短編小説|繭
「孝弘に、二十歳のお祝いだ」と義治おじさんが僕に寄越したのは繭だった。何かしらの節目となるお祝いで見かけるようになった繭だが、古い考え方が抜けない両親は繭を見た途端にため息をついていた。僕も貰った時は両親の手前、苦笑を浮かべたが内心では飛び上がるほど嬉しかった。
僕以外の周囲の人間は、みんなが繭を持っていた。友人も、部活の先輩も、恋人も、みんながみんな、繭を持っていた。繭を持っていない人間の方が珍しいくらいだったせいか、よくみんなは僕に繭のことを話してくれた。
繭はね、俺のことを一番大切に想っているんだよ。
繭は持ち主を慈しみ、幸せを願ってくれるものなんだ。
繭ってね、歌を歌っているのよ。祝福の歌よ。
僕には分からない感情ばかりだったけれど、ただ、みんなの顔は穏やかで優しさに満ち溢れていた。繭を持つだけで、どうしてそんなにも表情が変わるのだろう。ただの白い楕円じゃないか。
シルク、とは知っているけれど、実際のところ僕は繭に一度も触ったことがない。表面はきっと柔らかくて、脆いのだろうと僕は思っている。繭に触る時のみんなの仕草が同じだったからだ。
壊れないように、丁寧に、そっと。僕なんかに触れる時よりも、優しい手つきで。慎重とは異なる点は、緊張感がないところだ。トランプタワーやジェンガなんかはどうしても力が入ってしまうが、犬や赤ん坊に触れる時には自然と力を加減できる。繭は、生き物、なのか?
僕にはみんなが言うように持ち主を慈しんでいるように見えないし、歌声なんてこれっぽちも聞こえてこない。持ち主だけにしか分からない何かが僕の知らないところで蠢いている。わずかな恐ろしさと、知的好奇心がそこにはあった。
義治おじさんは僕が家を出る時に、絶対に繭を贈ろうと決めていたそうだ。そうでなければ、きっと僕がいない間に両親が繭を捨ててしまうだろうからと。義治おじさんの予想は間違いないと僕も納得した。
僕は今、繭と一緒にいる。両親から離れ、地元からも離れ、知り合いが一人もいない土地の一室で過ごしている。繭を持っていた人たちは、繭を持っていなかった僕から離れていき、僕もまた、繭を持っている人たちから離れていったのだ。
繭。
この世界できっとおかしく変貌を遂げてしまったであろう贈り物。繭を贈られた人は幸福になれると口々に言われるようになっていても、繭が身近にいなかった僕にとっては無縁のことだった。
持たざる僕は不幸だったんだろうか。手にした今、幸福になっている状態なのかは分からない。
繭。
繭。
繭。
僕の口元が、引きつるように歪んだ。
目の前の繭に僕は手を伸ばし、初めてそれに、触れた。
― 終 ―
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