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善教将大著『大阪の選択──なぜ都構想は再び否決されたのか』

※2021年11月15日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。


 恥ずかしながら本書を読み始めて最初に思ったことは、2回目の大阪都構想住民投票からまだたった1年しかたっていなかったのかという驚きだった。かなり当時のことを忘れている。本書を読むにつれて、ああ、確かにそうだったそうだったと思い出すことが多かった。

 2019年の大阪府知事・大阪市長出直しクロス選の結果を受けて、公明党が都構想賛成に寝返り、法定協や議会で協定書(制度案)が可決され、住民投票は2020年10月12日に告示、11月1日に投開票された。当初は可決の可能性が高いと思われていたが、告示から日がたつにつれて賛成側の形勢が衰えていき、投票日間近についに逆転、2015年に続き再び僅差での否決という結果になったのだった。この過程は朝日放送とJX通信社が毎週末、連続で行った世論調査の結果の変化によって確認されている。

 当時この逆転劇の解釈をめぐり、さまざまな言説がマスメディアによって提示された。大阪市を4自治体に分割すれば、基準財政需要額(標準的な住民サービスを提供するのに必要なコスト)が約218億円増えるとする試算を市財政局が行っていたという毎日新聞の報道が山を動かしたという解釈。反対派が「大阪市が廃止される」という点を強調し、市民に都構想への理解が広まったことが要因とする解釈。またその変化形として、投票用紙に「大阪市を廃止し」という文言が明記されたことが影響したという解釈もあった。

 本書は、著者の前著『維新支持の分析──ポピュリズムか、有権者の合理性か』(有斐閣、2018年)に引き続き、著者独自の調査を含む各種世論調査等の結果を利用して、有権者の意識や投票行動を「因果推論」という方法で分析し、逆転劇の原因の実証に挑んだ本となっている。

 具体的には(1)なぜ序盤で賛成優位だったのか、(2)なぜ賛成優位は賛否拮抗へと変わったか、(3)終盤になぜ反対多数に逆転したのか──の3段階に分けて、都構想否決に至る過程をたどっている。その前提となる、それまでの大阪における維新支持の特徴については、前半部分で前著の成果に新たなデータも加えながら簡単にまとめられている。

 以下、結論をかいつまむ。(1)は当時の報道等では吉村洋文大阪府知事への人気が賛成優位を作ったと解釈されていたが、人物への好悪よりも、住民投票にまでこぎつけた執念や法定協・議会を通過させたことといった「過程」が評価された。必ずしも都構想の内容が支持されたわけではなかったため、賛成優位は一時的なものにとどまった。

 (2)についても、反対派の運動展開によって都構想のデメリットが有権者に認識されたからだという解釈があったが、本書によれば、反対派の運動は投票への参加自体を高める効果こそあれども、反対票を増やすまでには至らなかった。デメリットは賛成派も理解しており、拮抗を生んだのはむしろ都構想のメリットの見えにくさであった。すでに知事と市長が同じ維新によって占められ「バーチャル都構想」が実現する中、有権者は賛否の判断のため都構想実現のメリットを示す情報を欲し、態度を決めかねる人が多かったとみられる。

 (3)は、終盤の形勢変化と毎日新聞報道との関係に着目して分析した結果、報道自体が反対多数を生んだのではなく、その後に松井氏らが財政局長への厳重注意や毎日新聞批判といった火消しに躍起になった一方で、分かりやすいメリットが最後まで提示されなかったことが結果の決め手となったという解釈をとっている。

 大阪の有権者は一貫して、府内のそれぞれの地元のための政治ではなく、府と市が一体となって(それが具体的に何を指すのかは明らかではないが)「大阪」の利益を実現させる体制を求めていることが明らかになった。これまで府市間の調整の方法はさまざまに試みられたが不調に終わってきた。そこに現れた維新は「政党」という機能を用いて実現させようとしている。

 「政党」が機能しにくいはずの中選挙区制で、これを「維新」がやってのけてしまったことを有権者は評価している。ゆえにすでにある程度機能している「バーチャル都構想」と「都構想」のどこに違いがあるのか、有権者は慎重に探った。ここにおいて維新は有効にアピールできず、都構想可決を逃した。一方、形の上では反対多数となったものの、それが「大阪市の利益を守れ」という自民らの主張が支持されたわけではない。本書の実証によって描かれるストーリーはこういったものである。

 前著から本書に至るまでの、丹念なデータ分析の積み重ねによる研究の貢献とは、維新が果たしてきた役割と、逆に自民はじめ大阪政界の他勢力が果たせなかった役割を可視化させたことだろう。地元の利益VS全体の利益というイデオロギー対立に関しては大阪の有権者の中ではもはや決着がついてしまっているということになる。だから維新は大阪の選挙でいつも勝つ。

 維新に期待されている「全体の利益」とは何か、結局今もって見えない。府と市が一体となって「何をするか」が問われるべきなのは言うまでもない。にもかかわらず維新が「何をするか」を切実に訴えなくて済むのは、「全体の利益」を担いうる対抗相手の不在による。

 「政党」に対抗できるのは「政党」であるはずだ、という前著のテーゼは、本書でも繰り返される。逆に言えばこの2015年の1回目の住民投票以来、大阪政界に根本的な変化は訪れないまま時間がたってしまったということなのだろう。ボールは政界に投げられているはずだ。

(有斐閣、2021年)=2021年11月14日読了。


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