【恋愛私小説】恋する青の鎖鋸1章④「でしゃばりで身勝手な胸騒ぎ」
前回↓
はじめから↓
大学のイチョウ並木が少しずつ色付きはじめた十一月。
学園祭を間近に控えた学内は、少しだけ浮足立っていた。観客を呼ばずに、動画配信のみのオンライン開催とはいえ、コロナで失われていた日常が徐々に取り戻されていくような気がして、少しだけ嬉しかった。
吹奏楽団は学園祭のステージに向け、設けられた準備期間の中で練習に励んでいた。感染対策のために設けられたルール上、ステージで演奏できる人数が限られたため、木管楽器と金管楽器のグループに分かれて一曲ずつ演奏することになった。急募Cでも、モエと俺が木管、ハヤトとコノミが金管に分かれることになった。当たり前に四人で過ごしていたからこのように分けられるのは新鮮だったが、同時に寂しくもあった。
学祭前日。楽団での練習後にツイッターの大学垢で仲良くなった面々と、焼肉に行くことになっていた。
しかし、練習が終わってから焼肉の集合時間まで二時間以上間が空いている上、大学に滞在できるのは練習の間のみだったので、どう時間を潰そうか悩んでいた。
「じゃあこれからアフタヌーンティー行かない? クーポンあるんだけど使い切れなくてさ」
練習後に事情をコノミに話していると、思いがけない提案をしてきた。
「行くしかないやん」
少し食い気味で返答してしまった。前回は自分から誘ったが、今度はコノミの方から誘ってくれた。そのことが無性に嬉しかった。
「二子玉川の方まで来てくれたりする? 家近いから助かるんだけど……」
「どこでもいいよ!」
喜び故に何でも許せる気がした。約束の焼肉屋は池袋にあったが、少し長居しても余裕だろう。
神保町駅の半蔵門線のホームから、普段は背を向ける渋谷方面の電車に彼女とともに乗り込んで、二子玉川駅に向かう。車窓からはいつもと違うビルが立ち並ぶ景色が繰り広げられる。コノミにとってはいつもの帰り道であろうが、俺にとってはちょっとした冒険のようで少しだけ心が踊った。
二子玉川駅に着くと、構内直結のショッピングモールがすぐさま目に入ってくる。ガラスがふんだんに使われて、吹き抜けもあるために、開放的でスタイリッシュだ。
四階にお店があるのだという彼女についていく。
着いた店内の雰囲気は落ち着きつつも眩しいといった具合だった。フローリングの床と壁はライトブラウンで統一され、お店のイメージカラーであるビリヤードグリーンの柱が白い天井から伸びる。紅茶を嗜むような上品な女性が好むのは、こういう空間なのかもしれない。
テーブルに座っている他の客はやはり女性ばかりだった。自分の存在が黒一点で浮いていないかと少しだけいたたまれない気持ちになったが、何も気にしていない様子のコノミを見て、なんだか馬鹿らしくなった。
当然といわんばかりに店員にアフタヌーンティーセットを頼む彼女に対して、迷った挙げ句ティーソーダを頼んだ。
運ばれてきたアフタヌーンティーセットの皿の上には、三種のデザートがあった。ショートケーキ、アップルパイ、スコーン。コノミが慣れた手付きで丁寧にスコーンへクリームを塗っていく。彼女のこういった仕草は、何度見ても美しい。
「よくここに来るの?」
「時期によるかな。でも受験期には毎週友達と通ってた!」
こんなお洒落な場所に通い詰めていたのか。自分の受験期なんて、家と塾と学校を行き来した思い出しかない。やはり彼女とは住んでいる世界が違う。
やがて話題は吹奏楽団のことになっていった。あの先輩の音色が綺麗で好き、あの人は音程感がひどすぎて自分もつられそうになるから嫌だ、など団員一人一人の演奏について互いに意見していき、気づけば俺が意見される番になっていた。
「君はなー。やっぱ高一の音って感じがするかも」
相変わらずコイツは。
容赦なく自分の音に意見する彼女だったが、逆に信頼できるなとこの頃は開き直っている。躊躇いもなく告げる彼女の眼差しは、やはり濁りを覚えない。いつか彼女を唸らせるような音色を奏でることができるだろうか。
