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第3章, 軸になる強み/ソリューションセールス(後半)


2, 「エンタープライズソリューションセールス」の魅力

さて、ここまでは彼の定義する営業職の種類や業務内容、AIテクノロジーの進化に伴う現状や今後の可能性などについて触れてきたが、ここからは本章のタイトルである「エンタープライズソリューションセールス」について深掘りしていこうと思う。

エンタープライズ(enterprise)は日本語では「事業」や「企業」と訳す事ができるが、IT業界では、「市場」や「製品カテゴリー」の区分を意味するほか、大企業や官公庁など、規模の大きい組織を指す言葉としても使用されており、「エンタープライズソリューションセールス」とは「大企業むけのソリューションセールス(提案営業)」を意味する。

「河田恭利」という人物を語る上で「エンタープライズソリューションセールス」という言葉は切っても切り離せないものであり、彼のキャリアに最も大きな影響を与えたファクターである、といっても過言ではないだろう。

自身の“強み”を活かして築いたキャリア 

本記事では、彼の異色のキャリアを読者にわかりやすく具体的に紹介するために、これまで彼に様々な質問を行ってきた。本章執筆にあたっては、「これまでのキャリアにおける自身の"強み"を一言で言い表すと何か?」と、非常に抽象度の高い質問を投げかけてみた。すると、彼は「エンタープライズソリューションセールスである」と即答してくれた。

前章をご覧の方はすでにご存知かと思うが、彼は「学歴を超えるキャリアの創り方」の第1条として「自分の強みや魅力を見つけること」を掲げている。彼が学歴を超えるキャリアを創り上げることができたのは、「エンタープライズソリューションセールス」という強みを見つけ、その強みを遺憾なく発揮し「自身の魅力」として表現できるようになったことが最大の理由だと言える。

彼がマイクロソフトに入社したのは2014年8月。地元大阪の関西支店に配属となり、ソリューションセールスのスペシャリストとして、西日本の大手企業に対してクラウドコンピューティングサービス「Microsoft Azure」の提案営業を担うことになった。2017年7月に東京の品川本社オフィスに異動となり、成果と評価を上げながら現在の地位を築き上げていく。マイクロソフト社での活躍については、第5章で詳しく紹介したいと思う。

会社が変わっても続けた「ソリューションセールス」

人に"天賦の才"があったとしても、同じ業務で成果を上げ続けるには"仕事を辞めずに続けること"が大前提だ。彼はマイクロソフトへ入社してから今年(2024年)で10年目を迎えるが、それ以前にも企業向けのソリューションセールスは経験していた。

彼はこれまで、ベンチャー企業の創業メンバーとして活動した後、地理空間情報サービスを展開する大手企業(株式会社パスコ)、外資系のストレージメーカー(株式会社EMCジャパン)、パナソニック系列の情報システム会社(パナソニック インフォメーションシステムズ株式会社)と複数の大手企業を渡り歩いてきたが、いずれも企業向けのソリューションセールスを担当してきた。

また、ベンチャー企業を立ち上げ、営業職としてのキャリアをスタートさせたのは1999年のことなので、20年以上もの期間、ソリューションセールスに携わってきたことになる。

彼がそれだけの期間、複数社にわたって同じ業務を継続できたのは、これまで解説してきた営業職の適正のほか、"メンタル面の裏付け"があったからに他ならない。

エンタープライズソリューションセールスの魅力

適職探しのフレームワークの1つに“やりたいこと”“できること”“価値を感じること”の「3つが重なる職業を探す」という手法がある。どれだけ自分が得意なことであっても、その職業自体に魅力や価値を感じられなければ、パフォーマンスが上がらないだけでなく、離職につながる可能性は高い。

つまり彼は従事する業務「エンタープライズソリューションセールス」に強みを持ち合わせるだけでなく、「価値や魅力」を感じているからこそ、現在の地位を確立できたものであると言えよう。

