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【南大沢土木構造物めぐり】No.72 蚕種石という地名を歩く
国土地理院の現在の地形図を見ると、町田市と八王子市の境界付近に、「蚕種石」という集落の名前が確認できます。蚕の種の石、というネーミングだけで、桑都と言われた八王子や、八王子から横浜まで、幕末の開国以降貿易のための交易の道として栄えた「絹の道」などに関連する名前であり、非常に興味があると思いました。それで、今回はこの蚕種石という地名の場所を歩いて見たいと思います。
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■蚕種石とは
蚕種石は、「こたねいし」(もしくはこだねいし)と読みます。養蚕業にとって、蚕が卵からきちんと孵化することが重要です。お蚕様がきちんと育つことを祈念して祀られた石であるといえるでしょう。この地域で養蚕が盛んだったことを伝える一つの証のようなものであるといえましょう。
■蚕種石地区を歩く
では、蚕種石地区を歩いて見ましょう。
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町田街道と国道16号の八王子方面への道が分岐する、「相原三叉路」からスタート。普段から交通量がそこそこ多く、車で走る人にとっては、少し避けたくなる交差点です。
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1本脇道に入ると、いきなり古い趣のある通りの風景になります。
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常夜燈と石碑がありました。常夜燈には「秋葉大権現」とありました。
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国道16号に沿った古そうな細い道。ここで一つ発見。
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何と、木製の電信柱に取り付いた、街路灯が現役で使われているのを見つけました。きちんと街路灯の管理番号もついています。よく今まで現役で使われていたものと感心しました。
■そして、蚕種石とのご対面
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木製電柱のある場所のちょうど向かい側の路傍に、蚕種石がありました。
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隣の説明看板に書かれている内容、少し長いですが引用します。
蚕種石(こたねいし)の由来
今を去る二千八百年前、公家筆頭中臣氏の祖先、天種子命と云う、武勲稀に見る命が、神武天皇東征のみぎり、はるばる九州日向の地より、天皇に従い抜軍の大功を立てられたので、他の命達が此の高い功にあやかる為、ここ武州相模の里に、天種子のお姿として土に埋もれた山石を清め、蚕種石と名付け、代々あがめ伝えられるもので、特にこの土地を蚕種石谷戸と名付けられ今日に至っている。
斯くて命は、九州筑紫の国莵狭に至り国造の女狭津子姫を娶り、土地の豪族を従え農蚕に励まれたと古文書にも記されているが、たまたま大東亜戦の終局と共に、いつしか由緒ある此の地の石は埋もれ、省みられなかったのを、この地に住む柴田圓治氏が石の由来を知り、矢島藤吉氏を中心に昭和四十二年六月十二日、谷戸の有志十四名と計り、柴田家の屋敷内へねんごろに奉祀した。
後に、柴田家母屋建て直しにより、平成三十一年一月十九日の吉日に、
諏訪神社の境外であるこの地に遷座されるに至った。
※滋賀県伊香郡 (県社) 伊香具坂神社の御祭神こそ、実に種子命であることを附記する。
ということで、天種子命(あめのたねこのみこと)を祀る石というのが、この石の由来で、この石があった谷戸を、蚕種石谷戸と呼んでいたようです。天種子命は、滋賀県の伊香具坂神社に祀られており、「筑紫の国莵狭」とは、今の大分県の宇佐神宮を指すようです。遠くの地に由来する神話が、この地区で語り継がれているというのも、なかなかすごい話だと思います。
■周囲の探索の続き
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蚕種石のある場所から振り返ると、のどかな風景のすぐ後ろに橋本の高層マンション群、さらに背景に丹沢の山々が見えます。
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蚕種石の脇に続いている小径。少し奥の耕作地に通じる道ですが・・・、
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馬頭観音が傍らにあり、昔からの道だったようであることがわかります。尾根伝いに尾根緑道のほうに上がっていく古い道だったようです。
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古びた消防水利の標識。古くからあるような感じがします。
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石仏がいくつか鎮座していました。花が手向けられています。今でも大切にされているのですね。
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谷戸の縁部に続く古い道。車も通れない狭さです。
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谷戸の谷底には、古そうな民家もあります。
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斜面の上部は公園になっているようです。その名も「小山ヶ丘こだねいし緑地」。坂の上は、多摩境通り沿いの新しい宅地です。昔の地名がこんな形で残っているのは興味深いです。
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谷戸の谷底は、古い家や比較的新しいマンションで埋め尽くされています。のどかな雰囲気にも見えますが、意外にもかなり市街地と化しています。
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谷戸の上部に来ました。向こう側に見えるのは、谷戸の反対の縁部を走る、国道16号線です。
■国道16号を歩く
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谷戸のてっぺんに来ました。国道16号に合流。もう少し16号の坂道を上がってみましょう。
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坂の上にある、ロテン・ガーデンという天然温泉。玄関は滝のようなお湯がしたたる演出がされています。
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相原坂上交差点。国道16号と多摩境通りが交わる交差点です。これを越えると八王子市。尾根のてっぺんでもあります。しかし、今回は町田市側に折り返します(笑)。
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国道16号のおにぎりマーク。橋本方面に向かって坂を下っていく途中。車で走る人にはなじみの風景かもしれません。
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300m先に左に曲がる道がありますが、そのさらに手前から分岐する細い道と300m先に曲がる道の間の細い谷戸が、蚕種石谷戸です。
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蚕種石谷戸の途中にあるバス停。坂下バス停です。せっかくなので、「蚕種石バス停」だったらよかったのですが。。
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蚕種石谷戸の下部は、坂下交差点です。
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坂下交差点のすぐ近くから、国道16号沿いに走る古そうな道があります。おそらく国道16号の旧道と思われます。
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わずかな距離ですが、国道の旧道の佇まいを感じます。
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相原交差点の手前で、旧道と新道が合流します。
■終わりに
町田市にある、蚕種石という地名。古い神話の伝説もあったようですが、地域の養蚕に関係する地名が、谷戸の名前として残っています。ちなみに、蚕種石は、この近所ではもう1か所、多摩境駅前にある、札次神社の境内にもあります。八十八夜になると、この石が緑色に光り、それを目印に蚕を孵化させるという言い伝えもあるようです。いずれにしても、養蚕を生業とするこの地域の人たちに、大切にされてきた丸い石を祀る文化が、この地に根差していたようです。
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蚕種石という地名が地図に残っていますが、この地域の地名は今では「町田市相原」という地名になっており、この蚕種石という地名も、絶滅危惧にあるのではないでしょうか。そういった地名や、美しい石を祀る文化が、語り継がれていくと良いと思います。