追記2 観光ブームと観光の起源
先日購入した東浩紀の『ゲンロン0 観光客の哲学』に少し面白いことが書いてあったのでここに記そうと思う。
この記事は,明治日本と西洋文明の出会い #2岩倉使節団出航の追記です。
1.世界的な観光ブーム
新型コロナウイルスの猛威が世界を覆い尽くすまで,世界中で観光ブームが起きていたことを覚えているだろうか。
2014年から2016年にかけて,中国人観光客の旺盛な消費が「爆買い」と呼ばれ,日本の観光地を潤していた。日本政府は訪日外国人4000万人を目標に,観光産業を積極的に支援している。
しかしこれは日本だけの現象ではない。国境を越える観光客の増加は全世界的な傾向である。
2.観光の起源
観光とはなにかを考えるとき,重要なキーワードが3つある。
① 近代:観光は近代以降の存在。
② 大衆:近代以降の観光の特色は大衆性である。
③ 対抗:観光は古い既得権益層と衝突する行為でもあった。
テーゼ1 観光は近代以降の存在である。
観光者である,ということは「近代」を身にまとう,という特質の一環である(ジョン・アーリ,ヨーナス・ラースン『観光のまなざし』)
旅,巡礼,冒険は昔から存在した。しかし,これら古代以前からの営みを観光と表現することは適切ではない。
テーゼ2 近代の観光の特色は大衆性である。
観光は大衆社会と消費社会の萌芽とと共に現れている。近代以前の観光的なものが一部の富裕層のもだった一方で,近代以降の観光は決して一部の富裕層のものではない。
近代観光は産業革命がもたらした新しい時間=労働者の「余暇」の誕生と,産業革命による新しい交通技術=鉄道と密接に結びついている。
テーゼ3 近代の観光は既得権益層と衝突した。
観光のもつ大衆性は,それゆえにしばしば貴族や知識人などの既得権益層から非難されることになる。
(貴族は)どやどやと群れをなして押し寄せる「大衆」にほとんど生理的な拒否反応を示したのだった。
政府高官は,観光客について,マナーをわきまえず,イギリス人の評判を下げるだけの「醜悪な連中」だと罵倒している。
このように観光が生まれた当時,パリやローマに行った環境客の姿が保守的なメディアの物笑いのタネとなっていたのだ。
3.再び「われ先に船に乗り込む日本人」
追記1のなかで,我先に船に乗り込む日本人の姿について,中国人観光客の姿と重ね合わせながら,思うことを書いた。
追記1 われ先に船に乗り込む人々
東の観光論を読む中で,ふと自分の書いた記事を思い出した。
ヨーロッパが産業革命を一歩一歩進めていたなかで,エスタブリッシュメントは労働者たちを「醜悪」と表現し,150年後の日本では,中国人を「醜悪」と表現した。
近代観光のこうした構図から,先の佐々木高行のまなざしを思い出すとき,彼は同行する使節団を「醜悪」と表現していた。
佐々木のまなざしも大衆批判につながるものとしてみてよいのだろうか。
4.佐々木高行
佐々木は明治の文明開化という時代において,政府高官のなかでも保守派の代表として活躍した人物である。
大使岩倉具視が和装から洋装に着替えたことを軽率と考え、外国通の副使伊藤博文の有頂天な振る舞いを日記に書いて憤慨するような人物であったらしい。
生まれは土佐。山内豊信(容堂)の側近として藩政を導き,坂本龍馬らと薩土盟約の吟味及び大政奉還について協議する。戊辰戦争では海援隊を率いて長崎奉行所を接収,その後長崎の取り締まりを任されている。戦後は刑法官副知事として刑法の信率綱領制定を果たし,その功績により参議,司法大輔に昇進。岩倉使節団の理事官として,欧米の司法制度調査の任務を任されている。
こうしてみると,佐々木もエスタブリッシュメントの側であり,イギリスの政府高官が持つ感覚と同じく,新奇なものに飛びつく同行メンバーへの不快感をもったのだろうなと思った。
東と佐々木に興味を持ったそんな一日でした。
参考文献
東浩紀,2018,『ゲンロン0 観光客の哲学』ゲンロン.
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