業務の価値については、マイクロソフト社のミッションやカルチャーに通じるものがあるため別記するが、「エンタープライズソリューションセールス」の魅力について、彼は次の2点を挙げた。

1, 形のないものを組み合わせて価値を創り上げていく楽しさ

2,「組織の顔」として顧客や組織をリードできる楽しさ

 彼が主として取り扱うものは「Microsoft Azure」のように、物理的な実体を持たないサービスだが、この「形のないもの」を組み合わせて価値訴求を行い、顧客の課題を解決することが、ソリューションセールスの大きな魅力であると語る。

また彼は、「起業や組織の看板」を背負っているからこそ享受できるメリットは非常に大きいと言う。さらに「組織の顔」として顧客に接し、チームを指揮しながらミッションを達成することで、個人では味わえない「大きな達成」を得られることも魅力の一つだとも述べた。

ソリューションセールスは「アート」である

本章のインタビューで最も印象に残ったフレーズは、エンタープライズソリューションセールスの魅力について語る中で彼が放った、「営業はアートだ」というものだ。

営業職は、「成約」を勝ち取り、「売上」「利益」といった定量的な成果を追い求める仕事である。一見すると、「アート」とは無縁に感じるかもしれない。しかし、彼は「真っ白なキャンパスに絵を描くようなもの」や「オーケストレーション(オーケストラのために行う作編曲)」という言葉を使い、ソリューションセールスをアートに準えた。
この「アート」という言葉に、彼が考える「エンタープライズソリューションセールスの魅力」が集約されていたのだ。

彼が取り扱う「Microsoft Azure」は、Amazonの「AWS(Amazon Web Services)」、Googleの「GCP(Google Cloud Platform)」とともに、クラウドサービス市場の「3大サービス」として知られている。いずれも信頼性の高い企業が展開するサービスだが、顧客にとって各サービスの明確な差別化ポイントを理解することは容易ではない。単一のソリューションサービス(Azureのみ)での差別化は困難であり、かといって安易に価格競争に走ると「値引き合戦」に陥ってしまう恐れがある。

そこで重要になるのが、「あらゆるリソースを活用し、顧客に判断してもらうための価値訴求を行うこと」だと彼は語る。
マイクロソフトを例に挙げると、「Microsoft Office」シリーズや「Surface」デバイスなど、ビジネスシーンに欠かせない多様なポートフォリオを持ち、「顧客のITパートナー」になり得るリソースを豊富に所有している。
これらのリソースを組み合わせ、顧客の課題を解決するオンリーワンのソリューションを創り上げる行為こそが、ソリューションセールスにおける「アート」な部分なのだ。

3,  エンタープライズソリューションセールスとして成功するために必要なこと

次に、彼が定義する「エンタープライズソリューションセールス」として成功するために必要な条件を紹介したい。

第1章でも触れたが、彼は「LinkedIn」に自身のプロフィールを公開しており、多くのユーザーからの反響を得ている。世界を代表する大企業に所属し、国内の一流企業を相手にソリューションセールスを行う部門の責任者である彼の元には、セッションの申し込みが後をたたない。

多忙な中でも時間の許す限り1on1 セッションに応じている彼だが、これまで話をした若者の多くは、「すぐに答えを得たがる」傾向にある、いわば、「明日結果を出すための最適解・特効薬」を知りたがるのだそうだ。

明日、スターになる方法は存在しない


しかし、彼は答えを急ぎすぎる者に対し、自らが定義する「3要件」を紹介して「明日、スターになる方法は存在しない」ことを諭している。

彼が定義する3要件とは「知識」「スキル」「個性」であり、それぞれの詳細は以下の通りである。

<知識>
知識をつけなければ新しい発想が生まれず、顧客との会話も成立しないため身につけなければならない。
知識は座学のほか、業界や製品に関する情報を収集することで身につけられる。

<スキル>
スキルは一朝一夕で身につくものではなく、闇雲に業務をこなすだけでも身につかない。
科学的で正しいフレームワークを理解し、ハードワークを通じて少しずつ習得していくものである。

