ワインと開く記憶のタイムカプセル
小学校卒業前、20歳になったら掘り出そうと母校のクスノキの下にタイムカプセルを埋めた。
その中に、ワインを入れようと言った男の子がいた。
その子はお金持ちの子だった。
ワインは時間が経つほど熟成されておいしくなるんだよ!
20歳になってこのタイムカプセルを開けるときにみんなで飲もう!
なんて大人でおしゃれなことを言うんだろうと思った。
お金持ちは発想まで違うな、なんてみんなで笑っていた思い出。
担任の先生がワインを買ってきてくれて、それぞれ当時の宝物と、将来の自分への手紙を入れたタイムカプセルと一緒にワインを埋めた。
・タイムカプセルを開ける日に休んだりするなよ
・来なかった人は罰ゲームな
・熟成させたワインはどれほどおいしいんだろう
・開けるときにおつまみも買ってこなくちゃね
タイムカプセルを開ける8年後も変わらない関係であると信じて疑わなかった、お酒の味も知らないのに熟成ワインを楽しもうとした、幼き日の会話や笑い声を思い出す。
タイムカプセルを開ける8年後、一緒に埋めた48人中、その場所に行ったのは数名だったと後から聞いた。
来なかった理由は様々。
進学して地元にいない、仕事がある、連絡がつかない、とかね。
わたしも仕事があって行けなかった。
いや、休もうと思えばきっと休めた。
タイムカプセルを開ける日時は、当時の自分が書いたお知らせハガキを8年間大切に保管してくれていた実行委員の子のおかげでずいぶん早くから分かっていた。
仕事を理由に「行かなかった」のである。
あの頃は開ける日をとても楽しみにしていたのに。
タイムカプセルを開けるために休みたいです、なんて理由じゃ仕事を休むのは申し訳ないと思ったし、ワインがどういう味かも知っていたし、なんの工夫もせず土の中に埋めたワインは衛生的に飲めないということも分かっていた。
それにわたしはお酒があまり好きではなかったし、
なにより、今さら小学校のときの友達に会っても・・・という気持ちがあった。
わたしは大人になってしまったのである。
タイムカプセルと一緒に埋めていたワインは、案の定飲まずに廃棄したらしい。
それから数年が経ち、同窓会が開かれることになった。
返事を渋ったわたしを友人が引っ張っていく形で参加することになり、会場となるお店に入る直前まで憂鬱な気持ちでいっぱいだった。
久しぶりに会った友人たちの外見は、面影が残っている人、同一人物?と疑いたくなるような変化をとげている人、苦労が出ている人、と様々で、時の流れを感じさせた。
知らない人たちみたいで最初は緊張したものの、話せば大好きだったあのころの友人たちのままで、すぐに昔のように打ち解けていた。
話の流れで、あのタイムカプセルの話になり、みんなでワインを飲もうということになった。
果たされなかった約束を、数年ごしに実現させようと。
乾杯!
タイムカプセルにワイン入れようといった彼の発声で、みなが一斉にワインを口に含んだ。
20歳のときに果たされなかった約束が実現した瞬間、
うまい!という人
顔をしかめる人
初めて飲んだ人
酔っぱらっていてもう味が分からなくなっている人
感想は様々だったが、みんな笑顔だった。
忘れていた当時の記憶が次々と思い出され、饒舌になった面々は当時の暴露話などを披露し、憂鬱だったのが嘘かのように笑いの絶えない楽しい時間を過ごした。
どうしてこんなにも楽しい思い出を、わたしは忘れていたんだろう。
成長するにつれて嫌なことも増えていき、そんな忘れたい記憶とごちゃまぜにして、一緒に封印してしまったんだろう。
ワインがそれを思い出させてくれた。
居酒屋さんの、なんでもないどこにでもあるワイン。
幼き日に夢見た約束のワインでもない。
でもきっとあの瞬間みんなで飲んだワインは、どんな高級なワインや、特別な熟成をさせたワインよりも、美味しかった。
お酒を美味しく感じさせるのは、高級さでも熟成期間でもなく、一緒に飲む人や、思い出なんだと思った。
お酒の美味しさが分かった日、
わたしはまた、大人になった。