【恋愛私小説】恋する青の鎖鋸1章⑤「この慕情を鎮める術を」
前回↓
はじめから↓
それから数日後。
『この前のアフタヌーンティーのお返しで連れていきたい所あるんだけど』
そのメッセージと共に、ある喫茶店のウェブサイトのリンクをLINEでコノミに送信した。
高円寺にあるその喫茶店は、店員が旅先で手に入れた食材を用いて、クリームソーダとカレーを提供するという他に類を見ないコンセプトを掲げている。喫茶店のツイッター公式アカウントから毎月限定のクリームソーダの紹介が投稿されるたびに、いつか行きたいと思っていた。
ちょうどいい機会だと思い、念願の喫茶店に彼女を誘うことにした。
『ここずっと気になってた! 行きたい!!』
コノミも知っていたのか。偶然に喜びつつ、互いの予定を照らし合わせた結果、二週間後の十一月二〇日に行くことにした。その喫茶店では昼の部と夜の部があったが、なんとなく夜の部を選んだ。
しかし、予定の三日前にコノミから急な連絡が入った。
『本当に申し訳ないのですが、土曜日の集合時間とお店変えられませんか』
『一時〜二時半で、最寄りで母校×母校のコンサートがありまして、どうしてもどうしてもそれを見たくて、でも夜は空いていないので夜の部だと時間が厳しくて』『私の地元の喫茶店で奢ります。如何でしょうか』
中学高校と吹奏楽を続けている彼女にとって、自分の出身校同士が音を共にするステージなど、見逃せるはずもないだろう。自分は高校から吹奏楽を初めたため、そういう意味で母校と言える場所は一つしかないが、自分がコノミの立場ならどんな予定よりも優先してコンサートに行くだろう。
「いいよー。どういう喫茶店?」
「ありがとう! 桜新町にある、すっごいオシャレな喫茶店です!」
自分が行きたかった喫茶店ではなかったが、彼女と行けるならどんな場所でも素敵に思えるだろう。
約束の十一月二〇日。
またしても渋谷方面の半蔵門線に乗り込んで、桜新町に向かった。
駅の改札で彼女と待ち合わせて目的の店に向かう。
「今から行くとこ、イタリアンレストランでもあるからディナーもいい感じなんだよね」
「へー」などと適当な相槌を打っているうちに、店に着いてしまった。駅を出てから一分と立っていない。
なんだこのお洒落すぎる空間は。
黒い天井とレンガの壁に囲まれる店内が、優しい橙の照明で照らされている。イタリアンレストランというだけあって、中世のヨーロッパを模したような調度品がいくつも置かれている。
もはや結婚のプロポーズの場としても遜色ないと思えるくらい、「そういう意味」で雰囲気がいい。
コノミは絶品だというティラミスと紅茶を頼み、俺はコーヒーと「ズコット」を頼んだ。ズコットとは何のことか最初は全く分からなったが、「季節によって素材を変えてお届けする、ドーム型の自家製ケーキ」と説明書きがあった。今はモンブランを提供しているらしい。
「演奏どうだった?」
「ほんっとうに最高だった! ヒロくんが色々と合わせてくれて助かったよ」
続いて演奏の内容を語り始めるコノミの顔はとても満足げで、その嬉しさがこちらまで伝わってきた。
好きなものを語るときの彼女が好きだ。目を輝かせ、いつもより声を上ずらせて、まくしたてるように「好き」を伝えてくる。普段の落ち着いた彼女の振る舞いからは考えられないそのギャップが、なんだかとても愛おしい。
高く盛り付けられたモンブランを崩さないよう、慎重に食べていると、コノミが提案してきた。
「私のティラミスとシェアしない? 口つけのものとか気にしなければだけど」
そっちこそ気にしないのかよ。
「全然気にしないからいいよー」
彼女の言動一つ一つに、いちいち考えを巡らせてしまう。
前回のアフタヌーンティーと同じようにかなり話し込んでしまった。集合したのは十五時だったが、すでに十八時半を回っている。
「そろそろディナーの時間だけどどうする? 夜ご飯もここでいいならまだ喋らない? 流石に全部は奢れないけど……」
「じゃあそうするわー」
願ってもない提案にもちろん食いつく。まだ一緒にいれるのか!
「本当? 時間とかお金大丈夫?」
「大丈夫。好きだなって思った場所とか人に、時間とかお金惜しみたくない」
そう思える人が、いつも隣にいてくれるとは限らないのだから。
「ヒロ君彼女とかいないの?」
頼んだ夕食も済ませても止まらない会話の中で、コノミが唐突に切り出してきた。
「いたら女子と二人でこんな場所こないよ」
「そりゃそうかー。元カノは?」
「部内恋愛してたけど五月に別れた子いるよ」
思えばコノミとは今まで恋愛話をしたことがなかった。
「え、めっちゃ気になる。どんな子だったの?」
好奇心に溢れた瞳をこちらに向けてくる。俺はこの目に弱い。飽くなき探究心で、こちらの心に土足で上がり込んでくる。あれだけ苦しんだユウキのことも、彼女にとっては一つの話題に過ぎないのだろう。それでもコノミとの会話が弾むならと、仕方なく思いの丈を差し出した。
「よくある話じゃん。でも辛かったね〜」
よくある話か。呆気なくそう括られたことが心外だった。しかし、俺のあの時のユウキへの執着は異常でみっともないものだと考えていたから、それが普通だと一蹴されたことで少し救われたような気もした。
「コノミはなんかこういう話ないの?」
俺が話したんだから聞く権利くらいあるだろう。一体どんな話が彼女から繰り出されるのかと期待してしまう。
「私はねー、高校の時休みの日に一緒に楽器を吹きにいくくらい仲のいい人とかもいたんだけど、進展しなかったかな」
「ストーカーみたいなことをしてくる人もいたから、結構トラウマなんだよね」
「恋愛結構苦手かも」
最後の言葉を聞いた瞬間、血の気が引くような感覚に襲われた。矢継ぎ早に紡がれた彼女の経験も意外だったが、それ以上に恋愛が苦手だと言うことで、俺の事を牽制してきたのかと勘ぐってしまう。
十九時すぎに店を出たときには、もうすでにあたりは夜に包まれていた。必要以上に街を明るくする外灯の明かりが俺たちに降り注ぐ。橙のまばゆい光に照らされた彼女が、より一層輝いて見えた。
「今日はありがとね。楽しかった!」
そう告げて帰路につくコノミのことを「かわいいな」と目で追ってしまう。どうしようもなく「好き」を募らせた自分を止めることができない。
『人間関係は化学反応。一度作用し合ったら、もう元には戻れない』
好きな漫画を通して知った哲学者の言葉が、頭から離れなくなった。
LINEで改めて誘う。
『言い忘れてたわ 本来行くはずだった高円寺の喫茶店まだ行く気ある?笑』
『いいよ、行きたい』
告白しよう。
それ以外に、この慕情を鎮める術を俺は知らない。
次回↓
(投稿かなり遅れてしまい、申し訳ございません… !
連載予定日に自分の恋愛観の根底を覆しかねないことが起きまして…笑
いつか必ず記事にしますので、その時までお待ちください🙇)
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