『演劇入門』と新規事業の交点
『演劇』というものを、わたしはまだ見たことがありません。
本書を読んだのは、京都にある立誠図書館で『対話のレッスン』という同じ著者の別の本を手にしたことがきっかけでした。
「『対話』をキーワードにする平田オリザさんの本、どれも面白そう」くらいの気持ちで読み始めましたが、まさか演劇を創ることと新規事業を創ることに、こんなにも共通するエッセンスがあるとはおもいませんでした。
読み終わってすぐに社内で広めたい気持ちが高まってしまい、はじめて同じ本を4冊も購入してしまいました。(一つは自分、一つは上司、あとの二つは関心もちそうな人へプレゼントするつもりです。迷惑かもですが。。)
創られるもののリアル
演劇も新規事業も、世の中に形になって現れるまでは空想の架空のお話であるという点で同じものです。劇作家の頭にある戯曲と、新規事業担当者の頭にある事業企画を現実世界へと届けるためには、それに『本物らしさ』が必要になります。
たとえば、美術館でデートする男女。冒頭「美術館、いいねぇ」という言葉から始まると、そこには『不自然さ』や『違和感』が生じてしまいます。
そこで平田さんは、演劇にリアルをもたらすために
台詞を書く際には、遠いイメージから入ることが原則である(p.14)
という、『観客を自然に引き込むためのエッセンス』を教えてくれます。
新規事業も同じ。関係する社員に説明する際、急に本題に入ろうとしても置いてけぼりなってしまうので、参加者になじみある、日常で接点のある話題から始めることが、「受け入れてもらえる姿勢」づくりにおいて肝心です。
リアルな演劇の創り方を研究するのが本書の目的ではない。あくまで、演劇における「リアル」の探求を通じて、私たちが、「リアル」と感じる、その意識のメカニズムのようなものについて考えることが本書の最終目的だ。(p.25)
プライベートからパブリックへ、0⇒1から10⇒100へ
では、演劇はどのような手順で創られていくのでしょう。
平田さんは「テーマ」は先行する必要がない、と主張します。
私たちには、先にテーマがあって、それを表現するために作品を創るのではなく、混沌とした自分の世界観に何らかの形を与えるために表現をするのだ。(p.32-33)
新規事業も「何のためにつくるのか」「どんなビジョンがあるのか」を明確にすることを求められがちですが、それを「邪魔にさえなる」と言ってくれました。(この言葉に救われる新規事業担当者がどれだけいることか。。)
では最初に手を付けるのはどこかというと、『場所』とのこと。
プライベート空間やパブリック空間は、演劇をつくりにくいので、セミパブリック空間をおすすめします。内部となるメインの俳優面々に加えて、外部の他者である脇役が行き来することで、観客が自然に「どんなことが起こっているのか」を汲み取ることができるからです。
この表現をみて「セミパブリックは、1⇒10かもしれない」とイメージし、「この本をよんでよかった!」と感激しました。つまり、
プライベート = 0⇒1フェーズ
セミパブリック = 1⇒10フェーズ
パブリック = 10⇒100フェーズ
という流れになっているのではないか?と。
1人や少数でスタートした0⇒1フェーズの新規事業(の妄想)は、顧客との対話によって顧客価値の検証ができた段階で1⇒10フェーズに移行します。そこでは、外部の有識者や経営層の意見をもらい、小さな投資をしながら「この案件はスケールさせるか?撤退させるか?」判断が必要になります。
そこには『当事者である内部の新規事業担当』と『准当事者である外部の評価判断者』との対話が必要になる。だからセミパブリックな1⇒10フェーズの新規事業案件には『対話』が必要になると確信しました。(個人的には、かなりすっきりしたのですが、はやくこの爽快感を誰かと共有したい!)
