大佛次郎
日本大使館の図書館で『大佛次郎』の本を借りてきました。
文学少女でなかった私は、『だいぶつ じろう』だと思っていました。
『おさらぎ じろう』と読みます。
名前を正しく読めないくらいなので、もちろん、知りませんでした。
そんな時に、こちらの記事を読みました。
いいタイミングでした。
私は、まだ金閣寺に行ったことがありません。
もちろん、金閣寺の庭も見たことがありません。
普通は修学旅行で行くので、なぜ、行ったことがないのかと不思議に思ったかもしれません。
小学生の時は、関東に住んでいました。そのため、修学旅行は、東京、神奈川方面でした。
そのまま、関東に住んでいれば、中学で京都・奈良の修学旅行、高校で、京都・広島の修学旅行で、金閣寺へ行けたはずです。
しかし、中学生になると同時に関西に引っ越しました。そのため、小学生の時に、京都・奈良が修学旅行で、中学では、福岡・長崎が修学旅行となりました。高校は、長野でスキーでした。
修学旅行で京都・奈良に行くことはありませんでした。
じゃあ、家族旅行でと思うかもしれないけれども、中学の時は剣道漬けの毎日で、京都へ行ったけれども、京都府立体育館と北野天満宮しか行っていません。
就職してからも行かなきゃと思いつつ、国内は行く気にならず、海外を飛び回っていました。
夫の初来日時に京都へ行くというので、それで、二条城は一緒に行きました。仕事の休みをとるのが難しく、金閣寺へ夫は一人で行き、私は行っていません。
そして、今に至ります。
行ったことがないので、大佛次郎さんの『帰郷』に書かれている金閣寺の庭の良さは分かりませんが、次の帰国時に行けたら、行ってみたいと思います。
しかし、『帰郷』の次の展開が気になり、さくさく読み進められました。戦後の生活も分かるし、おすすめです。
さらに、その次の『ドレフュス事件』も興味深かったです。『ナナ』や『居酒屋』などを書いたエミール・ゾラがドレフュスの味方になり、イギリスに亡命するなど、意外な発見もありました。
その次の『詩人』は、短い話でしたが、
・ボリショイ劇場
・市議会議事堂
・ヴォスクレセンスカヤ広場
・アレクサンドロフスキー庭園
・イリインカ通り
・ヴァルヴァルカ通り
・スラヴャンスキー・バザール・ホテル(チェーホフやリムスキー・コルサコフが泊まったことがある)
・トヴェリスカヤ通り
・クズネツキー・モスト
など、モスクワが舞台で、セルゲイ公の暗殺について書かれていました。
読んでいて、モスクワ中心部の景色が思い浮かびました。
私が撮りためた写真の中から、これらの場所のものを貼ります。
ボリショイ劇場
夜はこんな感じです。
2012年はまだ、イルミネーションがぎらぎらしていませんが、冬の夜は、イルミネーションがぎらぎらしていて、小説のイメージとは違うと思います。
市議会議事堂
現在は、1812年戦争博物館になっていますが、小説に書かれた時代は、市議会議事堂でした。
写真を撮った時が、5月9日の戦勝記念日の数日前なので、簡易トイレがたくさんありますが、普段は、簡易トイレはありません。
天気を見て、中心部にもう一度写真を撮りに行きます。
全景をおさめるのが大変でした。
建物の横からも撮ってみました。
屋根などがロシアらしい建築です。
窓枠もロシアらしいです。
余談ですが、現在、1812年戦争博物館の外国人の入場料は2000ルーブル(約3422円)になっていて、もう中に入れないと思っています。
ヴォスクレセンスカヤ広場
ヴォスクレセンスカヤ広場というのは、今はありません。今は、革命広場という名前になっている辺りです。
市議会議事堂の前の部分です。
この写真の左の建物が市議会議事堂だったので、この辺りもヴォスクレセンスカヤ広場です。今は、マネージ広場と言います。
イルミネーションがキラキラしているので、小説に書かれている暗い広場とかけ離れてしまいますが、この辺りもヴォスクレセンスカヤ広場です。
小説は、人通りがないとあるので、またイメージが違いますが、この辺りもヴォスクレセンスカヤ広場です。
夜も今は明るすぎて、イメージが違います。
アレクサンドロフスキー庭園
ここに、1人が待機していました。
この写真には写っていなくて、もう少し左側のところにいたと思います。
イリインカ通り
1人は、イリインカ通りに待機していました。
イルミネーションやヨールカは、当時はなく、真っ暗です。
ヴァルヴァルカ通り
ここにも1人が待機していました。
スラヴャンスキー・バザール・ホテル
チェーホフやリムスキー=コルサコフが泊まったことがあるホテルです。
建物が横に長くて、全景がおさまりません。
何回かに分けて部分的に撮ることにしました。
トヴェリスカヤ通り
本では、トヴェリスカヤ通りになっていましたが、ガイドブックなどでは、トヴェルスカヤ通りとよく書かれています。
クズネツキー・モスト
仕事帰りに通ることが多かったので、夕暮れです。
最後は、『地霊』を読みました。
これも、まさかの帝政ロシア時代のユダヤ人のテロリストの話でした。このテロリストの名前は、カタカナでアゼフと書かれていて、私は、何度もアゾフと読み間違いました。
この話も実在した人物で、興味深かったです。
日本文学でロシアが舞台になっている小説は、まだ他にもありそうだから、また、見つけて、こんな風に、小説の舞台になった場所の写真を撮れたら紹介します。