ふり返り始めたら…女性として生きるのが辛かったことを思い出した
ふと、昔の営業時代を思い出しました。
と言っても、楽しい事や充実した体験などではなく、上司のナイフのような一言を。
どういうわけか、今日は嫌な事ばかり思い出します。
でも、それはきっとメンタルが安定してきた証拠で、今なら過去を清算できるかも…と心が感じたからかも知れません。
その人は、所謂パワハラ上司でした。女性上司、と言ってもそもそも女性だけの営業部隊です。
マンツーマン同行するとき彼女は、何故か私に対してはいつもキツイ事・嫌味な事を言う。それも、同僚も顧客もいない、必ず二人きりの状況を選んで。
私が思い出したのは、緊張してパフォーマンスが発揮できなかった後に聞いた、長々とした説教に続く一言。
「アンタは変な人だから」
今でこそ「変は褒め言葉」と捉えることもできるけど、当時はいちいちハートに刺さりました。
じゃあどうやって直したらいいとか、
個性として活かすならどうしたらいいとか、
「変」って言い放っただけで何の指針も示してくれなければ、指導になっていない。ただの嫌がらせです。
また別の時には、こうも言われました。
「アンタは結婚して子供もいる。それでも働くなら、どんな事をしても成績を上げて見せるっていう覚悟があって普通なのに、それが感じられない」
これは…一理ある。グウの音も出なかった。
ただ、当時の心境をもし弁解させてもらえるなら、私だって結婚するより仕事人間を貫きたかった。それなのに「できちゃった結婚」になってしまった。
結果、仕事も家庭も中途半端に。完璧な母親にも、トップセールスマンにもなれず。それでいつも自分を責めていました。
それに追い撃ちを掛けるように周囲から浴びせられる「子供がいるのにどうして働くの?」という心無いセリフ。
女性が働いちゃいけないの?父親に「何で働くの?」なんて誰も言わないよね?
思春期に、今はもう完全に男女平等だと、信じ込んでいた私。
上司の言葉と言うより、世間一般の価値観を押し付けられることに傷ついていた感じでした。
後にアルコール依存になる前兆で、これが最初に酒量が増すキッカケだったかもしれません。
ここで時代考証を付け加えておくと、今から25〜6年前のこと。まだまだ女性が子育てしながら働くことへの理解が少なかった時代です。
保育園に預けて働く道を選ぶのは、よほど優秀なスーパーウーマンに限られると認識されていたように思います。
もちろん私も、充分実績を作ってから結婚するならするつもりでした。それなのに…。
話を上司に戻します。一部の同僚によれば彼女は当時、職場結婚のご主人と上手く行っていなかったらしいのです。
皆が言うのには、私に辛く当たるのは私が羨ましかったんじゃないかと。
私の元夫というのは営業先で知り合った人で、上司やかなりの同僚と面識がありました。
皆の目には、私の元夫は「優しくて素敵なご主人」。
彼は子煩悩でもありましたし、私が理想の家庭にいるように、周りからは映ったようです。
そういえば上司は「私は仕事のために子供を諦めた」とも、言っていたっけ。
今だったら「そんなの貴女の選択でしょう。私には関係ない!」と言い切れるのに。
当時は高飛車に言われると怖気づいて、頭がフリーズしてしまいました。
仕事も結婚も子供も。
すべてを手にする権利は、格別に能力のない凡人女性には許されていないと感じました。
男女雇用機会均等法施行からは10年経ったと言っても、働く女性には生きづらかった時代。
どこか女性を捨てないと働けなかった時代。
今だったら、何も男と肩を並べて働くばかりが仕事じゃないって思えます。でも、当時はそれしか考えられなかったんですね。
私も、彼女も。
片意地張って働いて成果を競うばかりだから、女性同士手を取り合わないといけないのに、逆にいがみ合ってしまう。
彼女のことを思い出すのは、実は珍しいことではなかったりします。何かの折に、どういう訳かふと彼女のことが心配になるのです。
あれから、しなやかに生きられるようになったのだろうか。
かく言う私も人の心配している場合じゃないのです。私も物理的には母になったものの、女性を捨てて生きることを選んできたのだから。
その判断で、自分に無理していなかったか?
本当は、生まれた息子が可愛くて、育児休業が明けなければいいのにと思っていたのでは。
「約束だから」と復職し、周囲と自分の辻褄を合わせるためにも、ますます仕事人間になろうとして。本音をどこかに置き去りにして。
…それ以降も、介護の仕事に就くことになった顛末や、大人の事情に疲れて自転車に目覚めたことや、介護に転職した途端に二人目の妊娠が発覚したりと、色々紆余曲折あったのですが、、、
すべての選択において、本当に自分に正直だったんだろうか?と、自分に問うている所です。
これまでは自分にそんなこと問えませんでした。過去の選択を否定することに繋がってしまうから。死力を尽くして乗り越えてきたことを「なかった事・無駄だった事」にしたくなかったから。
今、すべてに結論が出せるわけではないけれど、やっぱりこう生きて来るより他になかったのかもしれないとも、思えました。
働きバチとして。次にちょっとだけ母として。それから「釣りバカ」ハマちゃん型の趣味人として。
そしてこれからはもう一度、仕事を生きる人として。
※本当は「昔、こんなイヤミな上司がいてさ…」っていう話で終わるつもりだったのが、何故か過去を清算するプロセスを踏んでしまいました。
マンホールを踏み抜いた、とでも言いますか…あぁ書いちまった。
尤も私の「黒歴史」はまだ半分も明かしていません(笑)