたとえているのが詩人って感じですね…。
以前書いた通り、私はイチゴ嫌いなので同意はしかねるのですが、それでもこの詩を読むと、(この人イチゴめっちゃ好きなんだな……)とほっこりしますね。
この詩は、私が院の課題で貴族の作った漢詩を色々調べている中で偶然見つけたものだったのだけれども、もともと好きだった忠通がさらに好きになった。こんなおちゃめな漢詩も読むんだなあと。さらに、漢詩嫌いもちょっとましになった。「漢詩って面白いじゃん!」と思えるようになったきっかけの一つである。
好きなものを語る人を見ると、こちらも楽しい。
学校の先生の授業も、「この先生ってホントにこの教科が好きなんだなあ」と思える先生の授業は不思議と楽しいものだ。
それは時代を超えても同じである。
ただ「イチゴっていいよね」と言うだけにとどまらず、漢詩という芸術的方法を用いてイチゴを全力で推し、賛美しているのを見るだけで、こちらもにっこりしてしまう。
対象がイチゴのような食べ物であっても、「好き」という気持ちは、千年経っても伝わるものなのである。
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