新たなものを創るための全体像と心持ち
ちょっと落ち着きますね。(・・・ふぅ)
さて、また演劇の創り方に戻ってみます。演劇とはどう創るものなのか。
これだけシンプルなフローで表現してしまうと「この手順でやれば演劇がつくれるのか」という意見がでてきそうですが、平田さんいわく
私自身は、常にこのように秩序立った考え方で戯曲を書いているわけではない。場所を変えたり、背景を考えたり、問題を考えたり、突如ユニークな登場人物を思いついたり、一向に定まらない思考の中で、何となく戯曲を書いている。だから、ここで私が示そうとしているのは、戯曲を書くという手順の一つのモデルであり、基本的な理念型だと思っていただきたい。
ただ、この理念型は、ある種の普遍性を持ったものであり、何か戯曲を書くときに迷いが生じた場合の、その迷いの原因を探るチェック機能を果たすことはできると思っている。(p.80-81)
とのこと。新規事業も「どんなプロセスで取り組むか」について考えては「そんな便利なものがあるわけがない」という反論で無に帰すことが多いのですが、手順に対する向き合い方として、平田さんの姿勢ほど適切なものはないように思います。
どんなに準備をしっかり進めていても、結局はこの二ヶ月間、自分の選んだ場所ー背景ー問題を信じて、いかにねばり強く書き続けられるかに作品の成否はかかってくる。それまでの準備段階は、この二ヶ月間の苦しみを少しでも和らげるためにだけ存在するのだ。(p.109)
産みの苦しみはどんなことにも共通しますが、それを鎮痛するための準備を怠らずに本番に備えることは、ムダ・ムリ・ムラが多くなりがちな新規事業創出の仕事においても、「本人の心が折れる」という失敗を回避するために必要なことなのでしょう。
事業企画リーダーと実行部隊の、共感と違いの尊重
いよいよ台詞までできあがったところで、これから演出に舞台は移ります。
ここでは劇作家や演出家と、俳優陣のそれぞれの力量と人間関係が問題になってきます。新規事業でも事業企画リーダーと実行部隊であるメンバーについて「どんなスキルやマインドが必要か」や「どんなチームであるべきか」が問題になります。
戯曲を書くための能力は、さまざまなカテゴライズが可能だが、私は主に、三つの要素に分けて考えるようにしている。想像力、記憶力、観察力の三つである。おそらく、この三つのうち、どれか一つでも、圧倒的に優れていれば、プロの作家として素晴らしい戯曲を書くことができるだろう。(p.111)
原体験や会社の歴史を踏まえ(記憶力)、顧客との対話や業界動向の把握から現状を理解し(観察力)、それらのつながりを見いだしあるべき未来を構想する(想像力)。いずれも事業企画リーダーに必要な素養ですが、「どれか一つでもいい」という言葉に希望と勇気をもらいました。
では、実行部隊となるメンバーはどうあるべきでしょうか。
一、自分のコンテクストの範囲を認識すること
二、目標とするコンテクストの広さの範囲をある程度、明確にすること
三、目標とするコンテクストの広がりに向けて方法論を吟味し、トレーニングを積むこと(p.161)
ここでいうコンテクストとは、社会や人に対する価値観や行動規範のようなものと解釈していますが、新規事業の場合はビジョン・ミッション・バリューに加えてスキルやノウハウ、マインドセットあたりでしょうか。
事業企画リーダーは(人事権をもたないけーすもありますが)横暴な振る舞いをせず、謙虚に真摯に説明と依頼を繰り返し、メンバーは当事者意識をもって常に考えながら行動する。なんと理想的な新規事業のあり方でしょう。(ここまで共通することが多いと、「この本は新規事業のための本では?」と思ってきちゃいますね)
「参加する新規事業」に向かって
演劇に参加する人は多くはいません。新規事業も同じです。
『いまない何かをつくる』というお金と時間のかかることに取り組んで、『生み出した何かでお金を得る』という難題は、演劇も新規事業も同じ。
妄想から始まる創作物に多くの人を巻き込みながら、最終的には対話の必要ない、計画的で機械的な組織化したものへと変容させていく。
その流れの中で、劇作家や事業企画リーダーや実行部隊は、確固とした信念を発信しながらも、周囲との対話を通じて自身をも変容させていく。そこには「じぶんなんて、どうだっていい」くらいの覚悟や信念と「ありがとう」といって自分を変えられる素直さが必要になるんでしょう。
演劇は、私と他者との交点において、世界の形を、少しずつ、少しずつ明晰にしてくれる。(p.204)
わたしはこの本を通じて、「新規事業とは何か」が、少し明晰になったように感じています。もっとも期待と外れて、効果的な本でした。
ここまで読んでくださり有難うございました!noteで使っている図はパワーポイントで創っているので、もしよかったらご活用ください。
これからも、すばらしい人や本に出会えることを願って。ではでは。