加納ちひろ|aの檸檬

■小説|詩|短歌|エッセイ ■文章を愛してみる。 ■個人サークル『aの檸檬』

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短編小説|繭

「孝弘に、二十歳のお祝いだ」と義治おじさんが僕に寄越したのは繭だった。何かしらの節目となるお祝いで見かけるようになった繭だが、古い考え方が抜けない両親は繭を見た途端にため息をついていた。僕も貰った時は両親の手前、苦笑を浮かべたが内心では飛び上がるほど嬉しかった。  僕以外の周囲の人間は、みんなが繭を持っていた。友人も、部活の先輩も、恋人も、みんながみんな、繭を持っていた。繭を持っていない人間の方が珍しいくらいだったせいか、よくみんなは僕に繭のことを話してくれた。  繭はね

    • 詩|埋葬

      埋めるだけじゃ悲しいから 埋葬することにしたんです ずっとなりたいと思っていた 憧れを埋めてしまうことは 取り返しのつかない命かも あの人たちと比べたら とてもちっぽけなものでして 大層なものではないのだけど だいじな大事なものでした 上手く大切にできなかったことだけが いちばん切なく思います 理想郷に辿りつけなくても 旅路に宝物は眠っているはずで かつて誰かが埋葬したものが 掘り起こされる時に新しい光となる 新しい光になる

      • 傷つきたがりのひとりきり。

        自分の想像を越えたひどい所業――は、存在する。しかし基本的に関わることはない。関わった時にそれは衝撃で「トラウマ」や「傷」となり、深く心に残る。「自分がそう思っているから、そうなる」と言われるのはしんどい。まるで自分が傷つきたがっているみたいだから。 でも、傷つきたがっているのは本当なのだろう、そう、なのだ。この世界は私を傷つけるようなひどい世界なのだと「証明」したい。そのために動いていた、ような気がする。傷を隠すために新しい傷を作り、痛みに耐えるためにより強い痛みを求め、

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          noteでの短歌更新を再開します!Xの方も引き続きもちろん行います!どちらでも楽しめるように投稿していきますので、ぜひ見ていって下さると嬉しいです!

          noteでの短歌更新を再開します!Xの方も引き続きもちろん行います!どちらでも楽しめるように投稿していきますので、ぜひ見ていって下さると嬉しいです!

          「僕は無力だ。」

           カンザキイオリの「君の神様になりたい。」を聞いていると、悲しい気持ちになる。なのに聞いてしまう。私の中の何かを揺らしていることだけはわかる。ただ、それが悲しみなのか癒しの過程なのか分からない。  前向きな効果のあるヒーリングミュージックではなく、切なさを織り交ぜることで悲しみに訴えかけるような。「ゼルダの伝説 ムジュラの仮面」で出てくる、いやしの歌に近い。  悲しみを理解されたいと願っているときに、悲しみを受け取ってくれる歌詞は少ない。 「元気出せよ!」と言ってくれる

          詩|ゆらぎ

          魂のゆらぎが うつくしいことを 私は知っている 火がゆれる 葉がゆれる 水がゆれる ゆらいでる 死ぬまいとして 魂はゆらぐ 生きようとして 魂はゆらぐ 私のちっぽけな器で ゆらいでくれてありがとう もう少しだけ そこにいてくれませんか あなたの話を 聞きたいから

          「何者」になり、「何者」をやめる。

          生まれ変わりや異世界転移ものが流行る理由なら、悲しいくらいよく分かる。 人からすごいと言われるような「何者」かになりたいし、環境さえ変われば自分は、と思うから。 プライドが高いからって言われることもあるけど、すごいと言われたい人ほどきっと周囲から馬鹿にされたり、傷ついてきたことを我慢してきた人だ。誰かに仕返しする方法も、癒し方も教わらずに生きてきた。 乱暴に生きている人や、人に暴言を吐ける人が羨ましかった。私だってあんな風に「怒り」を表現できればもう少し楽に生きられたの

