【西新宿プチ散歩】「角筈にて」の世界
「角筈にて」
という短編小説を読みました。「鉄道員(ぽっぽや)」という浅田次郎さんが書き、高倉健・広末涼子などが出演する有名な映画にもなった作品の原作が収録された短編小説集です。「角筈にて」は、この短編集に収録されています。
角筈(つのはず)とは・・・、新宿にあった昔の地名です。今昔マップで、明治末期ごろの新宿駅周辺を見てみると・・・、
新宿駅周辺は、昔「角筈」という地名でした。この地図の時代(明治末期ごろ)は、
豊多摩郡淀橋町角筈
という地名でした。小説の中にも、「角筈のゴールデン街」という名前が出てきますし、「角筈バス停」という名前が、かなり重要な舞台として出てきます。そんな小説の舞台だった角筈を、少し歩いてみたいと思います。
■「角筈にて」とは
浅田次郎さんが1997年に出版したベストセラー作品集「鉄道員」の中に収録された作品です。
40代の商社マンの貫井恭一が、社内の出世コースから外れ、南米に転勤が決まった際の壮行会の後で、昔角筈と呼ばれた歌舞伎町付近を訪れます。そこは40年くらい前の子供の時(昭和30年くらい)に父に捨てられた忘れたい過去がある場所。帰らない父を待った後でバスに乗り淀橋へ。その淀橋にある小さな家で育ち、東大に合格し、商社マンでトップを歩んできて、妻・久美子と家庭を持つようになった今の恭一が、歌舞伎町で見た風景とは。
新宿周辺を、この作品に書かれたことを通して、少し見てみたいと思います。
■角筈バス停
作品の舞台となった、角筈バス停(今の歌舞伎町バス停)です。少年時代の恭一は、ここで捨てられた父を待ち続け、ローセキで零戦を書き続けてバスを見送り続けます。今は新宿西口から都心方向に向かう都バスの停留所になっています。実はこの角筈付近は、1960年代までは都電のターミナルがあった場所でした。
作品では、角筈から淀橋までバスで移動しましたが、角筈から淀橋を通り、青梅街道沿いに荻窪までは、昭和38年まで「都電杉並線」が走っていました。この杉並線は、昔は西武鉄道が敷設した路面電車で、前年(昭和37年)に今の東京メトロ丸ノ内線が荻窪まで開通したことを契機に廃止されました。
都電でなく都バスを舞台にしたのは、父を待ち続ける少年の寂しさを表現する舞台としてより印象的だからなのでしょうか。
■角筈のゴールデン街
角筈のゴールデン街。昭和30年代の風景を色濃く残しているので、舞台になったのではないでしょうか。
今では、色々なお店があるちょっぴり妖しく、魅力的な場所になっています。ラーメン凪の煮干しラーメンは、美味しいので是非お試しください。
■淀橋付近
作品中では、バスで2つ目の停留所から坂道を下ったところに叔父さんの家があったとされています。成子天神から神田川の淀橋に向けて下っていくのが、成子坂です。青梅街道を歩いて成子坂を歩いてみましょう。
一つ目のバス停は、東京医大病院前バス停。このあたりは、作品中では、恭一と久美子が浄水場の敷地で遊んでいて怒られたエピソードが描かれています。今やアイランドタワーと東京医大病院の近代的な建物が並ぶ場所です。
現代の恭一は、東京メトロ丸ノ内線に乗り、新宿三丁目駅から西新宿駅まで二駅地下鉄に乗るのでしょうか(笑)。このあたりは駅間も近いので、地下鉄で2駅分歩いた気にはあまりなりません。
2つ目の停留所は、成子坂停留所です。ここで恭一がバスを降りて淀橋の家に行ったとされています。このあたりも、最近どんどん再開発ビルやタワーマンションが立ち、新しい住民が少なくない場所ではないでしょうか。昭和30年代の古い時代は忘れ去られた感じなのでしょうか。
■淀橋付近の古い街を歩く
淀橋は、青梅街道が神田川を渡る橋です。ここを越えると、中野区に入り、山手通りとの交差点は中野坂上駅です。
淀橋の叔父さんの家がある雰囲気は、少し北側の新宿村スタジオの北側、今でいう北新宿、昔でいう柏木地区に残っています。
柏木地区には、昔ながらの温かい雰囲気の下町のような風景が広がっています。
■消えた角筈という地名を探す
消えた角筈と言う地名は、歌舞伎町付近より、どちらかと言うと甲州街道沿いに残っています。
甲州街道には、いまだに「角筈二丁目」バス停が残っています。新宿から武蔵境を結ぶ小田急バス。今や1日2便となってしまったバスが走っています。
国道20号の歩道橋に、「角筈」という地名が残っています。私はこの印象が強いので、角筈と言う地名は、西新宿のこのあたりを指すものだ家だと思っていましたが、昔はもっと範囲が広かったようです。
また、新宿区民のための施設である、「角筈特別出張所」が、新宿中央公園に隣接した場所にあります。図書館、公民館などの機能もある、区民の暮らしに必要な施設があります。
■終わりに
新宿を散歩して、「角筈にて」という小説に出会い、それを読んで歩き、その世界を楽しみました。主人公は貫井恭一ですが、間違いなく隠れた主人公は、昭和30年代の新宿、ゴールデン街や、淀橋近くの柏木地区の古い町並みなどなのでしょう。作中にも書かれていますが、角筈、柏木、十二社(じゅうにそう)、成子坂といった、地名が消えていくことも、主人公やその父親の幻と同じような存在として描写されているのかもしれません。
時代は変わり、街の雰囲気もすっかり変わりましたが、そんな過去の街やそこで暮らしていた様々な人の面影に思いを巡らせながら、街を歩くのもとても楽しいです。