その後も彼女が繰り広げるマシンガントークに身を委ねていると、時間があっという間に過ぎていった。時計に目をやった時にはすでに二時間近くが経過しており、そろそろ店を出て約束の焼肉屋に向かわなければ。
「そろそろ店出ないと、あっちの約束間に合わないわ」
「えー、ヒロくんが席立つまで私動かないから。練習が長引いたってことにしよう? そしたらもう少し喋れるよ」
悪魔のささやきとはまさにこの事だろう。普段は大きく見開かれている目をここぞとばかりに薄めて、悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女の表情は、まるで好奇心旺盛な子供のようだ。
「しょうがないなー。少しだけね?」
投げやりな口調で返したが、本当は嬉しかった。コノミが自分との時間を楽しんでくれているという現実が、頭を愉悦で満たしていく。立ちかけだった中途半端な体勢を崩して、再び椅子に深く腰掛けた。
そこから三十分弱話し込んだ後、クーポンを持っているからという理由でコノミが会計を済ませた。
「自分の分払うよ。いくら?」
クーポンを使ったからといって、流石に無料というわけではないだろう。
「払わなくていいから、次なんか奢ってよ」
「分かった。いい場所探しとくわ」
当たり前のように言い渡された「次」を大げさに期待してしまうのは、自分だけなのだろうか。彼女も同じであればいいなと身勝手に思う。
コノミと別れた後、約束の池袋に向かうため一人電車のホームに立っていた。未だ鮮明な彼女との会話を反芻してしまう。
もっと喋っていたかったな。
まだ一緒に居たかったな。
コノミと共に過ごせば過ごすほど、彼女の新たな一面を知っていく。そのたびに感じる価値観の違いが新鮮で、面白いと思う。裏表なく自分の考えを伝えてくる彼女に、ここ数ヶ月で幾度となく心が振り回されてきた。真っ直ぐな瞳ともに放たれる言葉には、いつだって敵わない。今日だってそうだった。
いつの間にか胸の鼓動が早くなっていた。どうしてこんなにもうるさく鳴り響くのか。
いや、俺はこのでしゃばりで身勝手な胸騒ぎを知っている。
「好きだ。」
思わず呟いてしまった好意を、否定することができなかった。
それどころか自分の中にひしめく彼女への感情に、名を与えられたような気がした。
彼女の瞳が好きだ。
彼女の仕草が好きだ。
彼女の声が好きだ。
彼女が紡ぐ言葉が好きだ。
答えを得た想いがどこまでも広がっていき、心がゆるやかに温もりで満たされていく。
「好き」を自覚することはこんなに幸せなことだったか。
この幸せを、彼女の余韻を抱きしめたまま眠りにつきたい。
それをどうして顔を合わせたこともないような有象無象の友人もどき達との時間で塗りつぶさなければならないのか。
理不尽にこれからの約束の価値を吐き捨てるくらいには、膨れ上がった恋心を尊びたいと思った。
次回↓
【お詫びとご報告】
先日申し込んだ文学フリマ東京38への出店ですが、まさかまさかの当選との事!
かなりの申し込み数だったため、先着の確定枠を逃した際には、半分諦めで就活を頑張ろうと開き直っていましたが……(笑)
大学生最後の年、就活に卒制に文フリと、開幕からカオスなことになりそうです。
「鎖鋸」の続きを再び冊子として仕上げて文フリという大舞台でお披露目できるよう頑張りますので、今後とも何卒よろしくお願いいたします🙇♂️
先日ご報告した上記の文学フリマ東京38出店の件ですが、私の手続きの不備により、出店不能となってしまいました😭
代わりに9/8開催の【文学フリマ大阪12】に出店することにしたので、東京38で出品予定だった新刊はこちらで販売しますので、改めてよろしくお願いします!!
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