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人それぞれの D & I

先日、会社の全社キックオフでD&Iに関するトークセッションを行い、社員の一人としてその場で話をしました。

そこで、僕があるお題に対して回答するシーンで、自分で言ったそばから「ん?これなんか違うな?」と思ったのがありました。そのモヤモヤを2週間ぐらいずっと考えていて答えが出たのでこちらに書こうと思います。

お題は「なんでD&Iを推進するのか?」みたいなものだったと思います。

なんでD&Iを推進するのか?

僕はそれに対して、以下のような回答をしました。

うちの会社って、僕が入社した5年前とかは人数も少なくて、割と同質性が高かったと思うんですよね。でも、今はもっとずっと人数が増えて、そうするといろんな人がいる。今後も事業を拡大するとともに人は増えて、そのときに同質性が高い人を採用し続けることはできない。また、事業が拡大するとともにいろんな人を雇用し、その人達を幸せにする義務が生まれる。そういった観点からも、今までよりD&Iを意識していくのは避けられない。会社が大きくなると必ずそういうフェーズに来る。

間違ってはいないしこういうことも考えてはいるんですが、完全に自分の腹の底の本音を出してはいないです。腹の底の本音でない言葉は誰にも届かないし、僕があの場で聞いている側だったとしても物足りそう。

今、同じ質問を聞かれたとしたら、以下のように答えます。

改めての回答

僕にはD&Iを進めていきたいと思った、パッと思いつく大きな理由が2つあります。それが「自分の体験」と「それで困っているメンバーがいたから」です。

自分の体験

登壇した場では別の質問で「自分はこういうマイノリティを持っている」みたいな発表があり、そこで僕は「会議でずっと座っていられない」という話をしました。実はそれ以外に話そうと思った候補がいくつかあります。その一つが「僕が既婚だけど子供がいない38歳であること」です。

僕は子供がいないことに対して自分自身はそれほど深く考えてなくて、別に身体的な理由とかではないです。なんとなくいない、ただそれだけ。強い信条によるものではありません。

でも、世間的に見るとこれはマイノリティです。そこをとやかく言ってくる人は結構いて、嫌な気持ちになることもあります。すごく覚えているのが、僕は前いた会社の飲み会で「子供作らないんですか?」というのを8000万回ぐらい言われたことです。ちょっと盛ったので実際は数十回ですが、少なくとも10回以上は確実に言われています。当時はD&Iとかの概念が薄い時代だったし別に前職に恨みがあるわけではないですが、それでも何年経っても覚えているぐらい、まぁ嫌な体験でした。

もし本当に僕のことを考えて、子供をつくる意義について話をするのであれば悪くはないです。僕のことをよく知る仲の良い友人に言われても平気です。ただ、飲み会でその場を盛り上げるネタとして軽い感じで消費されることが、僕は嫌なんです。(ちなみに結婚する前は「まだ結婚しないの?」についても66兆2000億回ぐらい言われて嫌な気分になっています。)

ただ、僕は今の会社に入って五年経ちますが、一度も言われたことはないです。結構僕はこの話題に敏感なのでハッキリ覚えていて、この記憶は確信が持てます。一度もない。このことは僕にとって感謝していることの一つであり、こういった自分が不意に傷付けられない文化を守りたいなと思っています。

たぶん、僕のは様々なD&Iのケースの一つですが、他の人にもきっといろんな嫌なことがあるでしょう。それをできるだけ守りたいのが、理由 1 です。

それで困っているメンバーがいたから

次に理由 2 です。僕のマネジメントするメンバーの中にも子育てをする人がいます。そのメンバーは日々家庭のことと仕事をどう両立させるかに頭を悩ませています。それでも、僕はこの人と「できるだけこの人が余計なストレスを抱えないようにして、長く一緒に働きたい」と思っていて、ただそのためにD&Iが進んでこのメンバーがもっとうまく折り合いを付けられたらなと思っています。

要は、自分の好きな人が自分の好きなものと、自分に非常に近い存在であるこの会社を好きでいて欲しいという、割と自分都合な理由です。(すいません、このあたりあんまり言語化できていません。)

子育ての話になると現実はもっと複雑で大きな課題が山積みです。例えば勤務時間による評価とかチャンスとか。けれどもその折り合いは HOW の話であり、また別の議論でしょう。もっと根本の「やるかやらないか」みたいな部分で、僕は「やる」としたいのです。

2つの理由と一貫性の原理

上記の2つが、僕がD&Iを進めたい理由です。どちらも結婚・出産にまつわるものですが、D&Iはもっと広いです。人種・国籍・障害・身体的特徴・ライフスタイルなどなど。

なんで他のも含めて推進したいかというと、ここはあんまり考えていないんですが、一貫性の原理みたいなものだと思います。

僕は幸いなことに他のなにがしかで自分が傷ついたり超身近な人に関係しているものは少ないんですが、同じ理由で別のジャンルで不都合を感じている人がいたら、一緒の枠組みでどうにかしたいと思うのです。

なぜ最初の回答だと物足りないのか?

再掲です。

うちの会社って、僕が入社した5年前とかは人数も少なくて、割と同質性が高かったと思うんですよね。でも、今はもっとずっと人数が増えて、そうするといろんな人がいる。今後も事業を拡大するとともに人は増えて、そのときに同質性が高い人を採用し続けることはできない。また、事業が拡大するとともにいろんな人を雇用し、その人達を幸せにする義務が生まれる。そういった観点からも、今までよりD&Iを意識していくのは避けられない。会社が大きくなると必ずそういうフェーズに来る。

たしかにこの回答も分かるんですが、これって逆に言うと「メリットがないとやらない」みたいなところが個人的にモヤッとするんですよね。自分で言っといてなんですが。もちろんメリットがあることは大事ですが、「いろんな科学的なデータを検証すると、D&Iを推進したら事業にマイナスの影響がある」となったときに、じゃあD&Iという概念はこの世界から不必要かという疑問が生まれます。

僕はそうじゃないだろうなと思います。メリットがあるからやるというよりも、たまたまそうしたいな〜と思っていたときに後押しするメリットがあったから推進が加速する感じ。

ちょっと思考実験です。僕が50年前にタイムスリップしたとして、そこでどっかの企業のサラリーマンになってパワハラ・セクハラの現場やLGBT差別の現場に直面したときに、これを嫌と思うかどうかってことだと思うんですよ。たぶんメリットだけで言ったら、当時それは当たり前のように行われてしまっていて、止めることのメリットが少ない。でも、現在の価値観に照らし合わせるとすごい嫌だなって思うんですよね。それはメリットどうこう考えるよりも、「自分の価値観に合致しているか」が先に来ていると思うのです。

人それぞれのD&Iの理由

というわけで、僕が「なんでD&Iをするのか」の理由が上記です。きっと人それぞれ違うと思うし、中には推進すること自体が反対意見の人もいるかもです。僕も全てをドラスティックに理想的に進められるとは思ってないし、逆に僕は HOW の観点では性格的にも慎重なタイプです。評価・福利厚生・どこまでをマイノリティとするか・逆差別にならないかなどは、難しい問題でしょう。

ただ、繰り返しますが僕は「やるかやらないかで言ったら、やる」派です。不確かでメリットがあるか分からなくてもやろうと決めるのが意思決定で、もし大したメリットがなくてもやるのが文化だと思っています。その点ではこの取り組みをする会社のことが好きなので、応援しています。


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