          「何者」になり、「何者」をやめる。

          彼女からの返事はなかった。

          彼女とのことは、もう修復できないのだと悟っていたけど、私はわずかに期待を込めてメッセージを送った。私へ、彼女から新しい言葉を送られることはなかった。 自分がもっと素直に怒ったり、悲しんだり、戸惑ったりしたことを伝えればよかったのかもしれないと思うけど、私は最後まで彼女の負担になりたくなくて、でも自分を忘れてほしくなくて。きっとそういう私の執着心とか、依存心とか、見抜かれていたんだろう。 彼女は私を責めなかったけど、私には堪えた。もっと私の悪口を言って、私がダメだと言って、

          彼女からの返事はなかった。

          詩|ぼくのいのち

          ぼくのいのちは ダイアモンド まだ奇跡の途中 プリズムが いくつも重なって 光を通す 傷さえも うつくしくあれ、と 透かした先で 目を細めてみて 見えるものに 頼らずとも 知っていることを 思い出してみて ぼくのいのち ちっぽけと言われても 王冠を載せて 奇跡を抱いて

          【短編小説】変化

           ただの水を葡萄酒に変えることは神様の子どもがやってのけていたけれど、まさか目の前でサイダーに変える人間がいるとは思わなかった。 「ね、美味しい?」 「……美味しい」  彼が無邪気に聞いた質問に、私は唸るように答えた。彼は猫っ毛の髪をゆらゆら左右に動かしながら、口笛を吹いた。ちょっとうざかったので、その口を上下につまんで静かにさせた。蝉の鳴き声だけが、二人の周辺をやかましくする。数十秒はその状態で見つめ合っていたが、彼が震え始めたところで離してあげた。 「こんな特技があ

          そういうふうに生まれただけの使命。

          川が川であるように、空が空であるように、そういうふうに作られたものがある。人間も同様に、そういうふうに作られて生まれてくる。 それが予言でもなく、救済でもなく、「使命」だから――らしい。 よくもこの一文を書いてくれたな、と読んだときに内心思った。そして言語化されると引くほど納得できるのは、もうちょっと、驚愕を乗り越えて悲惨だ。 手に入れても手に入れても乾く。これは間違いだったのか、いや合っているはずだ、こうしたほうがいいに決まっている、とか今たまたまそういう気持ちという

          そういうふうに生まれただけの使命。

          書かなくても生きていいのに。

          何も書かなくても生きていける。朝起きて、ご飯を食べて、何かしら動いて、またご飯を食べて、寝ればいい。その間に部屋を掃除するとか寝癖を直すとかはあるのだけど、生きていこうと思えば私は何も書かなくてもいい。書いていない日が別の罪悪感で埋まる日は、特に何も書く気にはなれなかった。 また書こうと思って今書いているのは、そうやって書いていない期間があったからだ。 書くことで空っぽになる気がして怖かった。どこかで見た「自分の中にあるものを少しずつ放出してしまうと作品が出来上がらない」

          書かなくても生きていいのに。

          詩|魚の足

          魚の尾びれは足でした しかし海を泳ぐには 扱いづらかったのです 海で生きたいと願った 生き物たちのために 神様が尾びれを作ったのです 足があってももしかしたら 不自由はないのだけれど 振り返ることができるほど 重荷を背負ってしまう 必要のないものはすべて 削ぎ落してしまわれました 海で生きるものたちが 軽やかに泳いでいく 生きていく 戻れぬ姿で

          詩|どうか、健やかに。

          お元気ですか 元気がなくてもいいのです 元気でないとわかっていれば わからない無理とは もう続けられないことです 命の皮をやすりで削られて のたうち回っているうちに 痛みを感じまいと生きようとする 血まみれになっても 立ち上がることが 美徳とされて 「助けてほしい」と言ったのに 突き落とされる時が 消えたいほど 苦しいと知っている 死ぬほど頑張ることが もうできないことです 元気にしているよ 人よりは脆いけれど まだ歩いているから

          詩|どうか、健やかに。

          詩|グレー

          自分が億劫になる 一歩手前で しあわせですか、 と聞かれれば 苦笑するような きっとそう しあわせです、 そう答えなければ 不幸になるし 曖昧にすることで 生き延びたことは 間違いじゃないし あなたの色を 濁らせるばかりで うつくしい景色を 一緒には作れない いないみたいな顔で いるのが得意だよ 波音よりも静かで 新月よりも優しい 流浪のたましい