<個性>
 個性を出すには時間がかかる。決して焦って定義してはならない。
知識やスキルを身につけながら、「自分のやりたいこと」や「あるべき姿」について考えを深め、時間を掛けてセルフブランディングしていくものである。

営業職という仕事は「今日、何かをすれば、明日にはスーパースターになれる」ものではない。正しい知識を得て、プロセスを着実に踏んでいく必要があることを、彼は今回のインタビューで強調した。

求められるスキルセット

彼が定義する「3要件」のうち、「知識」は自分自身で行動を起こして身につけるものである。また「個性」は、焦らずゆっくりと確立していくものである。

一方、「スキル」を身につけるには正しいフレームワークを理解する必要があるため、彼はセッションを行う者に対して、この項目を重点的に解説しているそうだ。

彼はエンタープライズソリューションセールスに必要なスキルセットとして、下記の3項目を掲げている。

1, Logical Thinking(論理的思考力)

物事を論理的に考えられる力は、ビジネスの大前提。3つのスキルの「ベースとなる能力」である。

2, Strategic Selling

顧客の現状を分析し、課題発見や解決方法を考える能力、仮説を提案できる能力。

3, SPIN(ヒアリング力)

仮説を社内で検討しても、顧客からのフィードバックがなければ精度が上がらないため、ヒアリングする力も必要である。

3つのスキル

では、彼自身はいかにしてこれら3つのスキルを身につけていったのだろうか?

「Strategic Selling」と「SPIN(ヒアリング力)」に関しては、3社目の外資系企業(EMCジャパン)に在籍中に磨かれたとのことだ。
彼が在籍していた当時、EMCジャパンは「ハードワークで有名」であり、ソリューションセールスの実務で鍛えられ、実践的なスキルを身につけることができたようだ。

一方で彼は、自身に「Logical Thinking(論理的思考力)」が身についたきっかけとして、ベンチャー時代のある出来事を取り上げた。

当時、彼は経営陣の一人として勤務していたが、ある事業の是非について、他の経営者(以降、A氏とする)と意見が対立したことがあった。
彼は、社の「技術的な能力不足」および「社員のリソース」を考えるとリスクが大きく、事業を進めるべきではないとの立場をとった。

一方、A氏はリスクを承知の上で「できるようにすればいい」と言い放ち、「リスクを取り除く方法を考えるべきだ」との立場を示した。
当時の彼は、「リスクが大きい=できない」という判断を"自信を持って"下したため、真逆の意見を述べるA氏に対して大きく反発したそうだ。

しかし、後からよく考えてみると「A氏の言っていることは正しい」という結論に至った。
「できない理由」を考えていては、安牌な事業しか始められない。「どうやったらできるのか」を論理的に考えなければ、ビジネスは成長しないことを学んだのだ。
この経験を経て、彼は困難な課題を乗り越えるためには「どうすれば良いのか?」「どうやったらできるのか?」を考え、仮説を立てながら1つ1つ検証を行い、実行に移すことができるようになった。

この出来事が、営業の、そしてビジネスの「基礎中の基礎」とも言える論理的思考力を身につけるきっかけとなり、彼の異色のキャリアをスタートさせる1つの要因となったと言えるだろう。

まとめ

本章では、マイクロソフトの高校本部長、河田恭利氏が従事する「エンタープライズソリューションセールス」について深掘りし、その魅力や難しさ、氏が定義する成功するための条件などを紹介してきた。

特に本文で紹介した3要件や成功するための3要素などは、彼が長年培ってきた経験の結晶である。それを惜しげもなく本記事に共有してくれた彼の懐の深さを感じるとともに、これまでのインプットを社会へ還元するという、ビジネスパーソンのあるべき姿を築かせてくれた。

次章である第4章では、彼自身、そしてマイクロソフト社が大切にする企業文化であり、ビジネスにおけるバリューとも言える「グロースマインドセット」について深掘りし、彼の異色のキャリアや現在の成功との関係性を探っていきたいと思う。


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