マガジンのカバー画像

短編小説

4
無料で読める短編小説をまとめています。
運営しているクリエイター

記事一覧

【短編小説】変化

【短編小説】変化

 ただの水を葡萄酒に変えることは神様の子どもがやってのけていたけれど、まさか目の前でサイダーに変える人間がいるとは思わなかった。

「ね、美味しい?」
「……美味しい」

 彼が無邪気に聞いた質問に、私は唸るように答えた。彼は猫っ毛の髪をゆらゆら左右に動かしながら、口笛を吹いた。ちょっとうざかったので、その口を上下につまんで静かにさせた。蝉の鳴き声だけが、二人の周辺をやかましくする。数十秒はその状

もっとみる
短編小説|グラスの中で氷が鳴った。

短編小説|グラスの中で氷が鳴った。

グラスの中で氷が鳴った。
スマートフォンから顔を上げると、ちょうど彼女と目が合った。不機嫌そうな顔で見つめてくる眼差しに、何か冷たさを感じて僕は顔を上げたまま画面をスリープにする。

にこ、と笑顔で返事をすると、彼女の顔はますます険しくなった。

「……なに?」

僕は笑顔を崩さずに問いかける。まるで自分は悪くありませんよと言わんばかりの顔で。実際に何をしたかなんて、この時点では分からない。女の子

もっとみる
短編小説|繭

短編小説|繭

「孝弘に、二十歳のお祝いだ」と義治おじさんが僕に寄越したのは繭だった。何かしらの節目となるお祝いで見かけるようになった繭だが、古い考え方が抜けない両親は繭を見た途端にため息をついていた。僕も貰った時は両親の手前、苦笑を浮かべたが内心では飛び上がるほど嬉しかった。

 僕以外の周囲の人間は、みんなが繭を持っていた。友人も、部活の先輩も、恋人も、みんながみんな、繭を持っていた。繭を持っていない人間の方

もっとみる
短編小説『レイニーブルーに、恋してる。』

短編小説『レイニーブルーに、恋してる。』

その日、昼は見事な秋晴れだったから、夜から雨が降るなんて知らなかった。帰宅してから雨の音に気がついて、手に持っていたハンガーとスーツをソファに投げ捨てて、慌てて玄関に向かった。

コンビニで買った安物のビニール傘を手に取り、履き慣れて薄汚れたスニーカーに足を引っ掛ける。

雨を見た瞬間に、浮足立っていた。あまりに浮足立っていたものだから、道の上で何度も転びそうになる。それでも止まることなく、息を弾

もっとみる